第7話
―
「ここ、どこ?」
父様や母様には内緒で、こっそりと森の中へ入った。
屋敷のすぐ近くにあるこの森はたくさん木が生えてキノコもいっぱい。つい気持ちよくてどんどん歩いていったら、知らない場所まで来てしまったみたいだ。
辺りをきょろきょろ見渡しても変わらない風景。青い空は十分に育った木々に遮られ、まるで森に飲み込まれているよう。ガサガサと時折動く草むらや木の葉にいちいち反応してしまう。
……もしかしたら、かえれないのかも。
そう考えるとだんだん怖さが増してきて、でもここへきた目的を思い出してまた顔をサッと青くする。
「シリルのお誕生日に、あげようと思ったのに……」
私が一人でこの森に来たのは、婚約者のシリルへプレゼントしたいものがあったから。
普通の街には生えることのない珍しいものを探してここまでやってきたけれど、本なんてまだ読めないし難しいことは分からないから、図鑑の絵だけを見てきた。
前に雨が降った日、することがなくて図鑑を見ていたら急に「これ、……キレイだね」って驚いたみたいに言っていたから。
誕生日にそれを渡せばきっと喜んでくれる、そう思ったの。少しだけでも持ち帰れば、「ありがとう」って頭を撫でてくれるかなって。
私はシリルを喜ばせたかった。それだけだった、のに。
「わぁっ……!!」
止まっていても仕方ないから、と適当な方に歩いてみる。いい感じの棒があったからそれを杖にして、パタンと倒す。そうして先っぽが向いた方へ歩いていった先に、それはあった。
遠目からでもよく分かる鮮やかな色彩。見た瞬間に判断できる珍しいそれ目がけて、期待を胸に走る。もう自分が迷子なんてすっかり忘れていた。
一度だけ転びながらも慣れたように立ち上がって、ようやくたどり着く。
大きくて、かわいくて、かっこいい。
つい詠嘆の声が漏れた。
あの時初めて見たこの木は、もともとここでは無い違う国から持ってこられた木らしい。
「綺麗なやつを、ちょっとだけ……どれがいいかなぁ」
木登りは得意だけど、この木はなんだか登っちゃいけないような不思議な感じがした。
だから折れて地面に落ちたやつを拾おうとしゃがみこみ手を伸ばした、その時。
リン、と鈴のような音がした。
「あなた、その木のこと知ってるの?」
ぱっと振り向けば数歩先の位置に女の人が立っていた。
見たことの無い服を着た、つやつやな黒髪の人。
さっきまで誰もいなかったはずのそこにいきなり現れた人に驚いて、声も出なかった。
はくはくと口を動かすも「え、あ」と言葉が出てこない。
いきなりこの場が神聖な場所になったような感覚がした。この人がきてから、違う場所に来たみたいだった。なんだろう、この人は。
「っ、あ、の! ……あなたはだれ、ですか?」
「私は誰でもないわ。ただの有象無象の一人……私の質問に答えて?」
「えと、木は、しってます。……これ、もってかえったらダメ、ですか?」
「……やっぱり、知ってるのね。やっぱりそうだと思ったわ。でもこの知識は持ってない。いや、記憶がないだけ……? でもこの先危険性があるなら、」
「あの……」
「……ああ、ごめんなさい。どうせなら綺麗なのがいいでしょう? 私が取ってあげる」
ふわりと風が吹いて、つい目をつぶると手のひらに硬い感触。
そっと手をひらくと茶色の枝にピンクの花びら……『さくら』がちょこんと収まっていた。
「きれい! お姉さんありがとうっ!」
「いいえ……じゃあ、私のお願いをひとつ聞いてくれる?」
「うん、いいよ!」
「ありがとう。少しこっちにきて」
「?わかった!」
「そう、そこで目をつぶって。私が頭にちょっと触るけど、大丈夫だから安心して待ってね」
「うん!」
「……いい子」
ぽすん。頭に軽い重みがのっかる。
同時に、頭が内側から割れそうな痛みが走る。
痛い、痛い!!
身体が動かない。目が開かない。
――閉じた瞼の裏側に、なにか映像が写り始めた。
どこか暗い場所に、一つだけある白のあかり。それがなんだかは分からないけれど、中に誰かいるみたい。
薄紫の髪、赤い瞳、今より成長したけど色は全く変わらない、……『私』が、そこにいた。
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