13:とにかく上げたい好感度


「か、カヌレ……!」


 紅茶とクッキーを準備してもらった俺たちは、リビングのテーブルを囲んで今日の小テストの復習をしていた。

 数字を見ていると頭が痛くなるのだが、委員長の教え方は先生より上手いかもしれない。


 俺もこれからすめらぎと委員長の勉強会に混ぜてもらおうか。

 そんなことを考えていた時、俺の耳は確かにその足音を聞き取っていた。


 リビングの扉の方を見れば、そこには隙間からこちらの様子を窺うカヌレの姿がある。


「カヌレ? あ、ホントだ。あの子が皇さんの飼ってる猫かあ」


「わあ、可愛いね。おいでおいで~」


 俺が初めてやってきた時には酷く警戒していたカヌレだが、これだけの人数がいるというのに、少しずつ室内へとその小さな足を進めてきている。

 それどころか、カヌレは委員長のところへ自ら近寄っていったのだ。


「カヌレ……俺にはそんなことしてくれないのに……!」


 ソファーに座る委員長の足元で暫し匂いを嗅いでいたかと思うと、あろうことかカヌレは彼女の膝の上へと飛び乗った。

 俺はオモチャを使ってやっと構ってもらえたというのに、この差は一体何なのだろうか?


「もしかして、猫の匂いがするのかな?」


「そうか、委員長も猫飼ってるんだもんな。大福だっけ?」


「うん。他の猫の匂いを嫌がる子もいるけど、カヌレちゃんはそうじゃないみたい」


 始めは触れられることにも警戒していたが、委員長が猫の扱いに慣れているからだろうか?

 次第に撫でられても平気になったようで、頭や背中を撫でる委員長が大変羨ましい。


「……俺も、カヌレに好かれたい」


 本人(猫)を前にこんなことを言うのはどうかと思ったが、隠しようもない本音なので仕方がない。

 委員長と同じように猫を飼えばいいのかとも考えるが、そんな安易な考えで動物を飼い始めていいとは思わない。――好かれたいが、万が一カヌレが嫉妬をしても困る。


「愛人くん、基本的にうるさいから猫には嫌われそうだよね」


「なっ……!? これでも皇の家では気を付けてる方……!」


「ほら、そういうトコ。声大きくなってるし」


「クッ……!」


 反論しようとすると、自然と声が大きくなっている。それは紛れもない事実だ。

 皇と二人の時にはそんなことはないと思うのだが、自分が気づいていないだけで騒がしくしてしまっている可能性もゼロではない。


「猫ってデカい音立てたり、雑な動きする人間には寄り付かねえって話も聞くな」


「そうだね、猫は耳がいいので。猫に好かれるようになるには、静かに歩いたり大きな声を出さないっていうのは重要かも」


「急に動いたりするのも、猫を驚かせるからあまり良くないわよ」


「なるほど……勉強になる」


 テストの復習も兼ねた勉強会が、いつの間にか猫に好かれるための勉強会になっている。

 けれど、それらを頭に叩き込めば俺もカヌレに好いてもらうことができるかもしれない。


 当のカヌレは、隣り合って座る皇と委員長の間の隙間に挟まって居心地が良さそうにしている。

 どちらでもいい。あのポジションに俺も行きたい。


「ゲームみたいに、好感度メーターがあればいいのにな」


「そんなモンに頼ろうとするからお前は彼女ができねえんだよ」


「ダチならもっと優しい言葉を掛けてくれてもいいと思うんだが?」


「ダチだから現実を直視させてやってんだろ」


 そうは言っても、蓮の言う通りなので俺はしっかりと現実を見なくてはならない。


「構うから逃げていくので、逆に関心が無いふりをすると寄ってくることもあるよ?」


「何……!?」


 そんな時、救いの手を差し伸べてくれたのは委員長だ。

 これまではカヌレの気を引くことばかりを考えていたが、押してダメなら引いてみる手は思い浮かばなかった。


 俺は早速、目の前の勉強に取り組むことにする。

 実際には教科書に書かれている内容など一割ほども頭には入っていないのだが、それは今は重要ではない。


「……あ」


 俺はカヌレに関心が無い。

 そう頭の中で唱えながら勉強するふりを続けていた時、一星いっせいの声が聞こえる。

 何かと思ってそちらに視線だけを向けると、一星の視線は下の方へと向いていた。


(っ……! カヌレ!!?)


 ソファーの上から飛び降りたらしいカヌレが、絨毯の上を歩いているのだ。

 俺はカヌレに気づかれないよう、そっと視線だけでその動きを追う。


 来訪者の匂いを順に嗅いで回っているカヌレは、やがて俺の傍まで歩いてきた。


「ニャア」


 その声は、俺のすぐ足元から聞こえてくる。

 鈴が転がるような愛らしい鳴き声。それはまさに、俺の気を引こうとして呼んでいるように思えた。


 さらには、小さな前足が俺の足を踏んでいる感触がする。

 叫び出さなかった自分を褒めたい。


 そこで構ってはダメだと思った俺は必死に耐え抜き、やがて興味を失ったらしいカヌレはリビングを出ていってしまった。


「…………無理……可愛すぎる……」


 大きく息を吐き出した俺は、脱力をしてソファーの上で屍と化す。

 あんなに可愛い生き物がこの世に存在していいはずがない。


犬飼いぬかいくん、大丈夫……?」


「放っといていいわよ。コイツ、いつもこんな感じだから」


「愛人……お前マジか」


「壊れちゃったね、愛人くん」


 聞こえてくるクラスメイトたちの声が、右から左に通り抜けていく。

 俺は今天国の余韻に浸っているので、どうかそっとしておいてくれ。

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