第21話
相変わらず上手く働いてくれない俺の頭は、状況を上手く整理できているようでなにも理解できていない。
ただ起こったことに対してわぁ暗いなぁとかあの魔法なんだろうなぁとか、小さな子供みたいな感想を浮かべるだけでティーネをどうするかなんて思い浮かびやしないのだ。
そもそも考えることすらしていないのかもしれないが。
「あ、シリル先輩。お腹すいてますか? これでも一応庶民なので、料理くらいはちゃんとできるんですよ! 近所では料理上手って褒められるくらいなんです」
「いや要らないから……」
「材料も持ってきたんですよ〜! キッチンお借りしますね!」
「……」
有無をいわせない妙な圧のある笑顔を向けられて、元々元気のない俺が反論なんてできるわけもなかったよ。
結局動くことも止めることもできず、数回しか使ったことのない包丁や食器がティーネの手によって操られる様を寝転がりながら眺めた。
家庭的な、と言っても前世のときの家だが、トントンというリズムよく刻まれる食材になぜか母親を思い出す。
親孝行も何もできずに死んでしまったなぁ。……いや何でリーヌの後ろ姿を母親に重ねてるんだ、俺。
思わず首を振り自分の中で否定する。
だって全然似ていないし性別以外の共通点すらない。
まあ当たり前ではあるが。
「先輩。食べれないものとかってありますか? 生の玉ねぎが苦手なのは覚えてるんですけど、それ以外は分からなくて……」
「特にないよ」
逆に何でそこまで覚えているのか問いたいほどだ。
一緒に飯を食べたことなんてほとんどないし、そのときも生の玉ねぎが苦手だと言った覚えはない。
いつかストーカー疑惑について訊ねたいものだ。
そんなことを考えている間に料理が出来上がったようだ。
部屋に漂う良い香りが鼻の奥を刺激する。
さすがは庶民系ヒロイン、料理なんて短時間でちょちょいのちょいらしい。
あんなに嫌がっていた俺でもこんなにいい匂いがすれば食欲が湧いてくる。
すでにお腹がすいてきて受け入れる体制が整った俺は、ここで使ったことのない、しかし念のため置いてあるナイフやフォーク、スプーンを机に用意した。
何を作っているのか分からないため、とりあえず全部出しておけばいいだろうと思ったのだ。
体調は悪いままだが、だるいくらいでそこまででもないので大丈夫だろうと見当をつけて食べる準備を始める。
ガチャガチャと食器が当たる音。
何かを混ぜる、なんとも言い表せない独特な音。
久しく自分の部屋で聞いた料理の音に、気分が上がっていくのを感じる。
案外俺は、前世に未練があるのかもしれない。
「できましたよ〜! よくお母さんが作ってくれたんです。子供の頃から大好きで、お誕生日の時なんかはいつもこれを作ってもらっていたんですよ。いつか先輩も私の家に来て、お母さんのも食べてみてくださいね。家はボロボロですけど、それはそれで趣があると言うか。……あっ、嫌なら嫌って言ってくださいね! すみません、私ばっかりこんなにしゃべっちゃって」
「いや、大丈夫。それにこんなに短時間で疲れるなんてすごいな。すごく美味しそうだし、早速頂くよ」
「はいっ、どうぞ召し上がれ!」
お粥……ではないが、それに似たような具材の入ったスープ。
さすがにおかしなものを入れるはずはないだろうと、一応ちらりと表情を確認する。だがそれで分かれば苦労はしない。
大丈夫だろうと検討をつけ一口スプーンで口に運べば、柔らかな香りが鼻腔をくすぐり、野菜の優しい甘みが食欲をそそる。
横で俺を眺めるティーネは、一言も発さずに食べ進める姿を凝視したままにこにことしていた。
体調不良の俺でも簡単に完食できてしまったそれは、庶民の間では親がよく作ってくれる家庭の味として浸透しているのだとか。
そんなうちに、決して少なくはない透明なスープは全て俺の胃の中に収まっていた。
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