第35話 ホワイトデーのプレゼント

 三月十四日、ホワイトデー。

 この日はリサとティファニーを屋敷に呼んでいた。

 もちろん、アデラやカレンも一緒だ。

 特にバレンタインデーに物を貰ったわけではないが、この日はプレゼントがあった。

 応接間に、一人の男が大きなトランクケースを持って入ってくる。


「例の物は持ってきてくれた?」


 まず、アイザックはレイドカラー商会のジェイコブに声をかけた。


「はい、こちらに用意しております」


 ジェイコブはケースをテーブルの上に置き、アイザックに見えるようケースを開く。


「わぁ……」

「綺麗……」


 リサとティファニーがウットリとケースの中身を見つめる。

 そこには煌びやかな装飾品が詰まっていた。

 ジュエリーには親が触れさせてくれないので、こうして大量に揃っているところを見るのは初めてだった。

 光を反射してキラキラ光っている宝石に心を奪われている。


 しかし、大人の女性陣の反応はシビアだ。

 宝石一つ一つのサイズが明らかに小さい。


 ――どう見ても安物。


 目の肥えた大人の女性には、それが一致した考えだった。

 大きな宝石の削りカスのような小さな宝石を複数使って、上手くネックレスや指輪を豪華な見た目に仕上げている。


 だが、宝石の価値は大きさで決まる。

 削りカスのような物がいくつ集まろうと、大きな宝石一つには敵わない。

 小さい宝石しか付いていない装飾品は、職人の技に金を払うような物ばかりだ。

 子供にはいいかもしれないが、貴族の大人の女がこんな物を身に付けていては恥をかく事になる。

 その事から「リサとティファニーへのプレゼントだろう」と予想された。


「ちゃんとできてるようだね」

「大急ぎで作らせましたから。言わずともお分かりでしょうが、預かった予算のほとんどは職人への支払いになりました」

「うん、それはいいよ。ご苦労様でした」


 この装飾品はエルフに配る予定の物だ。

 父がブラーク商会に騙されて買わされた物をジェイコブに預け、装飾品として作ってもらっていた。

 ただ、それではレイドカラー商会に肩入れしていると思われるので、他の二商会にも同額の仕事を頼んでいる。

 アイザックはルシアの顔を見た。


「これはエルフ達に友好の証として配る物のサンプルです。そして、僕が初めて稼いだお金で作ってもらった物です」


 アイザックは宝石箱を一つ手に掴む。

 木製の箱を金や銀で細工し、宝石を散りばめた物だ。

 そして使用人に花束も持ってこさせる。

 それらをアイザックはルシアに差し出した。


「ネックレスや指輪は貴族が身に付けられる物ではありませんが、宝石箱になら十分な大きさの宝石だそうです。日頃の感謝の印として、受け取ってもらえませんか?」

「まぁ……。アイザック、ありがとう」


 ルシアは目を潤ませる。

 気が付けば、息子が自分の初収入で親にプレゼントするほど立派になっていた。

 その事に感動し、ジワリと涙がこぼれそうになる。

 同時に「でも、いくらなんでも早すぎるわよね?」と、アイザックの早熟振りに複雑な思いを抱いていた。


 母に受け取ってもらえたのを確認したアイザックは、次に祖母であるマーガレットに宝石箱を差し出す。

 その次はもう一人の母であるアデラに。

 そして、カレンへと渡していった。

 残るはリサとティファニーだ。


「ジェイコブ、別にこのグレードの物なら女友達にあげるのは大丈夫なんだよね?」


 前もって確認していたが、念のために再確認をしておく。


 ――宝石をプレゼントするのは求婚と同義。


 という事故のないようにだ。

 こればっかりは確認のし過ぎという事はない。

 六歳にして、二人同時に求婚したなどプレイボーイにもほどがある。

 そういった醜聞は避けるに越したことはない。


「ええ、大丈夫です。子供が付ける分には十分ですが、プロポーズに使うにはグレードが低すぎます。もし御入用でしたら、すぐにご用意できますが」

「いらない、いらない! 六歳児にプロポーズ用の宝石を売りつけようとしないでよ」


