第22話

 かちゃん。


 フォークを皿の上に置いた音が、決して広くはない俺の部屋に響き渡った。

 一息着けば満腹感と満足感で満たされたような感覚が身体を巡り、つい動きが止まる。


「ごちそうさまでした」

「いいえ、そんなに食べてくれたなんて嬉しいです。やっぱり人に食べさせるってなると緊張するので……」

「すごく美味しかった。ありがとうな」

「っ、はい! 簡単なものですけど、食べたくなったらいつでも言ってくださいね!」


 からになった白い皿をみて、思わず自分でも目を見開く。


 さっきまであんなに食欲がなくて頭も痛くて気分も悪くて様々な体調不良が一気に襲ってきて、食べ物のなんて食べられると思っていなかったのに。


 しかもなんだか身体が軽くて、熱っぽかった頭が段々と冷めていくのを感じる。


 ……やはり何か、スープに入っていたのだろうか。


 こんなの疑いたくない。でも、俺はヒロインのせいで受けた悪意による攻撃を忘れることはできないのだ。

 純粋な善意とは言い難いだろう。だが好意からわざわざこんなことをしてくれているのは分かる。だからこそ、こんなに手の込んだ嫌がらせをしないと思いたかった。


 そんな俺の思考とは裏腹に、褒められたことに頬を高揚させてふにゃりと破顔するティーネ。……いつも俺の顔なんか眺めて何が楽しいのだろうか。


「体調はどうですか? 魔力を込めて料理や物を作ると能力の付与ができるらしくて。先輩は知ってると思いますけど私は光の魔力が使えるので、治癒の効果がつくように祈りながらスープを作ったんです」

「……もう習ったのか? その時期でもう付与ができるなんて、やっぱりティーネは優秀なんだな」


 っし、よかったぁ!!!


 内心ガッツポーズをしながら、一年で習う付与の仕方について思い出した。魔力を込めながら祈れば、食べ物でもなんでも付与を付けられる。

 簡単に使用でき、なおかつ危険性の少ない悪用しにくい魔法の一つだ。


 俺は転移魔法が得意なので、込められる効果といってもそこまで大きく期待できないものしか得られない。


 だが光の魔力はどうだろうか。


 怪我や病気の原因を取り除き、治すことが出来る奇跡の魔法とも言われる光の魔力。

 さっき貰った魔石も同様だが、他の魔法に比べて希少性が高く、光の魔力によって効果が付与された物というだけで市場ではとんでもない高さで売れる。


 ティーネが学生、そしてまだ未熟な光の魔力使いだとしてもその価値は想像できないほど。


 なので、光の魔力を持つものはこの学園に通い、卒業後は皆教会に住み込んで人々を救ったり付与したりして暮らすのだ。

 独立して市民を救う光の魔力使いはいない。国によって禁止されているから。


 きっと、というか強制的に、ティーネとミラは教会へ行くのだろう。

 必然的に、今より家族に会える機会は減る。ミラの暴走が心配だ。


「本当にありがとう。わざわざ付与までしてくれたんだな。おかげでずいぶんよくなったよ」

「よかったぁ……緊張で失敗していないか心配だったんです」

「よくできてるよ」

「えへへ、先輩に褒められちゃった」


 ふわりとはにかんだ姿をみて、改めてティーネがヒロインだということを認識させられる。


 ……やっぱり、普通のいい子なんだよなぁ。

 さっきまで疑っていたものの、それが恥ずかしくなるほどの普通の女の子だ。


 ヒロインに不可欠の鈍感スキルはカンストしているようなので、俺がどういう対応を信者共にされているのかを知らないのだろう。


 なら仕方ないか、といえるほど俺は出来た人間ではないものの、これまでは信用してみよう、そう思える出来事だった。










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