第27話

 この学園の食堂は、もともと通う生徒の大半が貴族なだけあってとても豪華である。

 メニューはもちろんのこと、料理人から素材まで一流のものを取り揃えており、安全性も確認されているなかなかに凝った食堂だ。


 そのため毒殺の危険もなく、王子もよく姿を見せる。当たり前だが、護衛はしっかりとつけていた。お転婆姫様とはさすがに認識が違う。


 いつも通り混みあった、だが対応が早く素早く人が掃けていく注文所の前。ここでメニューを選び、札を貰ってから自由な席に着いて待っていれば料理を届けくれるのだ。

 食堂自体がありえないほど広いこともあるが、書屋道で働く人員の優秀さが際立っているように感じる。

 騒がしいながらもどことなく気品を感じるような、嫌にならない騒がしさの中で二人席に座る。


「ほんっとにありがとう、シリル。これを逃したら私は三日間断食生活を送ることになっていたよ」

「そうなる前に食費くらい残しておけよ……」


 本当に、俺の感想はそれに尽きる。

 残してきた弟妹が大事なのも不安なのも、これまでの会話の中で少しくらいは分かっているつもりだ。だから安易に口出しなんて出来ないし、したくもない。そもそも自分で稼いだ金なのだから、使い道はどうしようと本人の自由なのだ。

 だが……。


「前よりも予定を詰めて忙しそうにしているよな。それで倒れたらどうするつもりなんだ。お前が大好きな双子は、無理をして姉が倒れるのを良しとするような子たちなのか?」

「それは違う! ……すごく、優しい子たちなんだ。だから私に心配をかけないように、覚えたての文字でたくさん手紙を書いてくれるんだけど……最近リンの、妹の体調があまり良くないらしくて。熱が出たり頭が痛かったり、強がってはいるけど辛そうだって、書いてあって、いてもたってもいられなくなっちゃって」


 責めるような口調でミラを見れば、勢いよく否定される。そしてほんの少し俯いたかと思えば、何かを急ぐように仕事詰めになっていた理由を話してくれた。

 なるほど、妹の方が体調を崩したのか。弟がそれをミラへ手紙で伝えたということだろうが、そうならよっぽどミラの弟は優秀なのだろう。


 まだまだ庶民に教育はおろか、読み書きすら学ぶ機会はほとんどなく、大人でも読むことはできても書くことはできないという人が多くいる。そんな中、ミラが今17歳だから、弟は年下、そしてこんなに過保護になるほど小さいということは、10歳くらいだろうか。その年でもう文字の読み書きを行えるのは、ミラが手紙を送っていることもあるだろうが、姉と文通をしたいという気持ちの強さから読み書きを覚えるまでになった弟の頭の良さがよくわかった。


 ミラの才能とはまた違う弟の才に驚きつつ、そこまで無理をするなら別の方法はないのかと考える。さすがに妹の体調を案じて無茶をする姉を真っ向から叱る気もないので、一つため息を吐いて先程より硬い表情のミラに聞いてみた。


「うーん……学校を数日だけでも休んで帰省することはできないのか?」

「できないわよ、そんなの。この学校は格式やら世間体やら体裁やら、規則を守ることがだーいすき。完全寮制で余程のことがない限り長期休み以外の帰省は許されていないの、しらない?」

「そもそも帰省したいと思わないしなぁ……でも、ミラが交渉したら学園も許可してくれそうな気もするけど」


 首を傾げながら、この学園について思い出す。昔ながらの行事やしきたりといったものをいつまでも重んじ、時代にあわない古く世代ハズレなことを言い出す学園長はもう十数年ここに務めているらしい。

 学園長は、昔の偉人たちに尊敬の意を抱いている。それは学園の至る所にたてられた絵画や人物画をみればすぐにわかることで、この学園が格式体裁とうるさいのもきっと学園長の影響が大きいのだろう。


 だが、だからこそ学園長には困ることがある。


「一度、学園長に直接言ってみたらどうだ? 無理に押さえつけたりしてミラがいなくなって、いちばん困るのはこの学園。一度申請してみたらどうだ?」

「……うん、行ってみるね。ダメ元でもなんでも、可能性があるなら試してみるよ。ありがとう」

「ああ」


 心做しか先程より雰囲気がやわらかくなったミラに安心する。このままだと本当に学園を無断で抜け出してもおかしくないんじゃ中と思ってしまうほどに、思い詰めた表情をしていたのだ。


 ……こんな顔になるほど、大切な存在がいるのが羨ましい。


 頭に浮かんだそんな考えを振り払う。今のミラを見て羨ましいなんて、冗談でも口に出しては行けないことだ。喉元まででてきたその感情を飲み込んで、意気込むミラへ笑いかける。


「妹と弟が、すごく大切なんだな」

「あったりまえでしょ。あの二人は宝物なの。私が守らないといけないの」


 普段は動かない口角をほんの少しあげて、ミラが笑った。

 弟妹にしか向けないであろう、慈愛に満ちた優しいその笑顔が、俺には眩しかった。


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