第17話

 力強く扉を叩く嫌な音が頭に響く。


 今は前回のように転移魔法で逃げることはできないというのに、いきなりやってきたノックの主。


 ……どうせ、ヒロイン過激派の男子生徒だろう。ティーネと会話をするようになってから、このように部屋へ突撃してくるやつは一定数存在するのだ。


 今回もそうだろうと当たりをつけて俺は留守を決め込む。こういうのは反応してはいけない。下手に怯えたり怖がったりするとすぐ調子にのるから。


 ドンドンドン!


 やまないノック……というよりかは、扉を殴っているという表現の方が正しい気がする。段々と強くなっていくそれは、扉を壊そうとしているのかと思ってしまうほどに強く扉を叩いているようだ。


 延々と続く騒がしいその音に、少し目が覚めてしまった。仕方なくベッドの上で一人ごろごろしていると、俺へ話しかける声が外から聞こえた。




「せんぱいっ、大丈夫ですか? 体調でも悪いんですか? ……シリル先輩っ!」


 ――鈴のなるような、軽やかであまったらしい女の子の声。聞き間違えるはずもない、ある有名声優さんの声帯を持ったヒロインの登場である。


「……なぜ???」


 色々とおかしい。まずヒロインがただのモブの自室まで足を運ぶこと自体がもはやゲームのバグ。毎回俺の何がいいのか圧をかけて問いただしたい気持ちでいっぱいだ。


 二つ目、俺が今いるのは学園にあるセキュリティ万全の安心安全な学生寮である。貞操の危機を守るために、もちろん女子寮男子寮に別れている。

 そしてここは俺の自室。ということは、つまりここは男子寮の中。


 ……what?

 どういうことだ。なんで女子禁制の男子寮にヒロインがいるんだ。それも、ティーネ以外の声が外から一切聞こえない。

 普通ならたまたますれちがった男どもや野次馬に囲まれてちやほやされるはずなのに、どうして。


 混乱する頭にはもう眠気なんてものはなくなっていて、ただこの現状を理解しようとグルグルと一生懸命に働いていた。


 だが、そんな時間を与えてくれるほどヒロインは優しくない。

 主人公はときに優しくときに厳しく……ときに常人ではありえない行動で攻略対象者を落としていくのだ。



「シリル先輩……そこにいるんですよね。私、分かります。だって先輩だもの……でも、なんで無視するのか、私分からないんです。だから」



 ドン! ドンッ!!



「……ちゃんと教えてください。私に、直接」



 バキ、バキッ、バキ!



「ねぇ、先輩」



 バキッ!…… バァン!!



 薄暗い部屋に差し込む人工的な光。逆光になっているティーネの顔は、きっと笑顔を浮かべているのだろう。

 足を振り上げた体勢で扉をぶち破ったティーネはゆっくりと足を下ろし、何事もなかったかのようにスカートを叩いてホコリを落としている。


 ベッドの上には、若干青ざめ顔を思いっきり引き攣らせたモブ(俺)。

 入口には、哀れなほどボロボロになった扉を踏みつけて微笑んでいるであろうヒロイン。


 ゲームの中では絶対に有り得るはずもないこの異様な空間に、ただのモブがどう対応しろと……?



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