04:写真と実物


 『彼女』の名前はカヌレ。 

 そう教えてもらうことができたのは、大きな一歩だったと思う。

 だって俺は、それまでは名前も知らない『彼女』のことを、ただ見上げるだけしかできなかったのだから。


 だが、名前を知ることができたのはいいものの、俺たちの間にはまだまだ障害が立ちはだかっている。

 カヌレはいつでも、出窓に姿を現してくれるというわけではない。


「……今日は、いないのか」


 登校前。玄関を出て見上げた先の出窓に、いとしいカヌレの姿は見当たらなかった。

 眠っているのかもしれないし、食事をしている最中なのかもしれない。

 カヌレが今どうしているのか、俺には知るすべがないのだ。


「なあ、すめらぎ。カヌレの写真をくれないか?」


「は? 登校してきて早々なに」


 教室に到着した俺は、授業の準備をしている皇を見つけて声をかけた。

 クラスメイトたちはやはりざわつくのだが、今の俺にそれを気にしている余裕はない。


「出窓にいる姿は見られるけど、いつでもあそこにいるわけじゃないだろ? 写真があれば、いつでもカヌレの姿を見られるし」


「写真って……つまり、アンタと連絡先の交換をしろってこと?」


「まあ、そういうことになるかな。交換しないと、写真も送ってもらえないし」


 当然だが、俺は皇の連絡先を知らない。

 撮った写真をプリントアウトしてもらうという手もあるが、いちいちそんなことをするのは手間だろう。

 それに、連絡先を交換しておけば、新しい写真を撮った時にすぐに送ってもらいやすい。


「……とか言いながら、カヌレを理由にアタシの連絡先をゲットしようとしてるんじゃ……」


「ん? 何か言ったか?」


「……別に。写真なんて撮ってないから無理」


 そう言ってそっぽを向く皇に食い下がろうとしたが、タイミング悪く授業開始のチャイムが鳴り響いてしまう。

 渋々引き下がった俺は、斜め前の席に座る皇の背中を睨みつけた。


(写真が無いなんて嘘だ)


 断じて覗き見たわけではないのだが、席の配置的に彼女のスマホの画面が見えてしまったことがある。

 皇が見ていたのは、画像フォルダだった。

 スクロールされていくカメラロールに表示されていたのは、明らかにカヌレの姿だ。

 あれほどカヌレばかりで埋め尽くされているというのに、写真を撮っていないだなんて嘘が通用するはずがない。


愛人あいと、また皇さんにアプローチしてたのか」


りないよねえ。ポジティブなのが愛人くんのいいところでもあるんだろうけど」


 どう写真を手に入れようかと考えていた休み時間。

 俺のところへやってきた二人は、やはりまだ皇が俺の好きな相手だと勘違いしているらしかった。

 訂正すべきなのかもしれないが、今はそれどころではない。


「どうしたら皇と連絡先を交換できると思う?」


「いや、フツーに無理だろ」


「無理とは何だ。クラスメイトなんだから連絡先の交換くらいするだろ」


「するけど、愛人くんの場合は下心がミエミエっていうか」


 確かに下心はある。ありまくるほどにある。

 しかし、他に手段がないのだから仕方がない。まさか家の外から盗撮をするわけにはいかないだろう。


「俺はどうしても皇の連絡先をゲットする必要がある」


「けど、直接頼んで断られたんだろ? じゃあ無理じゃん」


「ぐぬぬ……」


 れんの言う通り、直球勝負でダメだったのだから他に方法があるとは思えない。

 その時、俺たちの傍を離れた一星いっせいが皇のところへと歩み寄っていく。


「アイツ、何やってるんだ……?」


 二人は何やら喋っている様子だ。

 事の成り行きを見守っていると、少ししてから一星がこちらに戻ってくる。

 そのままスマホを操作していたかと思うと、俺と蓮のスマホが同時に鳴った。


 不思議に思ってスマホを取り出した俺は、その画面を見て目を見開く。

 俺たち三人のトーク用に作成されたグループLIMEライムの中に、皇 真姫まひめという名前があったのだ。

 表示されているアイコンが、カヌレの写真に設定されている。彼女のLIMEアカウントに間違いない。


「ふふ、愛人くん。コレでひとつ貸しね?」


「い、一星……!」


 そういえば一星は、可愛い顔をして異性から連絡先を聞いたりするのが得意な奴だった。

 女子も一星相手だと警戒心が薄れるのか、気軽に教えてくれるのだ。

 皇も同様だったのか、何の疑いもなくグループに入ってきてしまったらしい。

 グループには、わざとらしく『間違えて招待しちゃった、皇さんゴメンね!』というメッセージも添えられている。


 そこから俺はダメ元で、皇に友達申請を送ってみた。

 放課後になっても申請は承認されず、やはり無茶なやり方だったかと思ったのだが。


「……え、マジか……!?」


 帰り道の途中でスマホが鳴ったかと思うと、皇への友達申請が承認されていた。

 さらに、個別のトークルームにはカヌレの写真が添付されていたのだ。

 他にコメントは無かったが、俺は感謝のスタンプを連打していた。


 写真は大切に保存した上で、待ち受け画面にも設定をする。

 窓際に座るカヌレは、恐らく呼ばれて振り返ったところなのだろう。きょとんとした顔がたまらなく可愛い。


 俺はニヤつく顔もそのままに自宅の前まで辿り着いていた。

 そうしてふと、顔を上げて出窓の方を見たのだが。


「うっ……!」


 そこには、カヌレの姿があった。

 今日は晴れていて日当たりが良いからか、出窓にぺたりと腹をくっつけたカヌレは、どこか遠くを眺めている。


(……実物、可愛すぎるだろ)


 俺は撃ち抜かれた心臓を押さえながら、帰ってきた皇に不審な目で見られるまでその場に立ち尽くしていた。

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