第48話 叱る者と叱られる者

 数日後、アイザックの思い通りに交渉は上手くいった。

 エリアスは交渉の打ち切りを恐れ、エルフの治外法権という条件を飲んだ。

 協定記念日である12月25日に合わせて、正式に条約を結ぶ予定となった。


 やはり、攻略サイトに書かれていた「人前で格好付けようとする」という特徴は合っているのだろう。

 ジェイソン王子も似た特徴があるので、親子で救いようのない人間のようだ。

 だが、アイザックの判断を許せない人間がいた。


 ――モーガンだ。


「二百年もの間交流が無かったのだ。話し合いの過程で、一度や二度の過ちもあるだろう。そういったものを含めて、根気よく話し合っていく事を交渉というのだ。確かに混乱していたのかもしれんが、エルフを煽り立ててあのような条件を提案させるとはどういうつもりだ?」


 彼の目の前には、アイザックとランドルフが座らされている。


「ランドルフ」

「はい」


 モーガンに、いつもの好々爺然とした気配はない。

 今回は本気で怒っているようだ。


「確かに、エルフ達を落ち着かせるために屋敷へ一度連れて帰れと言った。だが、なぜアイザックに対応を聞いた?」


 静かに問いただす姿は、感情的に怒鳴り散らされるよりも怖い。

 ランドルフはうろたえて視線を逸らす。


「あの時、アイザックに聞いたのは……。良い意見がないかと思ったので……」


 モーガンはランドルフの答えを聞き、鋭く目を細める。


「七歳になったばかりの子供に頼ろうとしたのか?」

「いや、あの、それは……」


 ランドルフは答えようとするが、言葉がしどろもどろになってまともに答えられなかった。

 モーガンの言う通り、アイザックはまだ七歳。

 自分が頼られるべき立場になるべきであって、頼るべき相手ではない。

 エルフ関連の事情に詳しいからといって頼るのは、領主代理として間違った選択だったと言わざるを得ない。

 

「確かに私も交渉がどうなるのか心配はした。だが、一刻を争う事態ではなかったはずだ。私の帰りを待ってから話し合おうという事は考えなかったのか? そんなに私は頼りないか?」

「いえ、そんな事はありません。急ぎ過ぎました。申し訳ありません」


 ランドルフは深く頭を下げる。

 確かにモーガンの言う通り、城で事情を調べて、どう対応するかを話し合っていたモーガンを待つべきだった。

 先にエルフ達に考えを固めさせたせいで、王国側の考えや譲歩が台無しになってしまったのだ。

 アイザックが意見を言い終えてから注意するのではなく、王国貴族として話している途中で止めるべきだったのだ。


 しかし、ランドルフも悪いが、もっと悪い者がいる。


「アイザック」

「はい」


 アイザックを見る目は、ランドルフの時よりも厳しい。


「お前は賢い子だ。ランドルフに呼び出されて、軽く事情を聞いただけでエルフ達を落ち着かせる方法を考え付いた」

「…………」


 ここで「ありがとうございます」などとは言えない。

 話の流れ的に褒める流れではないからだ。

 アイザックは黙ったまま、モーガンの言葉の続きを待つ。


「その賢い子なら、もっと穏便な方法を思いついたのではないのか? 確かに酒癖が悪く、会談後のパーティで女性の尻を触るような軽率な輩は処罰されて当然だ。だが、お前が知恵を付けたせいで大事になり、ギルモア子爵は外務省の審議官を解任された。仕事に失敗したというだけではない。女の尻に触って解任されたという事で、貴族として死んだも同然なんだぞ」


 モーガンはギルモア子爵という犯人が、ある意味最も不名誉な理由で解任された事を怒っている。

 そして、何よりもアイザックが配慮に欠ける方法を取ったという事に怒っていた。


「それは、その……。王党派の人だったら良いのかなーって……」

「良いはずがないだろう!」


 モーガンが声を荒らげて机を叩く。

 突然の事に、アイザックだけではなくランドルフまでビクリとする。


「確かに派閥は違う。だが、同じ国王陛下を戴く臣下として、踏み越えてはならぬ一線というものがあるのだ。意見が異なるからといって、排除すればいいというものではない。お前は自分の考えだけが正しいと、人に押し付ける皇帝にでもなるつもりか」

