11:ヒロインはそっちじゃない


「あーいとクン。あっそびっましょ~」


「え、何? お前らいっつも放課後は即行で帰るじゃん」


「オレらもたまには愛人あいとに構ってやらねえとと思って」


「いや、いらんけど。ていうか俺用事あるし」


「用事って、すめらぎさんと?」


「えっ?」


 帰り支度を済ませていた俺の傍に寄ってきた友人たちは、まるで俺を尋問しようとするかのように両隣を取り囲む。

 いつもは俺の方が遊ぼうメシに行こうと誘う方が多いというのに、今日は一体どうしたというのだ。


 そんなことを考えていた矢先に出た、皇の名前に驚く。


「皇とっていうか……まあ、そうだけど」


(確かに、今日は早く帰ってカヌレに会えるチャンスを作ろうと思ってたけど……)


「やっぱり……! れんくん、大当たりだね!」


「っていうか、愛人はわかりやすすぎだったけどな」


「え、何の話? あっ、皇ちょっと……!」


 何か正解を導き出したらしい二人の反応の意味がわからず、俺は首を傾げる。

 そうこうしているうちに皇が帰ろうとしている姿が見えたので、俺は慌ててその背中を追いかけようとするのだが。


「何よ? 今日も香崎さんと勉強会なんだから、邪魔しないでくれる?」


犬飼いぬかいくんも……あ、今日はお友達と帰るのかな? それじゃあ行こうか、皇さん」


「いや、俺は……!」


 二人の後を追いかけようとした俺は、友人たちによって両腕をがっちりとホールドされてしまう。

 その姿を見た委員長が俺は帰るものなのだと判断して、皇を連れて行ってしまった。


(でも、今日も図書室で勉強するならまだ皇も帰らないってことだよな)


 カヌレはどうせ家にいるのだから、慌てる必要はない。

 そう判断した俺は、引き留めようとする二人に観念して大人しく着席した。


「ったく、何なんだよ? お前ら二人して俺の邪魔して何がしたいんだ」


「いや、ずっと聞きてえなと思ってたんだけど。最近皇と仲いいよな」


「皇と? それはまあ……最初よりは仲いいと思うけど」


 転校してきた時には完全拒否とも取れる姿勢を見せていた皇だが、今や家にまで上がらせてもらうことができるようになったのだ。

 それも皇の気分次第というところはあるものの、仲良くなっていることは確実だろう。多分。


「もしかしてさ、愛人くんって皇さんと付き合ってる?」


「…………は?」


 だが、続く一星いっせいの言葉の意味を理解できずに俺は固まってしまう。


 付き合うって誰と誰が?

 カヌレとはまだ付き合っていないし、そもそもこの二人はカヌレのことを知っているのだろうか?

 こいつらと皇が個人的に話をしている姿は見たことがないし、それじゃあ二人の言う『皇さん』は……。


「いや、いやいやいや! 付き合ってねーし! 何でそうなるんだよ!?」


「何でって、最近やたらと皇と一緒にいるだろ。仲いいってのも否定しなかったし」


「距離も縮まってるし……そもそも、皇さんが転校してきた時からわかりやすかったよね。愛人くん、皇さんと連絡先交換したがったり積極的に話しかけてたし」


「愛人は恋愛体質だし、皇は可愛いから惚れんのも納得だけど。今回は特に行動力が凄まじかったよな」


「恋人の有無とか確認してたしね。相変わらず好きになる相手のハードル高いなあとは思ったけど、ボクたちこっそり応援してたんだよ?」


 二人の話に頭がついていかないままだったのだが、少しずつ言いたいことの輪郭が見えてくる。

 つまり蓮と一星は、俺が皇に惚れていると思っているのだ。

 確かに好きな相手の苗字は皇なのだが、俺が好きなのは真姫まひめの方ではない。


「いや、違うから! 確かに皇は可愛いと思ったし、恋もしてるけど、俺が好きなのは皇じゃねーし!」


「いいって、別にオレらにまで今さらそんな隠し事しなくたって」


「そうそう。愛人くんの恋愛体質は今に始まったことじゃないし、フラれるまで応援するからさ」


「だから違うんだって! っていうか、応援してる割に何でフラれる前提なんだよ!?」


 必死に否定をしてみせるのだが、二人は俺の言葉を信じていないようだ。

 確かにこれまで数えきれないほど無謀な恋をしてきてはいるが、好きな相手を偽ったことなどない。


 ただ、二人の言うように俺と皇の距離が縮まって見えるのも事実なのだろう。

 カヌレと接点を持つために、手段を選んでいられなかったのだ。必然的に皇に接する機会は増えてしまっている。


(どうすれば誤解を……っ、そうだ!)


 言葉だけでは信用を得ることができないと判断した俺は、ポケットから自身のスマホを取り出した。

 画面を操作してロックを解除した俺は、まるで警察手帳を見せるように二人に向けてそれを突き出す。

 そこには、カヌレの写真を設定した待ち受け画面が表示されていた。


「俺が惚れてんのは、こっちの皇! カヌレっていって、皇の家の猫なんだけど……」


 関係が進展するまで二人にはもう少し黙っていようと思ったのだが、この際仕方がない。

 そう思って真実を証明しようとしたというのに、画面を見た二人はなぜか固まってしまった。


「な、何だよ……? いくらカヌレが可愛いからって、最初に惚れたのは俺なんだからダメだぞ」


「え、愛人……マジ?」


「おう、マジ」


「皇さんちの猫って……本気で?」


「おう、本気」


 ようやく俺の本心が伝わったのかと安堵したのだが、次いで響いたのは二人の笑い声だった。


「あっははははは!!!! マジかよ愛人、お前……学んでんだなあ!」


「は?」


「お腹痛い……!! そっか、そういう方法もあるよね」


「え、方法って……」


 二人が爆笑している意味がわからずに、今度は俺が目を丸くする番だ。

 だが、信じられていないのだろうということだけはわかる。


「正攻法がダメなら変化球、いいと思うぜ?」


「実際それで皇さんと仲良くなってるわけだしね」


「ッ、だから俺はカヌレとお近づきになるために皇と……!」


「ハイハイ、そういうことにしておいてやるよ」


「今回は上手くいくといいね、愛人くん」


「お前ら信じてないだろ!!?」


 まだ笑い続けている二人は、どうやら満足したらしく各々が鞄を持って教室を出て行こうとしている。

 俺はその背中に文句をぶつけながら後を追いかけた。


 カヌレにばかり夢中な日々だったが、この機会に友人関係を見直すべきなのかもしれない。

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