第11話
「……コーネリアを、取り戻す?」
「そう。シリルだって気がついているでしょう? あの子はコーネリアじゃない、コーネリアの中にいる『だれか』よ」
「それは分かる、分かるけどさ。……そんなの実際は現実的じゃないだろ。他人の身体に入り込むなんてそれこそ禁呪レベルの魔法だ。しかもなんで今更、」
「今だからこそよ。そんな魔法を何年もかけられて、本当のコーネリアは一体どこにいるの? 無事だって保証は?
……もうあの頃とは違うのよ。私たちは子供じゃない」
真剣な瞳で真っ直ぐに見つめられる。マノンも俺も、コーネリアがおかしいことなんて気がついていた。
親友だった。幼なじみだった。大切な婚約者だった。気が付かないわけがない。
コーネリアの両親は、今でも知らないようだが。
あいつが今どこにいるかなんて分からない。
身体が乗っ取られた状態で消えてしまわないか心配で仕方ない。
それでもこれまで行動してこなかったのは、俺たちが弱いからだ。
俺には力がない。魔法の才能なんてないし、勉強だって読書が趣味なだけでそこまででもない。
前世よりは要領もよく顔もいいが、攻略対象者をみるとそんなの誤差の範囲。少し変わったくらいで喜んでいい世界ではないのだ。
でも……だからといって諦めたくなんてない。
それは俺もマノンも同じことだ。
禁呪をかけられたかもしれないなんて大人に相談すれば、何かしら進展はあったかもしれない。だが変に刺激を与えれば本当のコーネリアに害を加えられる可能性もあった。
だから、近くにいても何も気が付かない大人たちは頼らず二人の暗黙の了解として扱ってきたのだ。
「そんなに言うなんてなにか計画があるのか?」
「いいえ、そんなのないわ」
「……はぁ」
きっぱりと言い切ったマノンに、ついため息が漏れる。
ああそうだ、こいつはコーネリアの隣にいたからまともに見えていただけで、根はちゃらんぽらんな王女さまだった。
邪魔だからと護衛をまいて優雅に紅茶を飲んだりするはた迷惑な馬鹿だった、なぜ忘れていたんだ俺。
「おい、じゃあなんで言ったんだよ……」
「あら? シリルは一緒に考えてくれないの? 私一人で作戦を立てるなんて、失敗する自信しかないのだけれど」
「俺が手伝う前提だったのな。そんな自信はいらない」
「当たり前じゃない、だってコーネリアのことを知ってるのはあなたと私だけなのよ……多分だけれど、ね」
「……なんだよその言い方、他にも誰がいるのか?」
「可能性としてはだけど」
「……詳しく教えてくれ」
含みのある言い方に不安を覚え問いかける。
「ついこの前なのだけれど、コーネリアの中の人物……ニセモノさんが視線を感じるって相談してきたの。
ほら、私たちっていつも一緒にいたじゃない? あれはコーネリアがいつ帰ってきてもいいように見張っていたのもあるけれど、同時に少しでもヒントがないか探ってもいたの。
話によると、授業中や食事中、四六時中同じような視線がベッタリ張り付いているみたいな気持ち悪い感じがするらしいわ。
私も一応王族の一員だから、色々あって命を狙われることも少なくないの。だから人の視線には敏感なはずなのだけれど、私は全くその視線を感じたことはない。
つまり、その人物はコーネリアだけを執拗に観察しているの。なぜかはまだ分かっていないけれど、怪しいことに変わりはないわ」
王族のマノンではなく、ただの令嬢であるコーネリアにだけ向く視線。
ただ単に好意をもって観察しているとしても気持ち悪いし、もしもコーネリアの中身が違うと気がついている人なら、どこで知ったのか、だれから聞いたのか、それだけで大きな情報となる。
それに、昔から深く関わってこないと分からないくらい上手く擬態したニセモノは、学園に入る前からコーネリアではない。学園でコーネリアに出会った人は以前を知らないため、違和感なんてあるはずがないのだ。
