15:それは根も葉もない


「なあ、犬飼いぬかいってさ。もしかしてすめらぎと付き合ってんの?」


「…………は?」


 いつものように登校した俺は、教室に入った途端にクラスメイトの注目が集まったのを感じる。

 何事かと身構える間もなく取り囲まれたかと思うと、予想もしなかった問いに間の抜けた声で返すしかない。


 皇というのは、あの皇のことだろうか?

 クラスにも同じ学年にも、皇なんて苗字のやつは皇 真姫まひめ以外にいた覚えはない。


「いや、付き合ってないけど。何でそういう話になってんだ?」


「嘘だあ! 最近やたら皇さんと話してるじゃん!」


「そうそう、転校してきた時からグイグイ話しかけてたし。犬飼くんは皇さんのこと好きなんだろうって思ってたけど」


「皇さんの方は相手にしてないんだと思ってたよね」


 好き勝手に話を進めていくクラスメイトたちに、俺は話題の中心人物であるはずなのに、置いてけぼりにされてしまっている状態だ。


「別に皇のこと好きってわけでもないんだけど」


 同じ皇でも、俺が好きなのはカヌレの方であって真姫ではない。

 まだごく親しい友人たちにしか教えたことがないので、クラスメイトたちがその事実を知らないのも無理はないのだが。


「わかりやすい嘘つくなって」


「いや、嘘じゃ……」


「だって平川がさ、犬飼と皇さんがデートしてるの目撃したらしいぜ?」


「デート?」


「そうそう。一緒に買い物してたし、何か親しげな雰囲気だったし」


「そういえば、一緒に帰ったりもしてるよな」


 皇と一緒に買い物といえば、カヌレのオモチャを買いに行ったりした時のことだろうか?

 帰りが一緒なのは家の方角が一緒だからというのもあるし、カヌレに会いに行く目的がある。


「だからデートじゃないって。確かに一緒に行動することはあるけど、皇の家に用事があっただけで……」


「えっ!? もう家デートまでする仲なのかよ!?」


 俺はただ事実を返そうとしただけなのだが、どうやら逆効果になってしまったようだ。

 ワッと盛り上がる彼らに俺はたじろいでしまう。


「だから、デートじゃなくて……!」


 このままでは、根も葉もない噂を真に受けたクラスメイトによって、俺と皇が付き合っているというデマが広まってしまう。

 そうなれば、機嫌を損ねた皇がもう家に上げてくれなくなるかもしれない。


 それはつまり、俺とカヌレの永遠の別れを意味することになるのだ。

 それだけは何としてでも避けなければならないというのに、俺の言葉は届きそうにない。


「猫見に行ってんだよ」


 絶望の中でどうにかクラスメイトの盛り上がりを阻止しようとした時、冷静な声が割って入る。

 振り返ると、たった今登校してきたらしい友人二人の姿が目に入った。


「猫……?」


「そう、猫。皇の家で飼ってる猫」


「ボクらも一緒にお邪魔したことあるよ、可愛かったよね」


「私も。みんなで皇さんの家にお邪魔して、勉強会をさせてもらったの」


 れん一星いっせいに続いて、委員長も加勢してくれる。

 完全に俺と皇の二人きりだと思い込んでいたらしいクラスメイトたちは、その言葉を聞いて俺の周りから散っていく。


「なんだあ、犬飼が付き合ってんじゃねーのか」


「そりゃそうだよな、犬飼の片想いなら納得だけど付き合うわけねえよな」


「勘違いな上に失礼すぎるだろお前ら!」


 俺の悪口をさらっと加えていくクラスメイトに抗議しつつ、騒ぎが治まったことに安堵する。


「二人ともありがとな、タイミング神すぎた。あと委員長も」


「まあ、噂されるような行動は実際してたわけだしな。あんま皇に迷惑掛けんなよ」


「アタシが何?」


 蓮に釘を刺されたタイミングで、皇が登校してくる。

 どうやら先ほどまでの騒ぎは聞かれていないようだが、不思議そうな顔をして俺の方を見ている彼女に事実を告げるわけにはいかない。


「あー、最近皇の家に邪魔しすぎだって話をな。迷惑になってんじゃないかって……!」


「ふーん? アンタの頭にも迷惑なんて言葉が存在してたんだ」


「お前も失礼だな!?」


 何故だろう、今日はこういう扱いを受ける日なのだろうか?

 俺たちの横を通り抜けて自分の席についた皇は、鞄の中身を机の中へと移動させている。


「そんなこと言いながら、どうせ今日も来るつもりなんでしょ?」


「え? それは……まあ、行ってもいいなら」


「それなら、ついでに買い物付き合いなさいよ。荷物持ち」


 皇がまるで決定事項のように問い掛けてくるので、俺にはそれを拒否する理由もない。

 カヌレに会えるというのなら、行かないはずもないのだから。


「……蓮くん、あのさあ。これって根も葉もないっていうか」


「皇側にも、原因あんのかもな」


 潜めた声で話をする友人二人の会話も、クラスメイトたちから集まる視線も、俺は気がつくことがなかった。


 今日もカヌレに会うことができる。


 そのことで、俺の頭はいっぱいなのだから。

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