第13話

「その噂を流してるのが――マノン様らしいのよ」

「……はぁ!?」


 あまりの驚きに音をたてて立ち上がる。出した声は案外大きく人の減ってきた教室に響いたが、そんなことも気にならなかった。


 ……マノンが? あのマノンが? 人間観察が趣味の、無駄な嘘はつかない王女サマが本当にそんなことをするのか?


 あいつは決して馬鹿じゃない。護衛を撒いて散歩をしたり城から脱走したり、経歴はそれなりだがきちんと考えて行動ができる人間だ。


 それなのに、よく見なくともわかるような力の差をわざわざ噂として流すなんておかしい。

 何かあったのか、ティーネが上だと思われた方が都合がいいのか。なにか考えがあっての行動だとは分かるものの、それがなにかは分からない。


 中庭の件といいミラの件といい、マノンは昔馴染みのはずなのに今更不思議な点が増えてきた。今までまともに関わってこなかったからかも分からないのだから、つくづく自分は他人に興味がなかったのだと再確認する。


「ちょっと、うるさいわ」

「急にどうした。……熱でもあんのか?」

「いや、大丈夫。……なんでマノンがそんなことをしているんだろうな、と思っただけだ」


 冷たい眼差しを向けてくるミラに対し、心配そうな視線と言葉をくれたディーノは優しい。身体がデカくて言葉遣いが少し荒くて、怖そうに見えるが本当は虫に女子くらいびびっているのだ。女子力はきっとミラより高い。


 首を傾げてうーん、と悩む二人。二人もまたマノンが噂を流した、という噂を聞いただけらしい。


「……確かに、私も最初『マノン様がそんなことに気が付かないわけない』と思ったわ」

「俺もだなぁ。だってあいつ人のことよく見てるから、ミラの方が上だなんてすぐ分かるはずなのに」


 マノンは王族ということもあり成績はトップレベル。地頭がいいので、それなりに勉強をすれば点は簡単に取れるだろう。


 だからこそ、そんなマノンが俺たちでもわかるようやことを見逃すなんてありえない。


 一体何を考えているのか。頭のいい馬鹿の脳内は、きっとぐちゃぐちゃに絡まった細い糸のように複雑になっていることだろう。それを解くのは大変だしめんどくさい。


「たしか実技も点高かったし、先生からも褒められてたし……もうわざととしか考えられないわね」

「そうなってくると、なんでそんな噂流したんだろうな」

「そこが分からないんだよなぁ……」


 コーネリア関連だろうかとアタリをつけてみるものの、やはり思いつかない。


「……でもまぁ、別に誰がどう思おうと私には関係ないから。マノン様もマノン様なりの考えがあるんでしょうし、私たちがなんとかする必要はないわね。それに、私があんなやつに負けるなんてあるわけがないしさ」

「さっぱりしてんな」

「ミラってば男前」

「黙って?」


 結局、マノンがミラよりティーネのほうが優秀だという噂を流したことしか分からずに、この話題は終わってしまった。


 その後、俺はできる限り人に会わないようなルートを通り、人通りのない場所まできたら転移しようと廊下を歩いていた。


 ふと、そばにある窓から見える、小さな紫の花が目に飛び込んできた。儚くも美しい、風に揺れてふわふわと花弁を動かすその花が、なぜかとても印象に残るような感覚があった。


 つい窓に近づき足を止める。そして、ここに既視感があることに気がついた。


「ここ、どこかで見たことあるような……」


 紫の花。緑の草木。窓のすぐ近く。人通りのない廊下。


 うんうん頭を捻って考えれば、すぐに答えは浮かんできた。


「……ここ……中庭に続く、入り口だ」






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