「なるほど……その人物とやらを特定できれば、コーネリアを見つける手がかりになりそうだな」
「ええ、それは私が探っておくわ。……あとひとつ聞きたいのだけれど、シリルはコーネリアと正式に婚約破棄をしたの?」
「いや、正式にはまだだな」
「……そう」
いきなり何を聞いてきたかと思えば、婚約破棄についてだった。
真実の愛とやらを見つけたらしいニセモノは随分面食いらしい。あのときあいつの隣にいたのは、そりゃあもうキラッキラな美男子。俺は好みではなかったらしいから、普通に婚約破棄を受け入れた。
コーネリアは好きだ。本物のコーネリアは昔からかわいくてふわふわして、それでいて少し大人っぽかった。
きっと初恋はコーネリアなんだろうなぁ、と思い浮かべて、それ以外に好きになった女の子なんていないと思い出す。
そもそも俺は正式に婚約破棄なんてする気はない。ニセモノとの婚約破棄は喜んで受け入れるが、本物のコーネリアの言葉もなくそんなことをするのは俺の意思に背くから。
それに、俺はコーネリアと約束をした。それを勝手に破るなんてあってはならない。
まぁ、たとえマノンだとしてもこれは言えないが。
「…あのね、」
「「マノン様ーー!!!!!」」
「「……」」
反響して大きく響く声。叫び声のような、俺がやったら喉がかれそうなくらいの大声は、目の前のマノンを呼んでいる。
ここまでくると護衛が可哀想になってきた。早くこいつを返してやらないと、物理的に護衛の首が飛びそうだ。
「……じゃあ、俺は転移で帰るよ。視線の正体はマノンに任せた」
「ええ。転移は一応バレないようにしなさい、こっぴどく怒られるわ」
「おっとぉそれは経験談です?」
「……違うわ」
「うそつけ〜〜」
軽口を叩き合いながら歩き出すマノンにヒラヒラと手を振る。
そういえば、今までこんなふうにマノンと話したことなんてなかったな。
もう一体一で面と向かって話し合うなんてないと思っていた。昔は三人で仲が良かったのを覚えているが、今となっては過去の出来事のようでほんの少しの寂しさが込み上げる。
――ここにコーネリアがいれば。
どれだけ騒がしいくてうるさくて馬鹿らしくて、……楽しくて幸せで全力で笑えたのだろうか。
ぽつんと一人佇んで、先程より心做しか強くなった風を全身に受け止める。
コーネリアのいない夏が終わる。涼しい秋が訪れて、氷の張る冬がすぐにやってくる。制服も冬用に変わって暖かい格好をする人が増えるだろう。
今日はまだ寒くないはずなのに、悪寒がするように身体が凍えて仕方なかった。
なぜだろうと首を傾げれば、マノンが通り抜けていった細い通路が目に入った。普通ならこんなところ誰も気が付かないが、マノンだからと漠然とした理由をつけていた。
俺は乙女ゲームの知識として頭に入っていた。中途半端に入れられたRPG要素によって、歩き回ったりしてアイテムを手に入れるという機能があったのだ。攻略サイトを見ずに頑張っていた姉でさえ見つけられず、こんなん誰が気づくんだよとコントローラーを投げるほどの秘蔵ルートを通らなければここへは来れない。
転移魔法を指定した場所にピッタリに展開できるなら話は別だが、そもそもここに空間があると認知している人はどれだけいるのだろうか。
マノンはどうやってここに気づいたのだろうか。
……マノンは、どうして俺がここへ転移する時間にここに居たのだろうか。
考え出せば違和感は少しずつあった。なぜ、なぜ、なぜ、と今疑ってもいいことなんてひとつもないのに、いくらでも湧いてくるのだから困る。
薄暗いもやもやとした感情を胸に閉じ込めながら、俺は冷えた手を地面に翳し部屋へ戻った。
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