 二人のやり取りを大人達が笑う。

 ジェイコブの言葉に、本気で驚いたアイザックの姿が面白かったのだ。

 これにはすぐ“からかい半分の言葉だった”と気付き、アイザックも照れ笑いをする。


「まったくもう……。リサお姉ちゃん、ティファニー。二人は宝石箱をあげても、まだ中に入れる物を持ってないよね? 箱に入るだけ、好きなのを選んで良いよ」


 アイザックの言葉に二人は目を輝かせる。


「本当に!」

「いいの!」


 大人から見れば「これを付けてパーティーに出るのはきびしいかな……」と思うような物でも、子供の彼女達には立派なお宝だ。

 手に取って自分に合うか付けたりして試し始める。

「詰め放題」の言葉は世界を問わず魅力的なようだ。


「私達には宝石箱だけ?」


 娘が楽しそうにジュエリーを品定めしているのを見て、カレンがからかうように言った。

 アイザックは彼女に苦笑交じりに答える。


「親愛の証とはいえ、人妻に指輪とかをプレゼントするのはちょっと……。中身は伯父さんに買ってもらってください」

「あら、残念ね。アンディが請求書を見て驚いたら、あなたのせいだって言っておくわ」


 貴族のパーティーに付けていけるような装飾品は、領地持ちでもないとそうそう買っていられない。

 ハリファックス子爵家は街の代官を任されているが、それはティファニーの祖父。

 ティファニーの父であるアンディは、侯爵家の官僚として働いている。

 彼はまだ地方公務員のようなものだ。

 地方公務員の家庭で高価な宝石を買われたら、予想外の出費で頭を抱える事になるだろう。


「その辺りの事は夫婦間での円満な解決を望む。とだけ言っておきます」


 今度はカレンが苦笑する。

 相変わらず子供相手に話している気にならない。


「本当、凄い子に育ってるわね。アデラの教育のお陰かしら」

「えぇっ、私ですか?」


 突然、話を振られたアデラが驚く。

 彼女からすれば、自分が教育したという意識はない。


「気が付けば勝手に育っていた。という感じですね。いくらなんでも、子供がお金を稼げる方法やエルフとの交流再開など、私には想像もできません。これはもう血筋と言うしか……」


 教えてもいない事をやっているのだ。

 自分の教育だと言われても誇れるはずがない。

 特に金の稼ぎ方など、自分が教えてほしいくらいだった。


「血筋ね……。お義父様のような才覚はなくても、ランドルフのような優しい子に育ってほしいわ」


 マーガレットが嘆く。

 最近のアイザックは暴走しているように見える。

 これはジュードもそうだった。

 本人の考えに周囲が付いていけないのだ。

 そのせいで、本人の暴走のように見えてしまう。


 可愛い孫が、だんだんと義理の父に似てきている事にマーガレットは心を痛める。

 せめて、人としての常識を持った大人になって欲しいと願ってしまう。


 それはルシアも同じだった。

 ジュードが居た頃は結婚もしていないので、子爵家の娘の一人でしかない彼女は直接話す事などなかった。

 それでも、ただ廊下ですれ違うだけで胃の内容物を吐き出しそうになるくらい強い圧力を感じていた。

 侯爵家の当主としては正しいのだろうが、親としては人に好かれる大人に育ってほしい。

 血筋に負けない子になってほしかった。


 ――こうして人に見返りを求めないプレゼントをできる子のままでいてほしい。


 そう思ってしまうのは人として、親として当然の事だった。


 ジュードの事は大人達には記憶に焼き付いて離れない。

 それだけのインパクトがあった。

 彼の事を思い出して、場が静かになってしまう。

 周りが静かになった分、ジュエリーを選ぶリサとティファニーの楽しそうな声が響いていた。



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 一方、その頃。

 モーガンはブラーク商会のデニスを呼び出し、応対していた。

 これはアイザックの頼みによるものだ。


(なぜだろう。アイザックの頼みはロクな事が無い気がする……)


