第29話


 昼食の時間帯、人通りの少ない廊下をミラは1人で歩いていた。


「っやっぱり全部、私の勘違い。自惚れるな、自分の立場を理解しろ。私は本来ここにいていい人間じゃない」


 ぶつぶつと呟きながら歩く姿ははたから見れば不審でしかないが、それを指摘する人はどこにもいなかった。


 ミラが歩くたびに、その体からはキラキラと金の光がこぼれ落ちる。地面に落ちた金の光は一定時間経つと消え、ミラの失態を消していた。


 本来、光の魔力とは世界中で争われるレベルの貴重なもの。今のミラのように感情が昂ったり、制御できないほど乱れた時には無意識に魔力が体から放出される場合がある。


 氷の魔力を持つものなら冷気が広がり大地が凍る。

 雷の魔力を持つものなら静電気が発生しバチバチと電気を放出させる。


 その人自身の持つ魔力の種類によって、効果ももちろん変わってくるのだ。

 ということは、今ミラから落ちる光の粒は光の魔力を帯びている。誰かにみつかれば大問題になるほどの失態を犯すほど、ミラは動揺していた。


 光の魔力を持つものは国直々に教育を施される場合がある。それほどに重要で大切な駒なのだと分からせられているようでミラはあまり好きではなかった。でもミラは庶民なので、貴族では常識であっても知らない知識が多すぎた。そのため、マナーや魔力の扱い方を国のお偉いさんに直接教え込まれていた。


 その中で特に求められたのは精神の安定だった。精神が安定すれば魔力も安定する。精神を鍛えればその分魔力の扱いにも幅が出て、いろいろな魔法を試せるようになる。


 ミラももちろん覚えていた。そのための厳しい特訓だって、今も鮮明に脳裏に浮かぶ。

 思い出したくない記憶ほどしつこく脳にこびりついて取れないのはどうしてなのだろう、とミラは何度も思った。


 そんなミラでも、現在光の粒子が溢れていることにすら気がついていない。それだけでミラがどれほど心動かされているのか把握できるだろう。


「ち、ちがう。私は、ディーノが護衛としてそばにいてくれるのが当たり前のことだったから、そう、困惑しているだけ。だから、変なことは何にもない!……って誰に向かって言ってるんだか…………やっっば」


 人通りの少なく、今は誰もいない廊下だとしても、ここまで大きな独り言を言いながら歩くミラはさながら不審者だ。

 自分の言葉に自分で納得して胸を撫で下ろしたミラは、どことなくスッキリした頭で自分の体が光っていることに気がついた。顔色は途端に悪くなり、ミラは自身が出した金の光を慌てて消した。


「誰もいなくてよかった……またディーノ

 に怒られちゃうところだっ、……」


 そう言いかけて、ミラは口を止めた。


「……ディーノは私のものじゃない。仕方なく、学生の間だけ面倒を見てもらっているだけ。それにディーノは立派なお貴族様。……あの子たちのためにも、頑張らなきゃ」


 静かな廊下にミラの声と足音だけが響いている。

 さっきまで廊下の角で息を潜めていた人物は、もういなくなっていた。


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