第28話 入札のヒートアップ

 七月に行われた入札では、ここまで一度も落札できていないレイドカラー商会のジェイコブが開き直った。

 落札金額は1億5,000万リード。

 グレイ商会が8,000万リード、ワイト商会は5,500万リードという入札額だった。

 この時になって、ワイト商会はグレイ商会が予想金額よりも大きく入札している事を知る。

 そして、レイドカラー商会がそれ以上の金額を入札しているという事も知った。




 八月の入札は、またしてもレイドカラー商会が落札した。

 今度は3億リードで落札。

 グレイ商会、ワイト商会を大きく引き離しての落札だった。

 これは他の商会との違いが大きい。


 ジェイコブは商会長であり、自分の判断で全てを決断できる。

 それに対して「グレイ商会のイアン」と「ワイト商会のヘンリー」は番頭。

 権限は大きいものの、ジェイコブのように商会長ではないので、ギリギリのところで踏ん切りがつかなかった。

 自分の商会というわけではないので、落札できそうな金額を予想し、多少上乗せするのが精一杯だった。

 人に使われる者として「商会に損をさせてはならない」というのが身に付いているせいだ。

 この立場の違いをジェイコブは最大限利用した。


 ――お抱え商人になれるのであれば、ここで数億の損失を出そうが将来的には元が取れる。

 ――それならば、細かい入札額の読み合いは無駄。

 ――確かに読み合いで勝てばアイザックの評価は高まる。

 ――だが、立場の違いを活かした戦い方も、それはそれで評価されるはず。

 ――何よりも、高額で落札されて嫌な気にはならないはずだ。


 そう考えたジェイコブは、一気に金を積む事を決めた。

 彼の考え通り、アイザックはジェイコブの判断を高く評価した。


 アイザックは別に「馬鹿正直に金額を読み合って入札しろ」などという事は言っていない。

 勝手に彼らが、そういうものだと思い込んでいただけだ。

 金目当てではないが、いつまで経っても少額での入札を繰り返されるのも面白くない。

 自分の手で嵌めていた足枷を解き放ち、リードを広げ始めた者が出た事に安心していた。




 そして九月。

 グレイ商会とワイト商会の商会長も出席する。

 すでに子供が小遣いをせびるような金額ではなくなっている。

 ここまで高額になってくると、さすがに信頼する者に任せているとはいえ同席せざるを得ない。


「グレイ商会会長、ラルフと申します。よろしくお願いいたします」

「ワイト商会の会長をしております。ケネスでございます。以後お見知りおきを」


 まず二人は挨拶から入る。

 笑顔をしているが、その雰囲気はどことなく暗い。

 彼らが参加するうえでの懸念があるからだ。


「ウェルロッド侯爵家、ランドルフの息子アイザックです。今後ともよろしく」


 だが、アイザックは気にしていないかのように普通に挨拶をする。

 彼らが心配している事は心配のしすぎだった。

 それでも、同じことを考えたジェイコブが苦情を訴える。


「アイザック様。途中から参加するのはいかがなものかと思われますが……」


 彼らが懸念していたのは途中参加に関してだ。

 元々商会自体は参加しているが「担当者が変わったからダメ」と言われたりすれば困る。

 ジェイコブは「最初から参加している唯一の商会長」という立場を守りたかった。

 しかし、アイザックが口にした言葉は、ジェイコブだけではなく、他の者達も驚かせる。


「途中参加は構わないよ。担当者が変わるっていうだけじゃなくて、他の商会が参加するっていう意味でもね」

「そんなっ!」


 悲痛な叫び。

 彼らはここにいる三商会で勝負を決めるものだと思っていた。

 新たに参加者が増えてしまうという事は、落札金額の上昇が引き起こされるだけではない。

 お抱え商人になる確率も下がるという事。

 今はリードしているが、それでも新参者が現れる可能性は好ましいものではなかった。


「ルールで新規参加者の禁止はしていませんよ。入札担当者が変わっても、それも禁止していないので問題ありません」


 アイザックは、ここでさりげなく「禁止事項に触れなければ、何かをやってもいいよ」とほのめかす。

 彼が一番見たいのは彼らの才覚だった。


 アイザックがボクシングの構えをしたからといって、彼らも拳で対応する必要はないのだ。

 蹴りで対応してもいいし、関節技や寝技もOK。

 目潰しや股間蹴りといった一線を越えた事をしなければいい。

 今の状況にどう対応するのかを見せてほしかった。


 ――臨機応変にどう対応できるか。


 そこが最も重要なポイントだ。

 柔軟な対応ができるからといって、あっさり裏切られたりしては面白くないが、そこの心配はしていない。

 彼らがネイサン側に全力を以て尽くしたとしても、アイザック側に付いた時の利益よりは少ない。

 それにお抱え商人になれなくても、利益を享受できる事を匂わせている。


 大勢力ネイサンの側に付いて些少な利益を得るか、それとも小勢力アイザックの側に付いて大きな利益を得るか。

