第9話
―
「コーネリアー!! どこにいるんだ!!」
さぁさぁと揺れる木々、鳥のさえずりさえも煩わしい。
魔法で森にきた俺は、とにかく走り回りながらコーネリアを探していた。コーネリアの屋敷と森は距離が近いため、さほどの疲労もなく大声で叫ぶことが出来る。
あいつはすぐ迷子になるしすぐ転ぶしすぐ騙されるのだ。よく言えば素直だが悪く言えば単純な馬鹿。きっと、というか必ず迷子になっているだろう。
あの時感じた頭の痛み。今ではすっかり収まったあれは、一体なんだったのだろうか。考えても無駄なことばかりが浮かんでくる。
しかし、根拠のない嫌な予感があったのだ。第六感とでもいうのだろうか、悪寒がしてたまらなかった。頭痛は収まっても寒いような感覚はまだ続いている。
早くコーネリアを見つけなければと焦る気持ちを抑え、また走り出す。
――リン
突然聞こえたその音は、澄んだ空気に浸透していく。
背後から響くその音に勢いよく振り向けば、青々しい新緑にぽつんと落とされたピンク色が見えた。
さっきまで歩いていた道だ。自然の緑色と茶色が広がる視界の中に、あんなものはなかったはず。
危険かもしれないなんて考えることもせず、いつの間にか足を踏み出していた。
「っ、コーネリア!!!」
緑に広がる長い紫紺の髪。閉じた瞳。だらんと投げ出された腕。
そこにはピンク色の花がついた木の枝を胸の前で握ったコーネリアが地面に倒れていた。
声をかけて身体を揺すれば、長いまつ毛を震わせながらうさぎのような瞳が俺を写す。ふにゃ、と一瞬表情を崩して、はっと我に返ったようにガバリと身体を起こした。
「シリル……? どうしてここに、」
「心配したんだぞ! 大丈夫か、怪我はないか? なにか変なことはなかったか?」
なにやら硬い顔で問いかけてくるが、そんなこと気にしていられない。見た感じ怪我はないようだが、見えないだけでどこか転んで擦りむいているかもしれない。
食い気味でそう言えば、コーネリアはん? と首を傾げた。
「……別に、大丈夫」
「はぁ、良かったぁ……さっき、急に頭が割れそうなくらい痛くなってさ。なんでか分からないけどコーネリアが心配になって飛んできたんだ。というか、仮にも令嬢が一人で森に行くなよ」
「う、ん……頭痛いの、今は平気?」
「もうなんともない。あの時だけ急にだよ。すぐ収まったけど、コーネリアが森に行ったって聞いて絶対迷子になってると思って来てみたんだ。案の定じゃないか」
「……うん」
俺の顔を一度も見ることなく、俯いたままはなすコーネリア。
うーん……怪我はないようだが、なんとなく返事が上の空というか、元気がない。頭でも打ったのだろうか。
じゃあ帰ろう。そう手を差し伸べれば目を見開いてあ、という声を洩らした。
「……コーネリア、今日なんか変だよ。多分疲れてるんだ。早く帰ろう」
「っ、……」
ピンクの花は気になったがとりあえずコーネリアの方が心配で、膝の上にあった手を握って歩き出す。
だが、コーネリアが急に立ち止まった。
どうしたのかと口を開こうとしたそのとき。
「――シリル、大好き。ずっとずーっと大好きだから、いい子だから、とっても頑張るから、……私のこと、忘れないでね」
笑っていた。苦しそうな、でも嬉しそうな、自分自身でも分かっていないような顔で、それでも笑っていた。
音のない世界に泣きそうな声だけが木霊していて……俺は、なんて返したのだろうか。
その日。
晴れの澄んだ空気が心地よいような、過ごしやすい日。
コーネリアは、コーネリアでなくなった。
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