第100話 シャレにならないサプライズ

 十一月上旬。

 アイザック達は王都に到着した。


 マチアスやアロイス達エルフの代表団は、王都の門で近衛騎士が護衛に付いて王宮へとエスコートされていった。

 世話役は用意されているとは聞いているが、クロードも念のために付いていった。

 そうなると、不満を持つ者が一人いる。


「なんで私だけ居残りなのよ!」


 馬車の中、ブリジットは王宮へ連れていってくれなかった事を怒っていた。


「今回は殿下のお祝いとあってお酒を飲んだりするので、酔っ払いに暴行しないように念の為に出席を控えてほしいとの事です」

「もう、なんで村長は私を信用してくれないのよ!」


 ブリジットは信用が無い事を怒るが、協定記念日の祝いの席で顔面膝蹴りを入れるような人物を王子の祝いに連れてはいけない。

 彼女も大事な場面でやらかしたので、信頼を失ってしまっていた。

 この点はアイザックと同じである。


「まぁまぁ、前に話したじゃないですか。若い女性が行くのは危険だと。ブリジットさんの事を心配してくれてるんですよ」


 ブリジットがティファニーとの仲直りに力を貸してくれたため、アイザックはあまりきつい事を言わずに宥めようとした。


「いいわよ、見返してやるわ。ダンスとかも練習してるし、立派なレディになって見返してやるのよ!」


 ブリジットがグッと拳を握り締め、決意表明をする。

 その姿を、アイザックは困った目で見ていた。


(そうやって拳を握り締めてる時点でレディから程遠く感じるんだけど……。まぁ、俺が言うよりも、お袋とか貴族の女の人に言われた方が説得力あるよな)


 本人が決意している時に水を差すような事をしたくはない。

 実際にレディとして教育を受ける時に指摘された方がいいだろうと考えた。


「そういう事でしたら、お母様かお婆様に言えば良い教師を探してくれるかと思います。会った時に話してみましょう」

「そうね、聞いてみましょう」


 失った信頼を取り戻す事を固く誓い、ブリジットは目をギラつかせていた。



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 屋敷に着くと、使用人達が外で並んで出迎えてくれていた。

 玄関前には祖父が待っていた。

 アイザックは馬車から降りると、二人に話しかける。


「お久し振りです。お爺様はエルフの出迎えに行かなくていいんですか?」


 祖父が屋敷にいる事に疑問を持ったアイザックが質問する。


「代表団の出迎えは宮内大臣と典礼大臣が行う。本当は私も出た方がいいのだがな、夕方から祝いの席に出る事にした。こちらにもブリジット殿がいる。彼女もちゃんと出迎えるのが筋というものだろう」


 モーガンの視線がブリジットに向けられる。

 彼女は不満顔をしていた。

 今の言葉で気付いた事があったからだ。


「……つまり、私をのけ者にするって事は前から決まってたのね」

「いや、のけ者など……。むしろ、前回が特別扱いだったと考えてほしい。酒の出る席に子供を出席させられないという事はわかってもらえるはずだ」

「そりゃあ、まぁ……ね」


 渋々ではあるが、ブリジットが引き下がる。

 エルフもお酒は大体200歳になってからというルールがある。

 特例は、200歳になる前に結婚した時のお祝いで飲む事が許されるくらいだった。

 認めたくはないが「酒の席」を前に出されては認めざるを得ない。


 ブリジットが納得してくれたと見たモーガンは、アイザックに同行していたハリファックス子爵に視線を移す。


「ハリファックス子爵、エルフの代表団に同行してくれて助かった。感謝する」

「なんの。リード王国のためになる事だけではなく、孫のためでもある。気にしないでいただきたい」

「バートン男爵もご苦労だった」

「いえ、私よりも妻や娘が頑張ってくれました」

「もちろん、皆に感謝している」


 モーガンは同行してくれた者達に労いの言葉を掛ける。


「両家とも、少し屋敷に寄っていってほしい。休んでほしいというだけではなく、見せたいものがある」


 ――見せたいもの。


 その言葉に皆一様に首をひねる。

 モーガンは何か高価な物を手に入れても、他人に見せびらかすような性格をしていない。

 何を見せようとしているのか不思議だった。


「変なものではない。ただ、見れば驚くだろう」


 モーガンはニヤリと笑う。

 その笑みを見てアイザックは不安を覚えた。


(年を取ってから遊びを覚えると始末が悪いとか言うけど、どうなるんだろうか……)


