16:娘さんを大事に想ってます


「お邪魔しまーす」


 放課後になると、何かを言いたげな友人たちの視線をよそに俺はウキウキで教室を出た。

 そうして帰り着いたのは、自分の家ではなく真向かいにあるすめらぎの家だ。


 まだ出迎えはしてくれないものの、俺がリビングにいてもカヌレは以前より警戒することがなくなった。

 遊べる機会も増えたし、機嫌が良ければ触れさせてくれることもあるほどだ。


「アンタって本当にカヌレのことしか目に入ってないわよね」


「そりゃ当然だろ。好きな子が目の前にいて、他が目に入る奴なんかいるか?」


 少なくとも、俺はそうなのだ。

 そんな俺の姿を呆れたように見る皇は、いつものことなので気にしないことにする。


 綺麗に整えられた毛並み。愛らしい声。可愛さを知り尽くした動き。

 今日もカヌレは最高に可愛い。


 そんな風に、カヌレに見惚れていた時だった。突然、カヌレが何かに反応してリビングの外へと駆け出していったのだ。


「ん? どうしたんだ……?」


 何事かと思っていると、玄関の扉が開く音がする。

 皇は俺の正面のソファーに座っているので、彼女が開けたわけではない。


 だとすると、この家の扉を開けるのは。


「ただいま真姫まひめ、少し早く帰れたからお土産を……」


「あっ」


「お父さん、お母さん……!?」


 リビングに入ってきた二人は、俺の姿を見て動きを止める。

 いつもは仕事で会う機会の無かった皇の両親と、俺は初対面を果たしたのだった。



 ◆



「あの、犬飼愛人いぬかい あいとと言います。すめら……真姫さんのクラスメイトで……」


「ああ、真姫から話は聞いてるわ。あなたが犬飼くんなのね。初めまして、真姫の母です」


「……父です」


 皇にそっくりな母親は、ニコニコと笑顔を絶やさずに愛想良く接してくれる。

 一方の父親は端正な顔立ちをしているが、そのせいか真顔での威圧感が物凄い。


 自分の娘たちがいる家に親の目を盗んで男が入り込んでいたら、そうなるだろうということはさすがの俺でも理解ができた。


「犬飼くんは、お向かいに住んでいるのね」


「あ、はい。タイミングが合わなくて、ご挨拶もできないままですみません」


「いいのよ。それにしても、真姫が男の子を家に連れてくるなんて初めてのことよねえ?」


「っ、お母さん……! コイツはそういうのじゃないから!」


 確かに、皇は男を自宅に連れ込むようなタイプではないのだろう。

 それどころか、クラスメイトを呼ぶこともなさそうだ。同性の友人だって招く機会はあまり無かったのかもしれない。


(やましい気持ちは無い……と言ったら嘘になるのか……?)


 そもそも俺が皇の家に足を運んでいるのは、カヌレとの仲を深めたいという目的が大きい。

 それが下心でないというのは、さすがに無理があるだろう。

 そんな男を家に入れていると考えれば、ご両親の心中は察するに余りある。


 だとすれば、せめてそれなりの誠意を示すべきではないだろうか?


「あ、あの……!」


 それで拒絶されてしまえばそれまでだ。

 たとえカヌレとの仲を深めることができたとしても、ご両親に認めてもらえなければ意味がない。



「俺……僕は、カヌレさんを大事に想っています……!!」



「!!?? ちょっ、アンタ何言い出して……!?」


 俺は、今の自分にできる精一杯の誠意を示したつもりだった。

 両親は驚いた顔をしていて、皇はどうしてだか顔を真っ赤にしている。


 確かに、本人(猫)に気持ちを伝える前にご両親に、というのは少し先走りすぎたかもしれない。


 だが、カヌレにはまだ好意を伝えられる段階だとは思っていないし、俺は中途半端な気持ちではないのだということを彼女の両親に理解してもらいたかった。

 家に上がり込んでいる以上は、その必要があると思ったからだ。


「……キミは、真剣にうちの真姫のことを考えてくれているということか」


「お、お父さ……!」


「はい! もちろん真剣にカヌレさんを想っています!」


「ちょ、犬飼……!!」


「そうか……」


 それまでだんまりとしていた父親が、真正面から俺に向けて問いを投げ掛けてくる。

 俺は視線を逸らすことなく、この気持ちを乗せてはっきりと返事をした。


 何やら考え込んでいる様子だった父親は、暫くして何かを納得したように頷いて見せる。

 そうして立ち上がったかと思うと、キッチンの方へと向かい何かを手に戻ってきた。


「食べなさい」


「あなた、それってとっておきの時にって言ってた高級羊羹ようかんじゃない?」


「そうだ。今日がその時だろう」


「い、いただきます……?」


 よくわからないが、皇や母親の反応を見るに単なる来客用に用意されたお茶菓子でないということはわかる。

 綺麗な皿の上に乗せられた羊羹を受け取ると、俺は両手を合わせてからそれを食べることにした。


 厳しそうな父親だと思ったが、俺の熱意が伝わったと解釈して良いのだろうか?


 その日は結局、二階に引っ込んでしまったカヌレと顔を合わせることなく、皇と彼女の両親に見送られて家を後にした。

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