「えっ」


 ――皇帝にでもなるつもりか。


 その言葉がアイザックの心に突き刺さる。

 王を目指してはいる事を見透かされたのではないかと驚いた。

 だが、今回の言葉はアイザックの野心を見透かしてのものではない。

「敵対する者なら、どうなってもいい」という非情さを叱っているのだ。


「いえ、そのようなつもりはありません」

「ならば、なぜエルフのみに配慮した提案をした?」

「……会った事がない人よりも、付き合いのある人を優先しました」


 この言葉に嘘は混じっていない。

 もし、ギルモア子爵がオルグレン男爵くらいの付き合いがある人物であれば、両方の面目が立つ方法を考えただろう。

「付き合いも無いし、王党派の宮廷貴族なんてどうなってもいい」と考えたのは事実だ。

 そのような考え方をしたら叱られるのも当然だと、アイザックは今の状況を受け入れていた。


「アイザック。会った事の無い相手、意見が異なる相手と言っても家族はいる。私やランドルフが会った事がないからと言って、酷い目に遭わされたらどう思う?」

「悲しいです」

「そうだ、それでいい。次はその悲しいという思いを、他人にも範囲を広げて考えてあげなさい。自分と身内の人間だけが、悲しい思いをしなければいいというものではないのだからな」


 モーガンはアイザックを諭すように話しかける。

 アイザックの事を心配したのは何度目だろうか。

 だが、何度叱る事になっても、矯正を諦めるつもりはなかった。

 ジュードとは違い、アイザックには「身内の人間を助ける」という心がある。

 子供とは思えない決断を下す時があるが、それでも人の心を持っているという事がモーガンを諦めさせなかった。


 アイザックは優しい子だと思ったのは、エルフへの対応でだ。

 モーガンも表面上は普通に接していても、エルフとは種族が違うという思いがあった。

 だが、アイザックは人間と接するのと変わらない態度をしている。

 世間知らずの子供とはいえ、このような対応ができるのは相手を受け入れられる度量があるからだと思っていた。


 自分の子供ですら駒のように扱うジュードとは違う。

 こうして叱るのも、アイザックならわかってくれると思い、見捨てていないからだ。

 話しても無駄だと思う相手には、こうして叱りなどせずに放置している。


「いいか、アイザック。世の中は敵か味方かの二つで簡単に分けられるのではない。今は理解できないかもしれないが、味方の中に敵はいるし、敵の中にも味方はいる。味方の陣営にいないから、あいつは敵だというような考え方は間違っている。視野を広く持て。その事だけは覚えておくように」

