第19話

「……っ!」


 どどどどうしよう!?


 俺の考えがあっていれば、外から聞こえるのはここの隣の隣くらいの部屋に泊まっているチャラい男たちの声。わかりやすく言えば、俺とは正反対の陽キャパリピ軍団。


 普段すれ違ったりたまたま食堂で席が近くなっただけで軽い動悸息切れが止まらないというのに、このままヒロインが部屋の中にいることがバレたらどうなることやら。


 しかも最悪なことに、俺の部屋は寮のエレベーターの役割を果たす魔法陣付近にある。そして陽キャの部屋はそのまた奥。つまり、粉々に粉砕された憐れなドアの横を通り過ぎて行くということだ。


 ……この衝撃的な絵面をスルーしていくのは、一般的な感性を持つ生徒なら無理だろう。

 少なくとも俺なら立ち止まって声をかけてしまうと思う。否、俺でなくともそうすると思う。


 こちらへ向かってくる足音からして、だいたいの人数は三人から五人ほど。

 ときどき忘れそうになるが、ここは王都の王族も通っている由緒ある学園。寮の中もそれなりに広く、貴族は全員に個室が与えられる。


 なので俺のような陰湿なモブとは違い、陽キャ共は毎日のように一人の部屋へ集まり騒ぎ倒しているのだ。


 一応ここにも管理人はいるのだが、面倒くさがりなのか単に仕事を放棄しているのか、管理人らしいことをしているのを見たことがない。

 今だって女子禁制のはずの男子寮に女の子を入れてしまってるのだから、きちんと仕事をしろと学園長に言いつけてやりたい。


 ちなみに管理人は乙女ゲームの世界観にあったとんでもない美形であることを報告しておく。長い銀髪がなんとも麗しゅうございました。


 この状況とは直接は関係ないが、管理人関係でひとつ。

 以前隣室のやつがこっそり女の子を連れ込んだことがあった。そのため、文句を言ってやろうと管理人のところへ行ったのだ。が、腕を枕に無防備な姿ですよすよと眠るその人の顔面の良さと宗教画のような神聖な雰囲気に、あこれダメだとすぐさま諦めて部屋へ帰った思い出がある。


 だが懸念材料として、それだけ顔がいいということは、乙女ゲームの攻略対象者の可能性があるということ。隠しルートまで覚えているとは思っているが、あそこまで美形だと次作や続編が出ている可能性も示唆できる。

 あのゲームは細かいところまできちんと作り込まれて、案外人気が高かったのだ。飯まで忘れて攻略に没頭した俺の姉がいい例である。




 ――さて、毎度恒例の現実逃避も済んだところで。


 ドアは粉砕、中には美少女、部屋の主はただのモブ。


 この状況の打開策を考えなければいけないのに、策は一向に浮かぶ気配もない。


 それに加えて、一旦思考に入ったことでほんの少し落ち着いた頭はまた睡眠を求め始めていて、考えるのですら億劫だった。


 うつらうつら、相変わらず国が傾いても仕方がないと思うほどの美少女が俺の部屋にいる。


 ティーネも声は聞こえているだろう。そして、女子禁制の場所に忍び込んでいるのだから、ティーネもここにいることがバレるのは面倒なはず。


 ……ここはあれだな。ティーネを信じて、意見を聞いてみるとかどうだ。ああ、やっぱり俺天才かもしれないな。


 ぽやぽやした脳内で酔っぱらいのような会話があって、若干舌っ足らずな感じでヒロインに話しかけてみた。


「……ティーネ。お前もバレたくないだろ? なんか考えはあるか?」


 俺の言葉にふわりと笑ったティーネは、なんだそんなことかと言わんばかりの表情で俺の頭を撫でた。……なんで?(震え)


「ふふっ先輩ってば、恥ずかしがり屋さんですね。でも、まぁ……私も、先輩とのお話を皆さんに聞かせたいわけじゃないので」


 そう言って、何故か魔力を使った。

 淡いピンクの光が弾け、反射でつぶった目を恐る恐る開けば、そこにはつい目を見張るような光景が広がっていた。




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