第6話


 ―

 ―――



「シリルっ!」

「なぁに……って、うわぁ!!」


 べしゃ、と音を立てて顔から地面へ突っ込んだ少女。汚れ一つなかった動きずらそうなワンピースをしわしわで砂に汚しているのは、古き日のコーネリアである。


 コーネリアは昔からよく転ぶ。運動が得意な訳でもないのに、ヒールやドレスなど機能性の悪い格好でも俺を見つけると声をあげて走ってきたものだ。転ぶのに。


 何度もそれを繰り返して、周りの人に心配されて、痛いと泣きながら抱きついてくる。


 お腹の辺りにしがみつくコーネリアの頭を撫でながら大丈夫? なんてきくと変な呻き声をあげるのは未だに何故かは分からないものだ。


 もう、昔のことだけれど。




 ……よく覚えている。

 晴れの澄んだ空気が心地よいような、過ごしやすい日だった。


 もうすぐ自分の誕生日を迎えるというその日、ソワソワしながらも喜びが抑えきれなかった俺はコーネリアに会おうと魔法を展開させた。


 その時は既に婚約者で、お互いの家に行ってご子息ご令嬢とは思えないほど泥だらけになるまで遊び尽くすのがお決まりだった。

 マノンと初対面したのもちょうどそれくらいの時期で、王女さまという立派な肩書きに素直な気持ちで「かっこいい!!!」と言ったのは黒歴史である。何年経っても未だにいじってくるのは本当に性格が悪いと思う。


 アポも取らず従者も連れず、単独でコーネリアの屋敷にやってくるのももう慣れたもので、顔なじみの庭師に元気よく挨拶をした後、庭からコーネリアの部屋がある二階のバルコニーへ叫んだ。


 だが、いつものようにひょこりと顔をだして「すぐ行く!」と駆け足でやってくるコーネリアを予想していたのに、いつまで経っても反応はない。


 不思議に思って薔薇が似合うイケメン庭師に聞いたものの、今日は特に馬車で遠出などはしていないという。


「コーネリア、どこ行っちゃったんだろう……」

「……あ、確か今日は森に行くってコーネリア様が言っていたような……」

「へ、森? なんで森に?」

「シリル様のお誕生日になにかプレゼントしたいから森で探してくるって。あ、ちゃんと髪の毛は縛ってましたよ」

「さすがコーネリアっ……なんで森で探そうと思ったんだよ、あのお馬鹿……あと髪の毛の情報あんまりいらないよね庭師さん……」


 森へ誕生日プレゼントを探しに行く令嬢がどこにいるだろうか。少なくとも俺はコーネリア以外に見たことはない。


 いくら外で遊ぶのが好きだからといって、虫なんて渡されたらどう返せばいいのか分からないので切実にやめてほしいが、それはそうとして『ちょうどいい感じの木の枝』とか貰っても困る。


 実際に「みて!でっかいミミズ!」とニコニコスマイルで見せびらかしてきた時は、ああこいつどうしよう……と思った。

 将来が心配になるほどの馬鹿っぷりであった。


 でもコーネリアが、自分の婚約者が誕生日のプレゼントを考えて行動してくれたことについ顔がニヤけた。


 ……本当はコーネリアに会いにきたけど、今回はもう帰ろう。


 そう魔法を展開させようとして、不意にずきりと頭が痛んだ。蹲ってしまうほどの急な頭痛に困惑する。庭師さんがかけてくれる声も耳に入らない。


 頭が痛い、ズキズキする……揺れる視界の中、根拠のない、言いようのない激しい不安が身体を走った。


 痛みよりも怖さが勝って、家族に何かあったのか、この国に何かあったのか、……コーネリアに何かあったのかと思考が止まらない。


 さぁぁと血の気が引いていく。


 何かは分からない。なぜかも分からない。


 でも、どうしようもなく震えが止まらなかった。


 不安で不安でたまらなくなった俺は、庭師さんの静止を無視して、コーネリアが向かったという森へ転移した。



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