14:初めてのデレ


 カヌレの前足の感触を忘れられない俺が現実に戻ってこられたのは、いくらか時間が過ぎてからのことだった。

 友人たちはすでに勉強を終えていて、今はクッキーを食べながら談笑している。


「けどさ、すめらぎさんよく愛人あいとくんのこと家にまで上げたよね」


「それは……不可抗力というか、やむを得ず」


「皇ってもっと近寄りがたい印象なのかなって思ってたけど、学校いる時より話しやすいわ」


「そうかな? 皇さん綺麗だから、気後れしちゃうのはわかる気がするけど。私は最初から話しやすかったよ」


「それは、香崎かざきさんが話しやすいから……」


 転校してきてすぐは、アイドルかと思うくらい可愛い転校生に群がるクラスメイトは多かった。

 けれど、皇はツンとした態度を取ることも多い。

 そのせいか、本当の意味ではクラスに馴染みきれていないような気がしていた。


「……皇って、ツンデレってやつだよな」


「は!? 別にそんなことないけど」


「いや、そんなことあるね。普段はツンツンしてるけど、何だかんだって世話焼いてくれるし、こうして家にも上げてくれるし」


 皇本人はあまり意識していないのかもしれないが、実は人付き合いが不器用なだけなのかもしれない。

 こういう皇の姿を見れば、クラスメイトたちだってもっと彼女に接しやすくなると思うのだが。


「アタシはただ、自分の飼い猫を好きだって言われて、悪い気はしないだけで……」


「あっ、カヌレ……!?」


 そう話をしている最中に、再びカヌレがリビングに戻ってきた姿を俺の目は見逃さなかった。

 思わず声を上げてしまったが、どうやらカヌレを驚かさずには済んだようだ。


 よく見れば、その口元にはカヌレ用のオモチャが咥えられている。


「ニャウ、ニャ」


 そうして鳴きながら歩いてきたカヌレは、俺の足元にそのオモチャを置いたのだ。


「俺に……遊べって言ってるのか……?」


「そうでしょ。愛人くんがさっき構ってあげなかったから」


「さっきはカヌレの気を引くために仕方なく……」


 そこまで言って、俺は気がつく。

 カヌレの気を引くために相手をしなかったことで、カヌレは俺に構ってもらおうとオモチャを運んできたのだ。

 期待を込めたグリーンの瞳は、じっと俺の方を見つめている。


「よし、遊ぶぞカヌレ……!」

 

 ここまでされて無視するのは男ではない。

 オモチャを拾い上げた俺はカヌレを驚かさないよう、そっと立ち上がって広い場所へと移動する。

 俺の後を追いかけてきたカヌレは、いつでも準備は万端だと言わんばかりに身を低くしていた。


 これまでにカヌレとは何度か遊んでいるが、こんな風に自ら要求を向けてきてくれたことはない。


 初めてのデレに俺は熱く込み上げるものを感じながら、暫しの幸せな時間を楽しんだのだった。



 ◆



「今日はありがとう。皇さん、またお邪魔してもいいかな?」


「もちろん……! 香崎さんが嫌じゃなかったら」


「それじゃあオレらも退散するか。お邪魔しました」


「お邪魔しましたー!」


 日も暮れ始めた頃。

 カヌレともひとしきり遊んで、勉強も終えた俺たちは解散することとなった。


 夢のようなひと時を過ごせたと同時に、今日は収穫の多い一日だったと思う。


「うおっ……!?」


 そうして玄関を出ようとした時、服の裾を引かれた俺は進むはずだった一歩を後ろに戻してしまう。

 俺を引き戻したのは他でもない、皇の手だった。


「……今日は、ありがと」


「ありがとって……礼を言うなら、俺の方じゃねえ?」


 家に招き入れてもらって、カヌレとの接し方を教わって、触れ合う時間までできたのだ。

 礼を言うことはあっても、言われるようなことをした覚えがない。


「た、楽しかったから……気が向いたら、またこうしてみんなで勉強会してもいい」


「? おう、そうだな。カヌレにも会えて勉強も教われて、俺としても一石二鳥だし」


 迷惑を掛けたかもしれないと思っていたが――それも今さらなのだが――、皇も楽しんでくれたのなら何よりだ。


「そんじゃ、また明日学校でな」


「また、明日」


 カヌレは部屋に戻ってしまったので見送りはないが、俺が手を振ると彼女も小さく振り返してくれる。

 皇との距離も、転校してきた時より縮まっているような気がした。

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