第104話 友達候補
「アイザック様が十歳という節目を迎えられた事、心よりお喜び申し上げます。今後ともよろしくお願い致します」
「ありがとう。これからはよろしくね」
アイザックは挨拶に来たウェルロッド侯爵家傘下の貴族の挨拶を、マーガレットと一緒に受けていた。
モーガンあたりが対応するべきと思うところだが、貴族の当主というのは忙しい。
大臣という要職に就いていなくても、王都では他の大貴族との折衝などもあり、一々挨拶周りの対応などできない。
そのため、こういう役割は当主の夫人が代わりに受ける事になっていた。
今回は王都に着いた挨拶だけではなく、十歳になったアイザックのお祝いも兼ねているので同席させられている。
(だから、根回しも容易だったんだな)
人に接触する機会があるという事は、説得工作も簡単に行えるという事だ。
しかも、呼び寄せたりしなくても、キーマンとなる男爵家や子爵家の当主が自分から挨拶に来てくれる。
自然な流れで会う事ができ、労力も最低限で済む。
根回しをするには最適な環境だった。
マーガレットにネイサンを後継ぎにするという意思と、それを実現可能な環境があった。
だから、ネイサンの優遇という状況が実現したのだろう。
こうして色々と知っていくうちに、アイザックは様々な状況が自分に不利に動いていたのだと思い知らされる。
(やっぱり親父が悪いよな。せめて、俺を先に生んでくれたら母親家柄とか関係無く、もっと楽な状況になっていたかもしれないのに)
アイザックは挨拶に来た貴族が出ていくのを確認した後、紅茶を一口飲む。
口から出てきそうな不平不満を流し込むためだ。
「アイザック、お茶はあまり飲まないようにね。まだまだ大勢の人と会わないといけないから。客人を迎えてから、最初に一口だけ口の中を湿らせて話しやすくする程度がいいわよ」
「はい、途中で退席しなくてもいいようにですね」
「そうよ」
話の途中で「ちょっとトイレ」などというのは失礼だ。
こちらからすれば、大勢挨拶に来る中の一人に過ぎない。
だが、あちらにしてみれば面会の予約を取ってようやく会えた相手だ。
途中で席を外すと――
自分と会った時に中座するとは、何か気に入られない事でもしてしまったか?
――と、よけいな心配をさせてしまう。
面会の予約がミッチリ詰まっている時は、意識して飲み過ぎないように気を付けないといけなかった。
「それで、気に入った子はいた?」
マーガレットが本題を切り出した。
アイザックをここに同席させていた理由でもある。
「気に入った子って言われ方はちょっと……。とりあえず、感情を隠せずに一瞬睨んできたりする子以外なら誰でもいいです」
――気に入った子。
そんな言われ方をしたら、男の子を性的に物色しているみたいだと思ってしまう。
とはいえ、物色しているのは事実。
ただし「友達として」だ。
同世代の男の子のほとんどがネイサンの友達だった。
中には「死んでしまったんだから、どうこう言ってもしょうがないな」と割り切れる者もいる。
だが、貴族の子供とはいえ、みんながみんなそこまでドライではない。
仲の良かった者の中にはアイザックを睨む者もいた。
さすがに、アイザックも今の自分が敵意を持つ者を懐柔できるとは思っていない。
大人は「従った方が得か、逆らった方が得か」で考えるが、子供は行動が予測できない。
万が一にも「ネイサンの仇!」と、いきなり襲い掛かられたりしたら困った事になる。
最初は、表面上だけでも大人しい子供を友達候補に選びたかった。
「そう。それじゃあ、大人しそうな子からネイサンと反りが合わなかった子を選んでおくわね」
「お願いします」
マーガレットはアイザックと前に話した事を忘れていない。
ちゃんとネイサンとあまり仲が良くなかった子を選んでくれるそうだ。
(そういう友達の選び方をするのは嫌だけど、前世とは違うからなぁ……)
前世なら、学校や近所の子供で気の合う相手を探せばよかった。
しかし、侯爵家の息子となれば遊び相手は誰でも良いというわけではない。
最低限、しっかり身元が判明している子供から選ばなければならないのだ。
街中に出て、適当に年の近い子供と遊ぶという事は許されない。
多少気が引ける思いがしても、限られた中から選ばなくてはならない。
(ティファニーにチャールズを紹介してもらった方がマシかも。けど、原作の流れを変えたくはないしなぁ……。いや、もう手遅れか)
――友達を選ぶ。
ただそれだけの事なのに、悩みのレベルは高めだった。
----------
マーガレットの行動は早かった。