 さすがにビックリ箱など幼稚な物ではないはずだ。


 ――墓を掘り返してゾンビ化させたジュードがいるから、これからはランドルフがいなくても安心。


 なんて事をやられたら、さすがにアイザックも祖父を庇い切れない。

 ふざけ慣れていないと思うので、限度というものをわかっているのかが不安で仕方なかった。




 向かった先はルシアの部屋だった。

 モーガンがドアをノックする。


「アイザック達を連れてきたぞ」

「どうぞ、入ってください」


 中から返事があり、ドアが開かれる。

 アイザックが祖父に続いて部屋に入った。

 ルシアがベッドで横になっており、ベッド脇の椅子に祖母が座っていた。

 一瞬アイザックは「病気だったのか?」と思ったが、さすがにそれをビックリに利用するとは思えない。

 だが、アイザックはすぐにベッド脇にあるベビーベッドがあるのに気付いた。


「サプラーイズ! アイザック、先週生まれた妹のケンドラだ」

「えぇっ! 妹! 先週! えっ、嘘!? そんな大事な事聞いてない!?」


 最初のサプライズ同様に、モーガンは今回もアイザックを大いに驚かせた。


「へぇー、赤ちゃん生まれたんだ。おめでとう」

「女の子? 見せて見せて」


 ブリジットとティファニーはケンドラに興味を引かれたようだ。

 しかし、リサや大人達は呆気に取られていた。


「あなた! もしかして、ウェルロッドに行った時に教えてなかったの?」


 その反応を見て、マーガレットが咎めるような口調でモーガンに問い詰める。

 言われたモーガンはやや狼狽える。


「みんなを驚かせようと思ってな……」

「驚くに決まってるでしょう! ハリファックス子爵にまで教えていないなんて! あなただって、自分の孫が生まれるなら知っておきたいでしょう!」

「いや、その……。すまん」


 孫が生まれるとなれば、ハリファックス子爵家も祝いの用意をしていたはずだ。

 その準備をする暇も与えず、驚かせる事を優先したモーガンに非がある。

 やはり、人を驚かせる事に慣れていないせいで限度がわからなかったのだろう。

 アイザックの危惧した通りの事が起こってしまった。

 モーガンは驚かせる事に集中するあまり、肝心なところが抜けてしまっていた。


「アイザック、この子はあなたのよ。可愛がってあげてね」


 マーガレットが優しい声でアイザックに語り掛ける。

 その言葉が意味するところはすぐにわかった。


「もちろんです。もっとも、お爺様には一言や二言言いたい気分ですが……」


 アイザックには妹を傷つけたりするつもりはない。

 ネイサンは家督相続のライバルであったし、メリンダもやる気満々だった。

 だから、排除もやむなしと行動に移したのだ。


 一方、ケンドラは女の子。

 母親が同じであり、年も離れている。

 それに、アイザックは少しずつ次々代の当主として結果を残し始めている。

 ケンドラを担ぎ上げようとする者がいても、誰も賛同しないだろう。


 そして何よりも「妹」という事が大きい。

 前世の妹がどうなったかわからないが、車の事故なら生き残っていても酷い有り様になっているはずだ。

「昌美の分もケンドラには幸せになってほしい」とアイザックは思っていた。


「ウェルロッド侯、さすがに娘が妊娠していたのなら教えていただきたかったですな」


 ハリファックス子爵はケンドラの周りに集まる家族の姿を見ながら、少々棘のある言い方でモーガンに抗議する。


「いや、驚かせようと思っていたのだが……。あまりよろしくなかったようだな」

「当然です。出産は母親にも危険があるのですから、あらかじめ教えておいてもらわねば困ります」

「も、申し訳ない」


 立場の違いを考えれば謝らなくてもいいのだが、モーガンはつい謝ってしまう。

