19:人間の女の子
「
カヌレへの恋心を再確認したと思ってから、週が明けた月曜日。
呼び出しを受けた俺は、人生で初めての告白というものを受けていた。
「え、俺……?」
「うん。いきなりで、びっくりするよね」
人を好きになることは数えきれないほどあったが、自分が他人から想われる日が来るだなんて思いもしなかった。
しかも、その相手が隣のクラスのマドンナ・広橋さんだったのだから。
(確か、俺は告白をしてフラれたはず……?)
彼女にフラれて傷心していた俺を立ち直らせてくれたのが、他でもないカヌレの存在だったのだ。
だというのに、なぜ広橋さんが俺に告白をしているのだろうか?
「犬飼くんのこと、一度は振ったけど……あれからずっと、犬飼くんのことが頭から離れなくって。それで、好きなんだって気がついたの」
こんなことがあり得るものかと思ったが、目の前にいるのは正真正銘の広橋さん本人だ。
けれど、今の俺には好きな相手(猫)がいるのだ。告白を受けたからといって、それを受け入れることはできない。
そう思って断ろうとしたのだが、それよりも先に彼女の方から言葉を重ねられる。
「犬飼くん……私のこと、もう嫌いになっちゃったかな?」
さすがはマドンナと呼ばれるだけある。
広橋さんに悲しそうな顔をされると、それだけでとてつもなく悪いことをしているような気持ちにさせられた。
「き、嫌いとかそんなこと……! ただ俺は……!」
「良かった! それじゃあ放課後一緒に帰ろう? 昇降口で待ってるから!」
「えっ、あの、ちょ……広橋さん……!?」
最後まで俺の話を聞くことなく、笑顔の広橋さんは自分の教室へと戻っていってしまった。
きちんと返事をすることができなかったが、また会う約束をしたのだし、その時に断ればいい。
(断る……べきなのか?)
そこで俺は、ふと自分の考えが正しいのだろうかと疑問を抱く。
今の俺が好きなのは紛れもなくカヌレなのだが、少し前までは広橋さんのことを好きだったのも確かな事実だ。
猫を好きになるなんておかしい。友人二人にもそう断言されている。
それならば、これはもう一度人間を好きになるチャンスなのではないだろうか?
カヌレのことを忘れて広橋さんと付き合えば、俺は普通に戻れるのではないだろうか?
そんなことを考えながら、俺は放課後になると約束通り昇降口で広橋さんと合流することに成功した。
「お待たせ、犬飼くん。それじゃあ帰ろっか」
「う、うん……広橋さん、家はこっちの方角でいいんだっけ?」
「そう、犬飼くんと同じ方角だよ。……だから、いつも見てたんだよね」
「え?」
隣を歩いていた広橋さんに、腕を絡められて俺はドキリとする。
異性との触れ合いには慣れていないのだが、マドンナともなるとこのくらいは当たり前のスキンシップなのかもしれない。
「……
「皇……? ああ、確かに帰る時もあったけど」
「犬飼くん、私のこと好きだって言ってくれたのに。皇さんとやたら仲良くなってて、嫉妬しちゃったんだ」
俺の家と方角が同じということは、皇の家とも同じということになる。
まさか広橋さんに見られていたなんて思わなかったが、俺と皇はそんなに仲良く見えていたのだろうか?
「皇さんと付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「まさか……! 俺と皇はただのクラスメイトだし、そういうのじゃないよ」
「そっかあ。そうだよね、皇さんって可愛いってもてはやされてるけど、実際は性格悪そうだし」
「え……?」
広橋さんが何を言わんとしているのかわからなくて、俺は彼女の方を見る。
口元は確かに笑っているのだが、それがマドンナと呼ばれる女性には程遠い表情のように見えるのは、俺の見間違いだろうか?
「マドンナ交代か? なんて言われて、比べられるのムカついてたんだよね。ツンケンしてて友達もいなさそうなのに。だから犬飼くんも騙されてるんじゃないかって……」
「皇はいい奴だし広橋さんより可愛いし、友達もいるよ」
「え? きゃっ……!?」
その瞬間、俺は広橋さんの腕を反射的に振り払っていた。
恐らくは皇と仲がいい俺の姿を見て、俺のことが好きだなんて嘘をついたのだろう。
そう察しはついたのだが、それよりも俺は皇を悪く言われたことの方が許せなかった。
「悪いけど、広橋さんとは付き合えない。他に好きな子がいるし……いなかったとしても、もう広橋さんを好きだと思えないから」
「えっ……ちょっと、犬飼くん……!?」
驚きの声を上げる広橋さんの方を、俺は振り向く気にもなれずに歩調を速める。
一度は彼女のことを好きになったものの、マドンナだというだけで彼女の人間性までは見られていなかったのかもしれない。
「うわっ……!?」
そう思いながら角を曲がった時、そこに立っていた人影にぶつかりそうになる。
寸でのところで止まることができたが、目の前にいたのは皇だった。
「え、皇……? 何で……」
「何でって、帰り道なんだけど」
「いや、そうだけど……」
明らかに電柱の影に隠れるように身を潜めていたように見えたのだが、もしかすると広橋さんとの会話を聞かれていたのだろうか?
けれど、その答えを聞くよりも先に皇が歩き出してしまうので、俺は必然的にその背中を追う形になってしまう。
「……ついてこないでよ」
「俺もこっちだし」
「…………」
「あのさ、今日……やっぱり家行ってもいい?」
「……好きにすれば」
素っ気ない口調ではあるが、拒絶はされないことに安堵する。
そのまま皇の隣に並んだ俺は、今日もまた彼女の家へ向かうことになったのだった。
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