数日続いた貴族達からの挨拶が終わり、落ち着いた頃にはアイザックの友達候補を呼び寄せていた。
人数は二人。
アイザックと同い年の男の子だ。
(でも、なんだか心が痛い……)
部屋に連れてこられた二人の男の子は顔を青ざめさせて、身体を震わせている。
ドア付近で直立不動して動こうとしない。
その姿を見て、アイザックは心は大きくかき乱される。
(別に取って食ったりしないんだけどなぁ……。なんだこれ? 何かのテストか? もっと幼い子供みたいに自然と仲良くなれるとでも思っているとか? そりゃあ、女の子の友達はいたけどさぁ……)
彼らはまるで蛇がいる檻の中に放り込まれた生餌のネズミのようだ。
アイザックは彼らの反応から、大体の理由は察していた。
誰だって兄を殺したその場で――
「僕を後継者だと認めたのならば、永遠に口をつぐめ! 二度と異議を唱えようなどと考えるな! このアイザック・ウェルロッドこそが正当なる後継者だ!」
――などと宣言する者と気軽に話せないだろう。
特に気の弱い子供だったらなおさらだ。
少なくとも、アイザックは自らの手で二人殺した
一線を越えた人間を恐れてしまうのは本能として正しい事だ。
この子達は親に「とりあえず、遊びに行ってこい」と言われて来ただけだろう。
だが、アイザックには「差し出された生贄」のようにしか見えず、アイザックの良心に継続ダメージを与えてくる。
(仕方ない)
ノーマンでもいれば良かったのだが、今回は友達作りという事で呼んでいない。
この部屋にいるのは給仕のためのメイドだけ。
ここはアイザックから行動しなくてはならない。
アイザックは彼らに近づく。
すると、二人はビクリと体を震わせ、絶望に満ちた表情を浮かべた。
「はじめまして、僕はアイザック。よろしくね」
アイザックは子供らしい笑顔で、明るい声を意識しながら声をかけた。
家名を名乗らず「フランクな関係で行こう」とアピールする。
しかし、少年達は顔を見合わせるばかり。
本当に軽い挨拶でいいのか不安なのだ。
「実は男友達って初めてなんだ。名前を教えてくれると嬉しいな」
怖がらせないよう、笑顔のままで催促をする。
さすがにアイザックに促されては、黙ったままではいられない。
栗色の髪の少年が先に答えた。
「ポールです。はじめまして……」
続いて、オリーブ色の少年が答える。
「レイモンドです。お手柔らかにお願いします……」
二人の声は震えていた。
(お手柔らかにって事は、暴力とかを警戒してる? あぁ、そうか。ネイサンは活発だったからな……)
アイザックはネイサンの事を思い出す。
騎士相手に剣の訓練をしていたように、ネイサンは活発に行動するタイプだった。
こういう大人しいタイプの子供相手にも、自分のやり方を押し付けていたのかもしれない。
もちろん、アイザックは”自分の事を怖がっている”という前提の元に、プラスαとしてネイサンの事を考えている。
いくらなんでも、自分の事を棚に上げてネイサンだけに責任を押し付けるような事は考えていなかった。
「まずはお話ししようよ」
アイザックは二人の手を取り、椅子のところまで手を取って連れていく。
多少強引だが、こうでもしないと座ってもらうまでに時間が掛かりそうだと思ったからだ。
二人はビクビクしているが、アイザックが椅子に座るのを確認すると、大人しく対面に座った。
「突然でビックリしたよね。僕もいきなりで驚いたよ」
まずは「大人の勝手に振り回される子供」という共通点で攻めてみる。
だが、やはり二人は返事をせず、アイザックの顔色を窺うばかりだ。
アイザックは溜息を吐きそうになるが、グッと堪える。
「僕が兄上を殺したところを見ただろうし、怖がっているのはわかるつもりだよ。でも、ああしないと僕が殺されるところだったんだ。兄上の友達だった二人には納得できないだろうけど――」
「友達じゃないよ」
レイモンドがアイザックの言葉を遮った。
すぐに”あっ”という表情になって、うつむいた。
「できれば、どういう事なのか教えてくれるかな? 年の近い子はみんな兄上の友達だって聞いてたんだけど」
アイザックの質問に二人は少し顔を見合わせたあと答える。
「僕達は家来みたいに扱われてました……」
「友達とは言えなかったよね」
大勢人が集まれば、自然と上下関係が作られる。
ポールとレイモンドは、下の方に置かれていたのだろう。
ネイサンにあまりいい思い出はないようだ。
「そうなんだ、大変だったんだね……。とりあえず、お菓子を食べながら話そうよ」
アイザックはお菓子を勧めた。
相手は本物の子供。
しかも、大人しい子だ。