 子供のお願いといえば「新しいおもちゃが欲しい」か「お菓子が食べたい」という可愛い物のはず。

 実際、ネイサンはそうだった。

 だが、アイザックの頼み事は子供が要求する内容ではない。

 それどころか、大人ですらこんな頼みごとをする者は滅多にいないはずだ。

 マーガレット達が宝石箱などを貰っている一方で、モーガンは厄介な仕事をプレゼントされていた。

 モーガンは軽く溜息を吐くと、デニスに話を切り出した。


「ティリーヒルでアイザックがやっている事は知っているか?」

「もちろんでございます。エルフとの交流の再開は素晴らしい出来事です。王国史にも残る偉業。さすがはウェルロッド侯爵家のお方だと感服しております」


 デニスはどこか浮かれているように見える。

 お抱え商人なので仕事が回ってくると思っているようだ。

 ランドルフ達が領地に戻る前に「交易は任せる」と言ってくれるのだと信じていた。

 しかし、デニスの予想とは違った事を言われてしまう。


「そちらではない。アイザックが将来のお抱え商人を決めるために、鉄鉱石の入札を始めている事だ」


 モーガンはベンジャミンに指図をして、ルールと詳細が書かれた書類をデニスに渡させる。

 侯爵家の当主を前に書類に集中するのは礼を失するが、言われた内容が内容だけに書類に目を落としてしまう。


「……なるほど。でも、なぜです。なぜ今になって私に教えるのですか?」


 アイザックがこんな事をする理由はなんとなくわかる。

 去年、ランドルフを試すために二束三文の宝石を売りつけた事がきっかけとなったのだろう。

 だが、モーガンがこの時期になって教えてくる理由がわからなかった。

 教えるのなら、去年のうちでも良かったはずだ。


「私も自分の息子をコケにされたという事は気に食わん。だから、決断が鈍った」


 モーガンはデニスに厳しい視線を投げかける。

 侯爵家の当主としてふさわしい迫力に満ちた視線。

 それを向けられては、言い訳をする気にもなれない。

 ただ恐縮するばかりである。


「だが、相手の言う事を鵜呑みにするランドルフも悪い。感情的になり、ブラーク商会を排除しようとするアイザックも少々やり過ぎだと思う。ブラーク商会は長年の付き合いがあるのだから、たった一度の事で関係を終わらせようと私は思わない。だから、お前に許しを乞う機会を教えてやろうと思ったのだ」

「機会……、でございますか」


 薄っすらと機会の内容に気付いているが、デニスは聞き返した。


「そうだ。最も落札回数が多い商会が将来のお抱え商人となる。これにはブラーク商会を除くなどのルールは決められていない。ならば、これから堂々と入札に参加し、残された数少ない機会を逃さず最多落札者になってみせよ。そうすれば、アイザックに、反省の色ありとして説得してやる」

「なるほど」


 デニスとてウェルロッド領最大の商会長。

 巨額の落札金賄賂を支払い、アイザックの許しを乞えと言っているのだと理解した。

 それと同時に「今後はランドルフから金を騙しとった分以上は取り返すぞ」という警告も含まれていると読み取った。


 これはデニスも計算外だった。

 モーガンも人が良いと言っても、ジュードの薫陶を受けている。

 ランドルフに領の事を任せた以上は、失敗は当人の責任だと突き放すと思っていた。

 まさか、アイザックを使った回りくどい警告をしてくるなんて考えもしなかった。

 さすがにモーガンをそこまで怒らせてしまったのなら、平謝りをするしかない。


「それでは、落札する事によってこちらの誠意をご覧いただきます」


 デニスは深く頭を下げた。

 彼が「アイザック本人が考えた事ではなく、モーガンが裏で糸を引いている」と思ったのも無理はなかった。

 いくら頭が良いと言っても、当時五歳の子供がブラーク商会への当てつけのような事をするとは考えられるはずがない。

 人を陥れるには、知識だけではなくそれなりに人生経験も必要だ。

 子供に人生経験などあるはずがない。


 ――自分の孫ですら駒にする。


「さすがはジュードの息子だ。油断し過ぎた」と、デニスは肝を冷やした。


(……とか思っていそうだな)


 モーガンはデニスの反応を見て、大体の察しがついた。

 アイザックから「デニスを呼び出してこういう事を言ってほしい」と頼まれた時点で、こうなる事は予想できた。

 ブラーク商会はこれから金を搾り取られるらしい。


(行動には責任が伴う。だから、デニスがこうなるのも仕方が無い……。しかし、家庭教師の意味はあったのか?)


 ランドルフが連れてきた家庭教師は熱心に教えていたようだが、アイザックに効果があったようには思えない。

 今回のような事を頼んでくる時点でわかりきった事だ。

 モーガンは“来年は別の者を探してみるか”と思い、誰が適任かを考え始めていた。

 彼の言った「自分の息子をコケにされたという事は気に食わん」という事は本心でもある。

 デニスに同情するつもりなど、まったくなかった。

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