第26話

 聞きなれたチャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。先生のだるそうな挨拶で教室からは話し声が聞こえ始めた。


 昼時ということもあってか足早にクラスから出ていく人も多く、俺がボケっとしている間にもう教室には半分ほどしか残っていなかった。


 その中で、俺へ向かって怖いくらいの笑顔で歩み寄る女子生徒が一人。


「ああっ、ちょうどいい所にきてくれたねシリル君。一緒に食堂いかない? どうせ一人だろうし」

「……ほんとに失礼だなお前、俺だって友達くらいいる。なんで学ばない、これで何回目だと思ってるんだよ」

「ちょっと、なによその言い草は。別に奢ってほしいなんて言ってないわ、一口でも貰えればいいの」


 だからおねがいっ! と手を顔の前でパチンと合わせ、無表情で身体を屈めて上目遣いにこちらを見つめるミラ。もはや恒例になったイベントに、ついため息が洩れた。


 この状況をとても簡単に言えば、ミラは生きるために必要な最低限のお金以外全てを、仕送りとして家に送っているのだ。


 貴族でもなんでもない庶民のミラは、光の魔力を持つという特例中の特例のルートで学園に入学した。

 だが貧しい生活を送ってきたミラは、特待生として入学したとしても学生に稼げる額しか手に入らない。

 もともと行っていた近所のパン屋の手伝いだとか、少し暗めだが大金が手に入る仕事だとかが一切出来なくなり、収入的には以前より減っているのだとか。


 そして、かなり前から知ってはいたが、ミラに双子の弟妹がいる。そしてミラは唯一の家族であるその二人を溺愛している。

 いやもう、びっくりするくらいどろっどろに溺愛している。


 出会った頃、仲良くなり始めて一番に話した話題までが双子の事だったので、興味本位で問いかけたことがある。

 二人はどんな子なのか、と。


 ……それからはもうほとんど記憶がない。何時間もぶっ通しでミラが話していたことに、息も絶え絶えで返事を返していた気がする。


 覚えている少ない情報には、二人とも元のミラとおなじ薄い茶色で、瞳は青みがかっている、というのがあった。

 聞けば、ミラはもともと茶髪で、光の魔力を始めて使ってから髪が銀色に変色したのだとか。そのせいで愛する弟妹たちとお揃いの色が無くなってしまい、大層落ち込んだそう。


 まぁ、ミラは家で二人で待っている幼い双子のために、学園での収入をほぼ全てと言っていいほど送っているということ。


 特待生なので学費はもちろん学園からでているし、光の魔力持ちは学生でも大人気だ。人手が常に足りず、猫の手も借りたい状態。

 未熟な学生でも、学園に通いながらちょっとしたお小遣い稼ぎが出来るのだと相変わらずの無表情で語っていた。

 それにミラは歴代でも稀に見るほどの天才だ。そりゃあ望めば溢れるほど仕事は回ってくるしその分の給料も出るだろう。


 そう考えれば考えるほど、庶民の光の魔力を持つ後天性銀髪美少女なんて肩書きを持つこいつがヒロインでは無いのか俺は分からなくなってきた。


 制作陣は何を考えているのだろうか。

 ヒロインと出身や能力の被りまくった人間がいるなんて夢にも思っていないのか。


 思考に浸っていれば、少し低い位置にある白銀がサラリと揺れる。

 残った僅かな金では昼食すらまともに食べることが出来ないのだから、一体どれだけ無理をして仕送りをしているのかという話だが、本人は自分より双子の方が優先順位が圧倒的に高いのは俺でもわかる。


 親についてはそこまで深く聞く気もないが、これまでの会話の中に親の話題はひとつもなかったことを考えるとそういうことなのだろう。

 庶民なら特段珍しい訳でもないのは知識として知っていた。


「ほらほら、いくよシリル。お腹すいたでしょ?」

「ミラのお腹がすいたの間違いだろ」


 ミラは現場でも評判のいい頭の回る優秀な生徒だと言うのに、変なところでポンコツになる。


 今もそう。金額の計算なんて簡単に出来るはずなのに、自分の食費を最初から予算に入れずこんなことになっている。


 だがまあ、


「一食奢る金くらいはあるし、魔法の使いすぎは体調を崩すからな。飯くらいちゃんと美味しいものいっぱい食え。息抜きも大事だぞ、立派なおねーちゃん」


 馬鹿な子ほどかわいいってよく言うだろ?


 こんなに毎日がんばってる少女へランチの金も払わないなんて、男以前に人間としてダメになると思うしな。

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