第18話

 顔面の筋肉がぴくぴくと引き攣る。思わず手を着いたベッドはムカつくくらいにふわふわで、今の現状に似合わない純白をしていた。


 ……これ、詰みでは???


 だって、普段廊下やすれ違ったときに会話をしているだけで知らない生徒から殺意を向けられ、ナイフを投げられ、睨みを効かされ、とにかくぼこぼこに集中砲火されているのいうのに、俺の自室にティーネを入れたとなればどうなることか。


 考えただけで身の毛もよだつ体験である。

 扉が無様にも破壊されたため、この部屋の中に侵入してきたヒロインを隠す壁もなにもない。

 こんな状況を神は俺にどうしろというのか。


 扉があったところで俺の部屋にヒロインがいるという異常事態は続く。いや、ヒロインを部屋に連れ込んだと余計叩かれるかもしれないな。


 ……なんだか現実逃避が止まらない。俺はこの状況が本当に起きている事だと簡単に信じたくなかったのだ。

 しかし、現実は常に非情である。俺が何を思っていようと何を考えていようと、この世界の『ヒロイン』は絶対的な正義なのだから。


「お久しぶりですっ、シリル先輩。やっぱり顔色が悪いですね、早く言ってくれれば私が看病したのに……」

「い、いや、大丈夫。すぐによくなるから」

「最近シリル先輩を見かけることが少なくて……会話もあまりできていなかったので、心配になって、会いに来ちゃいました!」


 ……いや、俺の話聞いてる?

 もしかしたら俺の声が聞こえていないのかもしれない、そう思ってしまうほどの華麗なスルーに、段々と涙目になってきた。

 だが、さすがに耐えろ俺。女子に部屋に押し入られて泣くなんて醜態を晒すんじゃあない。


 若干潤んだ瞳を隠すために顔を伏せ、両の手のひらを突き出す。

 抵抗が弱いと言われようと、俺なりの今できる最大の意思表示がこれなのだから仕方がないだろう。


「ごめん、今少しだけ気分が優れなくて。もしもティーネに移ったりなんかしたら大変だし辛いだろうから、それ以上はこないでほしいっていうか、部屋の外に出てほしいっていうか……」

「やっぱりっ! 先輩、すごく汗かいてますよ。本当に今にも倒れちゃいそうなので、掃除やご飯は任せてください!」

「いやいやいやいや?」


 はい確定、ヒロインは俺の言葉を理解することはできない。だっておかしい。もう色々と。


 なんでもいいから早く部屋から出てほしいし、扉も直したいし、このままだと本当に体調不良になりそうだ。原因は主にストレスで。


 白い手を伸ばしてくるヒロイン。ああ、もうダメだと天井の染みを眺め諦めかけたそのとき。

 太陽の光が漏れる部屋の外から、男子生徒の声が聞こえてきた。


 ……待ってくれ、ほんとに俺詰んでない??

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