「はい、お爺様」


 モーガンは、シュンとしているアイザックに「すまない、言い過ぎた」と言いたくなるがグッと我慢する。

 先月、七歳になったばかりの子供に言う事ではないとわかっている。

 だが、鉄は熱いうちに打てという言葉がある。

 ウェルロッド侯爵家、三代の法則によってねじ曲がった根性をしているのなら、幼い頃から真っ直ぐに伸ばしてやれば良い。

 可愛い孫のためだと思い、今は鬼となっていた。


「二人とも、よく反省しておけ。下がってよい」

「申し訳ありませんでした……」

「真摯に受け止めて、以後は気を付ける事にします……」


 アイザックとランドルフは、最後に頭を下げて退出する。

 部屋を出た二人の表情は暗い。

 少し廊下を歩いてから、ランドルフが口を開いた。


「すまなかったな。巻き込んでしまって」

「いえ、僕もお爺様に言われたように、広い視野を持って意見を述べるべきでした……」


 アイザックは自分の未熟さを思い知らされた。

「前世の記憶があるから」と調子に乗っていたが、交友関係は狭かった。


 ――学生の間は学校の友達。

 ――社会人になってからは職場の人間。


 居酒屋に来る客は常連客であっても、よく見る客だなと思うくらいで、注文を聞く以外に話すような事はない。

 営業職のように、売り込むために顧客と深く話し合うような事がないのだ。

 店の社員やアルバイトという限られた範囲内で「反りが合う」「反りが合わない」という程度の人間関係しか経験していなかった。

 そもそも、モーガンに言われずとも「味方の中の敵」の存在には気付いていたはずだった。


 ――メリンダとネイサン。


 この二人は同じウェルロッド侯爵家の家族であるはずが、実質的に敵となっている。

 同じようにギルモア子爵とやらも、王党派であっても貴族派に理解を示す事のできる人物だったのかもしれない。

 アイザックは自分の視野の狭さに気付かされ、いつになく反省していた。


「気にするな……、とは言わない。だが、こうして叱られる事で次に活かす事ができるんだ。反省して同じミスを犯さないように頑張ろう」

「はい、お父様」


 アイザックがランドルフの手を取って廊下を歩く。

 親子揃って叱られた帰りなので気は重いが、手を繋いで相手の温もりを感じる事で少し軽くなったような気がする。

 そして、廊下の曲がり角でブリジットと出会った。


「あれ? ブリジットさん、なんだか暗いね」


 アイザックがブリジットに声をかける。

 ブリジットは一目でわかるほど肩を落としていた。


「冷静になっても、やっぱり尻を触られただけで顔面に膝蹴りはやり過ぎだとしか思えない。まだビンタくらいだったら話し合いで収められたのにって、怒られちゃった……。結果的にはエルフにとっていい結果になったけど、友好の話し合いの場でやる事じゃないって」

「あぁ……」

「それは……」


 さすがにアイザックとランドルフも慰めの言葉がかけられなかった。

 ギルモア子爵は鼻が折れていたらしい。

 他のエルフが怪我を治したので大事はないが、痴漢行為の代償としては少々重いと思われる。


「でも、結構僕に色仕掛けのような真似してきますよね? あれは良いんですか?」

「いいのよ。子供をからかうためにやるのと、大人に触られるのでは意味合いが変わるんだから。まぁ、子供にはわからないだろうけどさ」


 おそらくブリジットは「大人はエロ目的で触る」という点で生理的嫌悪感があるのだろう。

 子供と大人で明確に線引きをしているようだ。


「フーン、そんなものなんだ」


 アイザックはわからないふりをした。

 わかっていると思われたら、今後は色仕掛けが無くなるという事。

 それはそれでちょっともったいなく感じてしまう。


「叱られた者同士、お茶でも飲みながら少し話しませんか?」


 ランドルフも久しぶりに父に叱られて気が滅入っている。

 雑談で気を紛らわせようとした。

 それに、ちょっとした愚痴を言い合うのは相手の考えを知るチャンス。

 今後もエルフと付き合うのだから、ブリジットを通じてエルフを知っておくのも悪く無い。


「気分転換に良さそうね。そうしましょう」


 反省はしているが、さっさと嫌な気分を和らげたいのだろう。

 ブリジットは、あっさりとランドルフの誘いに乗った。


「でも、怒られた事を忘れないようにね」

「わかってるわよ。っていうか、叱られた者同士って事はあんたも怒られてるんじゃない。他人事みたいに言わないでよ」

「まぁまぁ。十分ヘコまされた者同士、言い争うのは不毛ですよ」


 アイザックとランドルフの二人だけでは暗い雰囲気だったが、一人加わるだけで柔らかくなった。

 こういう時はブリジットのような空気を読まない者がいて助かる。

 雰囲気が和らぎ、三人は慰め合うためにリビングへと向かった。

 こういう時は反省しつつも、愚痴を言い合うのが心を落ち着かせるのに一番だ。

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