 ここに来てようやく「驚かせるにしても、驚かせる材料を考慮すべきだった」と悟ったからだ。

 さすがに自分が悪かったと思えば、侯爵という立場であっても、子爵に対して謝罪の言葉くらいは言えるのだ。


「お母様、出産おめでとうございます」

「ありがとう、アイザック」


 ルシアも心のどこかではアイザックがどう思うか不安があったのだろう。

 祝われるまで少し表情が硬かった。

 含むところの無いアイザックを見て、ようやく安心した。


「でも……」

「でも?」


 アイザックの様子に不安を覚えたルシアがゴクリと唾を呑み込む。


「僕はお父様を深く傷つけてしまったと思っていました。だから、今までずっと『せめて話がしたい』と思っても我慢して、心の傷が治るのを待っていました。でも、僕がお父様の代わりを頑張っていた時や、心を痛めていた時に『ヤる事ヤってたんだな』って思うと……」


 ――正直なところ、腹が立つ。


 だが、そこまでは口にはしなかった。

 元はと言えば、自分の行動が原因だったからだ。

 それでもやっぱり“病気だと思っていたのに、部分的に元気だった”と思うと腹が立つ。

 モテない男の僻みも入っているかもしれない。


 アイザックの言葉は周囲にも聞こえていた。

「言われてみれば」と、反応を示す者もいる。


「ご、ごめんなさい……」


 ルシアが顔を真っ赤にして、両手で顔を隠した。


「えっ? ……あっ」


 その反応でアイザックは察した。


 ――父と母、どちらが積極的だったのかを。


(そうか、今まで寂しかった分張り切っちゃったかー……)


 ――きっと、母が父を積極的に慰めていたのだろう。色々な意味で。


 そうアイザックが気付いた時、アイザックの中の父へのイラ立ちが消え、触れてはいけないところに触れてしまったという気まずさだけが残った。


「あ、いえ。責めているわけでは……」


 アイザックは助けを求めて周囲を見回す。

 リサとブリジットは耳まで真っ赤にして顔を逸らし、ティファニーは何を言っているのか理解していない様子で助けにはならない。

 大人達は困惑している様子だった。


「なんでアイザックは二人が何をしていたかわかったの?」


 マーガレットが問い詰めるような口調でアイザックに尋ねた。

 子供の作り方に関して、子供が知っていて良い事ではないからだ。


「いや、その……。パトリックが子供を作れないって聞いて、何か方法はないかなと思って本で……」


 苦しい言い訳だったが「前世の知識で知っていた」と言えるはずもない。

 マーガレットの方も「確かにそんなところだろう」と納得した。


「あなた、そういう本は子供の手の届かないところにしまっておいてくださいと言ったではありませんか!」

「ちゃんとしまっておいたとも。子供の手が届かない執務室の机の中にな。……あっ」


 ここでモーガンは気付いてしまった。

 今年は誰が執務室を使っていたのかを。


「あなた!」

「待て、これは不可抗力だ。いくらなんでもアイザックが領主代理になるなんて想定外だった」


(あぁ、あれ性教育の教科書だったんだ。爺ちゃんや親父が隠していたエロ本にしてはやけに説明的だと思ったよ)


 祖父母の間で少し険悪な空気が流れ始めた。

 アイザックは逃げるように、ケンドラを見ているティファニーの隣に向かった。


「確かに赤ちゃんって可愛いけど可愛くないね」


 かつてティファニーにマイクの事を聞いた時の感想をそのまま彼女に返す。


「だよね。なんだか不思議だね」


 自分の不用意な発言がきっかけとはいえ、さすがに夫婦喧嘩に首を突っ込むような事はしたくない。

 アイザックはランドルフの姿が見えない事を不思議に思いつつも、妹の寝姿を見守って現実逃避をしていた。

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