 彼らがどちらを選ぶかは考えるまでもない。

 大きな利益を求めて、ティリーヒルにまで来ている時点で一目瞭然。

 この場に居る時点で、実質的にアイザックの味方といえる。

 あとは味方という枠組みの中で、優劣を決めるだけだ。


「途中参加を認めるとはいっても、皆さんはポイントでリードしています。十回という制約の中では……。あぁ、そうか。一つ訂正と謝罪をしなくてはいけませんね」


 ここでアイザックはミスに気付いた。


「もし、途中参加の商会が現れた場合、入札回数が問題になる可能性があります。三回:三回:二回:二回といった感じで、横並びになった時です。その場合は四回落札したところが勝利とします。気が回らずに申し訳ありませんでした」


 アイザックが頭を下げる。

 子供とはいえ、侯爵家の嫡流に頭を下げられてしまっては非難の声を上げるわけにはいかない。

 不満そうな顔をしているが、口には出さなかった。


「ま、まぁ我らは先に落札した回数が多いですし」

「それに入札に参加して雰囲気や流れを掴んでいるので有利ではありますから」


 ラルフとケネスがアイザックを庇うような事を口にする。

 彼らは参加が許可されたばかり。

 初の顔合わせなので、印象を良くしようとしていた。


「誰が参加してこようが、こちらが勝てばいいだけです」


 この流れにジェイコブも乗った。

 いくら最も落札した回数が多い商会がお抱え商人になれるとはいえ、嫌われてしまっては仕事がやりにくくなる。

 顔色を窺わねばならない側として、この程度の決定を一方的に伝えられるのは、まだマシな方である。

 他の貴族からは、もっと不愉快な要求がされる事もあるのだから。


「ありがとうございます。ラルフさんとケネスさんには、イアンさんとヘンリーさんがいます。ジェイコブさんも誰か相談できる人を連れてきてもいいですよ。一人よりも二人の方が良い考えが浮かぶ時があると思いますので」

「お心遣いありがとうございます。次回までに考えておきます」


 ジェイコブはアイザックの配慮に感謝を述べる。

 問題があるとすれば、自分の商会の中に鉄鉱石お抱え商人の座の入札に関して頼れる者がいるかどうかだ。


「今年は今回の入札で終わり、続きは来年から再開となります。来年に悔いを残さないよう、入札を頑張ってください」


 アイザックがそう言うと、騎士が衝立を運び始める。

 既に慣れたものだ。

 スムーズに行動をする。

 その姿を見て「騎士が運搬作業に慣れるのはいかがなものか」と思ったが、保安上の問題でやむなしと考える。


 会議室のような部屋はそこそこの広さはあるが、あくまでもそこそこ。

 使用人を入室させて手狭になっては、いざという時に騎士の行動を阻害してしまう。

 適度な空間を維持するには、騎士にも雑用をさせるしかなかった。

 しかし、彼らは嫌な顔をしていない。

 こういう雑用もしてもらうので、騎士には心持ち多めのボーナスを与えているからだ。


 ――行動に見合った利益があれば、人は喜んで従う。


 アイザックが前世で学んだ事だ。 

 些細な事だが、それを確認できて満足する。


 今年最後の入札だ。

 気持ちよく終わりたい。

 気持ちのいい金額を書いていてくれよと願いながら、アイザックは金額が書かれた用紙を確認する。


「今回はグレイ商会が落札ですね」

「よしっ!」

「やったな!」


 アイザックの発表と同時にラルフとイアンがハイタッチを交わす。

 落札金額は6億リード。

 だが、思い切った金額を付けたのは彼らだけではない。

 ワイト商会は5億3,000万リード、レイドカラー商会は5億5,000万リードと、グレイ商会と近い金額で入札していた。

 二人の商会長が参加したことで互角となり、結果的にまた入札金額の読み合いとなったようだ。

 ただし、金額は跳ね上がった状態で。


「これで全商会、落札回数は二回。ふりだしに戻りましたね。来年もまたよろしくお願いします」


 出席者達もアイザックに挨拶をした後、部屋を退出していく。

 グレイ商会の二人は喜び、他の者達は肩を落としているのが後ろ姿でもよくわかる。


「オルグレン男爵もありがとうございました。また来年もお邪魔する事になりますが、よろしくお願いいたします」


 アイザックは隣に座っているオルグレン男爵にも当然声を掛ける。


「いえいえ、こちらも楽しませてもらっておりますので。しかし、来年に持ち込まなくてもいいのではありませぬかな? このまま続けて入札させればよろしいのでは?」


 オルグレン男爵はアイザックに疑問をぶつける。

 わざわざ毎月やらずとも、一日でまとめて十回分の入札をしてもいいはずだ。

 当初よりあった疑問を晴らそうと、この機会に聞いてみた。


「そうはいきませんよ。一気にまとめて終わらせてしまえば、落札金額の総額が低くなります。入札のためにお金を貯めさせて、それを吐き出させるという目的もありますので。きっと冬から春にかけて頑張ってお金を貯めてくれるでしょう」


