12:みんなでお宅訪問


「お前らに提案がある」


 翌朝登校すると、勝手に俺の机を囲んで談笑している友人二人に開口一番そう声を掛ける。


「あ、愛人あいとくんおはよー」


「提案はいいけど、小テストだぞ。わかってんだろうな」


「テストは今はどうでもいい。それより放課後、すめらぎの家に行くぞ」


 どうでもよくはないし、正直テスト勉強はしていない。

 だが、今の俺にはテストよりも大事なものがあるのだ。……このテストで赤点を取ると非常にまずくはあるのだが。


「皇のって……何でだよ? とうとう頭がイカレちまったのか」


「俺の頭は常に正常だ」


 可哀想なものを見る目で俺を見てくるれんに対して、キリッとした表情で返して見せるのだがこいつは意にも介さない。


「俺が好きなのは本当にカヌレなんだって、実際に本物を見れば証明できるはずだ」


 そう。今日の俺には、友人二人に俺の想い人(猫)を紹介するという目的がある。

 二人が万が一にもカヌレに惚れてしまわないとも限らないが、好みのタイプは異なるので恐らく大丈夫だろう。


「ボクはいいけど、それって皇さんの許可取ってるの?」


「許可はこれから取ってくる」


 肝心の皇はまだ登校してきていなかったので、先に二人に話を通す形になってしまった。

 けれど、皇ならきっとオーケーしてくれるだろう。

 そう思っていたのだが。


「嫌よ」


 小テストで撃沈した後、今日一番の目的を達成するために休み時間に皇のところへ向かった俺は、本日二度目の撃沈をすることとなる。


「何で!?」


「何でって、当たり前でしょ。第一、女子の家に男三人で来たいって普通に考えてあり得ないと思わないわけ?」


「ぐっ……それはそうだけど……」


 皇の言うことは正論だ。

 これまでは彼女の好意で家に上げてもらうことができていたが、今回は女子二人――正確には一人と一匹――に男子が三人。


「皇さん、ちょっといいかしら? 今日の放課後のことなんだけど……」


 その時、俺たちの会話に割って入る声がする。

 声の主は委員長の香崎美夜かざき みやで、俺は別の案を考えるべきかと引き下がりかけたのだが。


「っ……そうだ、委員長!」


「えっ!? 何、どうしたの犬飼いぬかいくん?」


「今日の放課後ヒマ!?」


 突然の提案に目を丸くしていた委員長だが、俺はこれ以上無い名案を思い付いたと内心ガッツポーズをしていた。




 ◆




 放課後、俺は思惑通りに友人二人を引き連れて皇の家に向かうことに成功していた。

 女子の人数が足りないというのなら、増やしてしまえば良かったのだ。


 放課後に図書室で勉強会をするつもりだったという委員長は、俺の必死の誘いを二つ返事で承諾してくれた。


「でも、良かったのかな? 急にこんなに大人数で押しかけることになっちゃって……」


「構わないわよ。勉強はウチでもできるし、ソイツはどうせ来るつもりだったんだろうし」


「ゴメンね、皇さん。愛人くんってこう! って決めたら突っ走るトコあるから」


「……にしても、マジで皇の家まで上がり込んでたとはな」


「上がり込んでたって何か人聞き悪いな。そうしないとカヌレに会えないんだからしょうがないだろ」


 何かを言いたげな蓮に、やむを得ないのだからと反撃をする。

 そうしているうちに、皇の家へと到着した。


 鍵を開けて家の中へと迎え入れてくれる皇に、俺はすっかり慣れた足取りでリビングへと向かう。


「お邪魔しまーす」


「お前ら、あまり大きな声を出すなよ? カヌレが驚くからな」


「この人数で急にやってきたら声出すまでもなく驚くだろ」


 蓮の正論は無視して一度はソファーに座るが、皇がキッチンに向かうのが見えて俺は再び立ち上がる。

 恐らくお茶の準備をしようとしてくれているのだろう。

 だが、この人数分を一人に準備させるのはさすがに忍びない。


「ちょっと皇手伝ってくる。お前ら、静かにしてろよ!」


「……あれで皇が本命じゃないって、マジで言ってんのかね?」


「どうかなあ、愛人くんだし。とりあえず、ボクらは委員長に勉強教えてもらおっか」


 何やら後ろからヒソヒソとした話し声が聞こえてきた気がするが、俺は構わずキッチンへと向かう。

 いつもはリビングでもてなされるばかりなので、ここに足を踏み入れるのは今日が初めてだ。


「皇、何か手伝えることある?」


「……何よ、珍しい。じゃあ、トレーにカップ並べて。そこの棚に入ってるやつ」


「りょーかい」


 俺の姿を見て驚いたらしい皇は、やかんでお湯を沸かしているところらしい。

 茶葉の準備をしている彼女を横目に、俺は指示された通りにカップを並べていった。


「今さらだけど、迷惑だったよな? 今日って親御さんは……」


「ホント今さら。……けど、家にクラスメイト呼ぶことなんて無かったし、悪くはない」


「ん? 悪い、何て言ってた?」


「ッ、親は今日も遅いって言ったの! ほら、お茶菓子あるから持ってって!」


 小さな声でモゴモゴと喋る皇の声がよく聞き取れずに、聞き返した俺は大きな缶を押し付けられる。

 蓋を開けてみると、中身は何だか高級そうなクッキーが詰め込まれている。


 俺は首を傾げつつ、缶を持ってリビングへと踵を返したのだった。

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