第30話


「え? 一緒に帰省してほしい? ……ミラ、きっと熱があるんだよ。最近働きすぎだって前言ったろ? 今日はもう寮で休んだ方がいい」

「私は至って健康なんだけど? これは私からのお願いじゃなくて、光の魔力を持つものからの命令よ。用事なんてどうせないでしょ?」

「俺の人権は何処へ」


 あ、この世界は日本みたいな基本的人権がないんだった。奴隷もいたりするしね。この国じゃ禁止されてはいないけどあまり普及もしていないイメージだ。


「変なこと言ってないで支度したほうがいいわよ。明日には出発する予定だから」

「俺の現実逃避をぶった斬るのやめて……」


 いつも通りの、無表情で俺の扱いが雑なミラだ。でもなんだか言いようのない違和感があった。

 なんだろうか。あって当たり前のものが欠けているような、ミラとセットで捉えていた何かがないような、不思議な感覚が気持ち悪い。


「……あ」

「どうかしたの?」

「ミラ、ディーノはどこへ行ったんだ?」

「……なんで、そんなことを私に聞くの? 知っているはずないじゃない。ただの同級生なんだから」

「だっていつもは……いや、なんでもない」


 そうだ、俺が感じていた違和感はこれか。ディーノが、ミラの近くにいないのだ。


 いつもなら2人で一緒に話をしながら、たまに怒鳴り合いの喧嘩をしたりして、誰かが止めに入るまでずっと言い争うこともあった。


 一見仲が悪いように見えるが、それでも2人は毎日のように会話をするし、案外気は合うのだ。そうでなきゃ嫌いな相手とわざわざ毎日話したいと思う奴はいないだろう。


 なのに。


 先日の件で、2人の何かが変わってしまったのだろうか。思い返せばあの日以来、2人が話しているのを見かけなくなった。もはや日常の一部と化していた2人の喧嘩も、あの日以来教室で起きなくなった。


 あの日のディーノは少し様子がおかしかった。狩人が獲物を狙うような鋭い目つきで、立ち去るミラを見つめていた。

 と思えば、ミラがいなくなった途端「ごめんな」とだけ言い残して席を立ち、急かされるようにミラが立ち去った方へ走っていった。


 あんなミラも、あんなディーノも、あの日初めてみた。あの後に2人の間で何かが起きたのだろうと推測はできるが、友達同士の関係に首を突っ込むのは褒められた行為ではないだろう。


 そう、と呟き俺に背を向けたミラは、相変わらず美しい銀髪を宙にひらひらと靡かせている。

 本当なら、護衛も兼ねているであろうミラの同伴はディーノが適当だと言える。なのに、転移魔法しか才のない俺へ話を持ってきたのは、なんだか2人の喧嘩がもう見れないのだと言われているようで若干切なくなる。


 でも、まぁ……


「ディーノってミラのこと好きだし、ほっとけば解決するだろ」








 俺は、こんな軽い気持ちで2人を放置したことを後々後悔することとなる。


「ディーノのバカ!!」

「ミラのドジ!!」


「うるっっせぇな、せめてボキャブラリーもうちょっとまともにしろ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る