 アイザックはにこやかに言い放った。

「ブラーク商会を参加させるための時間稼ぎ」とは言えないので、その場で考えた適当な嘘だ。

 ブラーク商会を狙っていると言ってしまえば、その言葉はどこかで噂となって伝わり警戒される。

 この場に引きずり込むまでは、知られるわけにはいかなかった。


 だが、この言葉はオルグレン男爵を驚かせた。

 競争意識を高めさせて、より多くの利益を得ようとしていたからだ。

 おそらく後継者争いに使うであろう資金を、このような手法で集めるとは思いもしなかった。

 しかも、それだけではない。


 お抱え商人の座をエサにしているとはいえ、彼らは自分の意思で進んで金を差し出している。

 有力な貴族が時々行う「踏み倒す事が前提の借金」や「税の臨時徴収」のような恨みを買う方法ではなく、自分の意思で気持ちよく大金を支払わせている。

 落札できたとわかった時の嬉しそうな顔。

 そこに、金を失うという喪失感はない。

 おそらく、アイザックの掌で踊らされている事にも気付いていないのだろう。


 ――人の恨みを買わず、自分の力を付ける。


 その一点だけでも「アイザックは傑物だ」と、オルグレン男爵に受け取らせるには十分だった。

 このまま田舎町で年老いて死んでいくと思っていたオルグレン男爵は、自分の中で何かが熱くなるのを感じていた。


「そうだ。このお金は使い道があるから今はまだ無理だけど、入札が全部終わったら総額の二割を場所代や迷惑料として支払います」

「二割! それは多いのでは?」


 これまでの入札だけでも10億リードを超える。

 来年はもっと入札の熱が加速するだろう。

 田舎町の男爵には過ぎた現金収入だった。


「さすがに一割では少なすぎます。けど、一割五分では細かく数字を刻むケチだと思われかねない。二割を受け取ってくださるのが僕のためにもなるんです。受け取ってくださいませんか?」

「本当によろしいので?」


 オルグレン男爵はアイザックが子供だから金の価値がわかっていないのではないかと考えた。

 しかし、その考えをすぐに振り払う。

 金の価値を知っているからこそ、商人達を上手く煽り立てて少しでも多く稼ごうとしている。

 価値を分かったうえで支払おうというのだ。


「はい」


 子供らしい笑顔を浮かべるアイザックは、金の価値など知らぬ無垢な子供にしか見えない。

 だが、その中身は”幼くして先代当主ジュードに迫るのではないか”と思わせるものを秘めている。


(これも天命か)


 オルグレン男爵は不必要な後継者争いになるくらいなら、次々代当主はネイサンで構わないと思っていた。

 だが、その考えは変わる。


 ――ウェルロッド侯爵家の血を継ぐ者としてふさわしいのは誰か?


 誰かにそう聞かれても、今ならば「アイザック」と答えられる自信がある。

 ならば、これは不必要な後継者争いではない。

 必要なものへと変わる。

 ここまでウェルロッド侯爵家の法則を体現した存在がいるのに、普通の子供であるネイサンを推す理由がないからだ。


「……それでは、ありがたく頂きましょう。私にできる事でしたら、なんでも申し付けください」


 オルグレン男爵は深々と頭を下げる。

 まるで、モーガンに対して行うかのように。


「うーん、それじゃあねぇ……」


 早速、お願いがあるようだ。

 思わず、どんなお願いをされるのかオルグレン男爵は身構えてしまう。


「街の東に松林がありますよね? 松茸って取れますか?」


 警戒は無用のものだった。

 子供らしい食に関するものだったからだ。


「ちょうどこの季節に取れますなぁ。ただ、臭いので食用には向きませんぞ。我らも松脂を取るくらいしか近づきません」


 オルグレン男爵の言葉でアイザックは不思議そうに首を捻る。


(あぁ、そうか。外国人は松茸に興味が無いんだっけ。なら独り占めじゃないか)


「一度食べてみたかったんですよ。良ければ部下を連れて取りに行く許可をください」

「もちろん結構です。松林に詳しい者を用意しましょう」

「やった!」


 オルグレン男爵は「なんだ、子供の好奇心か」と受け流した。

 地元の者でも珍味扱いのきのこ。

 そんな物に興味を惹かれるのは、やはり年相応の子供らしいところだ。


「大人びてはいても、まだまだ子供らしいところがある」と、オルグレン男爵はホッとした。

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