10:ツンデレと委員長
「
(……あれ、委員長だ)
今日もカヌレのお見送り――だと勝手に解釈している――を受けて登校した俺は、斜め前の席から聞こえる声に顔を上げる。
声の主は、ウチのクラスの学級委員長・
サイドにまとめた黒の三つ編みに赤い眼鏡。性格も真面目で、まさに委員長と呼ぶに相応しい人物だ。
そんな委員長が、皇に声を掛けている。
「香崎さん、どうしたの?」
「昨日話していた件なんだけど、放課後に図書室でどうかなって」
「放課後……あまり遅くならなければ大丈夫だけど」
「そう、じゃあ授業が終わったらまた声を掛けるね」
用件を伝え終えたらしい委員長は、自分の席へと戻っていく。
元々自分の席に座っていた皇は、そのまま授業の準備を再開しようとしていた。
「なあ、委員長と何話してたんだよ?」
「ハア? 関係ないでしょ、何でアンタに教えなきゃなんないのよ」
「いや、珍しい組み合わせだと思ったから」
横から首を突っ込もうとする俺を、皇は冷たくあしらってそっぽを向いてしまう。
確かに俺には無関係の話なのだが、見た目からして正反対ともいえる二人の交流は単純に興味をそそられた。
皇は紛れもない美少女で、クラスメイトも興味津々に群がっていた。
しかし、どうにもツンツンとしているせいか、友人と呼べるような相手はまだできていないように見える。
昼に弁当を食べたり雑談をしている様子はあるのだが、どうしても”クラスメイト”の域を出ていないように感じられるのだ。
(そういえば、最近よく話してるよな)
そんな中で、皇と委員長が話をしている姿を見かける機会が増えた気がしていた。
始めは委員長だから転校生の世話を焼いているのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
(皇も……割と、まんざらでもない反応してるよな)
彼女の本心まで読み取ることはできないが、放課後の約束を取り付けた皇は、心なしかソワソワとしているように見えた。
◆
「……で、何でアンタがここにいるわけ?」
「いや、俺も図書室に用事があって……」
「冗談でしょ。この世で一番図書室とは無縁みたいな顔してるクセに」
「それはさすがに失礼すぎるだろ!」
「じゃあ何の用事があるっていうのよ? 絵本でも読みに来たわけ?」
「ぐっ……それは……」
「二人とも、図書室では静かにしてください」
皇に言い返すことができずにいた俺は、やり取りを
かなり不満そうではあるのだが、皇もまた大人しく委員長の言葉に従ってその口を閉じていた。
図書室に用事があったというのは嘘ではない。
ただ、その用事が図書室自体にあるわけではないというだけで。
「皇さん、これなんだけど……」
「ありがとう。うわ、綺麗にまとめられてる」
「わかりにくいところがあったら聞いてね。答えられる範囲のことなら、何でも教えるから」
本棚から適当に引き抜いた分厚い本を手に、俺は皇たちから一つ離れた席に腰を下ろす。
委員長が差し出していたのは、どうやらノートのようだった。
「もしかして、勉強会?」
「そうだよ、皇さんが昨日の授業でどうしてもわからないところがあるからって。
「ちょ、香崎さん……!?」
「えっ、いいの? うわ、委員長って字綺麗だな」
「アンタは何ちゃっかり隣に座ってんのよ!」
「皇、声が大きいぞ。図書室では静かにな」
抗議する皇の声には構わずに、お誘いに乗じて隣の席へと移動した俺はノートを覗き込んで驚愕する。
自分のノートなんて、後で見返しても何が書いてあるかわからないほどだというのに。
(女子のノートって、こんなに綺麗なもんなのか……)
俺の視界を遮ろうとしていた皇だが、結局は俺にもノートを見せてくれるらしい。
あくまで借り物のノートで、自分だけが独占していいものではないと思ったのかもしれない。
「二人ってさ、最近よく話してるよな。勉強の話とかしてんの?」
「うん、そうだね。でも、勉強以外の話もしてるよ。たとえば、猫の話とか」
「猫……って、もしかしてカヌレ?」
「あれ、犬飼くんもカヌレちゃんのこと知ってるんだ?」
そりゃあもちろん、最愛の人(猫)ですから。
「可愛いよね。私の家でも猫を飼ってるから、皇さんもそうだって知って話が弾んだんだ。ね?」
「えっ……!? うん、まあ」
「委員長はどんな猫飼ってんの?」
「ふふ、見る? カオマニーって種類で、大福っていうの」
「わ、可愛いな。オッドアイってやつだ」
スマホを取り出した委員長が見せてくれたのは、真っ白な毛並みに黄色と水色の瞳をした猫だった。
布団の上で撮影されたものなのか、リラックスしている様子がわかる。
「……写真、送れとか言わないんだ」
「ん? 皇、何か言ったか?」
「別に。猫相手なら無節操なのかと思っただけよ」
「そんなわけないだろ。大福も可愛いけど……カヌレは特別なんだ」
大福の写真を見た時、確かに可愛いと思ったのは事実だ。猫はみんな可愛い。
けれど、カヌレを目にした時のようなあの衝撃は、微塵も感じられなかった。
俺が心を奪われているのは、やはりカヌレだけなのだ。
「ってことで、今日も家行っていい?」
「は? アンタ、もしかしてそれが目的でこんな所まで……!」
「ねえ、二人でコソコソ何話してるの?」
俺たちのやり取りを、机を挟んだ向かい側から首を傾げた委員長が見ている。
そうだ、委員長に加勢してもらえば今日もカヌレに会えるかもしれない。
「いや、実は皇の家に……」
「ちょっと、勉強しないなら帰りなさいよ!」
「イタッ!」
開いた俺の口をすぐさま閉じさせようと、皇がノートの表紙で顔面を叩いてくる。
派手に鳴る音ほど痛くはないのだが、余計なことを言うなとばかりに突き刺さる皇からの視線の方が痛かった。
「ふふ。二人って仲がいいんだね」
「っ、良くない……!」
即座に否定する皇の耳が赤く染まっていたように見えたのは、ノートで衝撃を受けた直後だからだろうか?
俺がいると勉強が進まないという皇の猛抗議を受けて、その日は仕方なく退散することとなった。
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