いきなり、多くの事を聞かれると問い詰められるように感じるかもしれない。
このまま「何をされたの?」と聞かずに、ワンクッションを置くつもりだった。
まずクッキーを取ると、アイザックが一つ先に手に取った。
こうする事で、二人がお菓子に手を付けやすいようにするためだ。
アイザックが食べるのを見ると、二人も食べ始める。
「僕は花壇で花を育てたり、お菓子を作ったりするのが好きなんだ。甘さを抑えたお菓子も僕の発案だったんだよ。チョコレート菓子なんかも考えてるしね」
「チョコレートのお菓子も……」
「凄い……」
アイザックは自分の趣味を話す事で二人の緊張を和らげようとした。
花の世話やお菓子作りは「暴力」とは程遠い。
事実、お菓子の話に二人は興味をもったようだった。
「まだ子供だから僕一人で全部やったわけじゃないけど、アイデアは出してるんだ」
「じゃあ、これも?」
ポールがチョコのかかったドーナツを指差す。
「そうだよ。粉砂糖のかかったやつもあるし、食べ比べてみてよ」
ニコニコと笑顔を浮かべながらアイザックはドーナツを薦める。
「美味しい!」
「どっちも美味しい」
ドーナツを食べて、二人の緊張が緩む。
「そう、良かった」
食べ比べた答えになっていないが、アイザックは詳しく聞こうとしなかった。
「どうだった?」と聞く事によって、二人が緊張してしまうかもしれない。
お菓子を食べながら、アイザックは話をしていく。
オドオドとしている二人の相手を、怯えさせないように話題を選ぶのに大変だった。
だが、初めて連れてこられた男友達なので、根気よく話をしていった。
三時間ほど経った。
今日は軽い顔合わせの予定だったが、話し合っているうちにかなり過ぎてしまったようだ。
七割方アイザックが話しかけて、二人が答えるといった感じだった。
しかし、その甲斐あってか、ポールとレイモンドは幾分か普通に話せるようになっていた。
「それじゃあ、またね」
「また来るよ」
「うん、楽しみにしてるよ」
アイザックは二人を見送るために玄関前にいた。
そこに一人の姿が近寄ってくる。
――ブリジットだ。
彼女は体が鈍らないよう、屋敷の庭をランニングしていた。
手で汗を拭きながら、アイザックに話しかけてくる。
「あれ? アイザックの友達?」
「そうですよ」
「へー、前に見た事あるわね」
おそらく、ネイサンのために屋敷に来ていた時に見かけたのだろう。
「アイザックって男友達いないんだって。仲良くしてあげてね」
ブリジットは彼らに微笑みながら言った。
「ポールです! もちろんまた来ます!」
「レイモンドです! もう仲良しです!」
ポールとレイモンドは、この日一番の笑顔で答えた。
(えぇぇぇぇぇ……)
その光景にアイザックは釈然としない気持ちになった。
(俺があんだけ苦労したのに、ブリジットの笑顔一つでこんなに変わるのか!?)
――年上の綺麗なお姉さん。
その微笑み一つで、こうも変わるとは思いもしなかった。
アイザックは馬車に乗り込んだ彼らを見送りながら、こう考えていた。
(今度からブリジットに同席してもらおうかな……)
自分一人だと怖がられるなら、その雰囲気を和らげてくれる者を同席させればいい。
男友達を作るのに、もっとも困難な初対面をどうにか乗り越えればあとは楽になる。
「ブリジットさん。良かったら、友達が来た時に一緒にお喋りしませんか? 初めて話す子も、綺麗なお姉さんが同席していれば緊張もほぐれると思うんですけど」
「えー、何言ってるのよ。あんた、熱でもあるの?」
普段、塩対応のアイザックがブリジットの事を「綺麗なお姉さん」と言った。
熱でもあるのではないかとブリジットは思ったが、その顔は「ようやく認めたか」とニヤニヤしている。
「まぁ、私だってあんたの可哀想な境遇には同情しているからね。時間の空いてる時ならいいわよ」
「ありがとうございます!」
(でも、ブリジットに全て持っていかれないように気を付けないと……)
効果が期待できそうなだけに、その副作用も大きいはずだ。
――ブリジットに会いに来たんであって、アイザックに会いに来たわけじゃない。
そんな事を言われないよう、ブリジットという劇薬を用法用量を守って使わければならない。
だが、自分一人で対応するよりはきっと楽になる。
ノーマンのような大人に同席してもらうよりも、子供達も受け入れやすいはずだ。
ブリジットが勝ち誇ったような顔をしている事を除けば、これはアイザックにとって悪い考えではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます