第3話

 眩い光を放ち輝く太陽。

 じりじりと地面を焦がすその光が降り注ぐ中庭の隅、俺は息を乱して一人で蹲っていた。



 ここに至るまでの経緯はこう。


 図書館ナイフ事件(仮)の後、ヒロインとすぐさま別れ自室へ帰った。

 一人しかいない安全な空間にやっと帰還して身体の力を抜いた瞬間、ドアの向こうでなにやら会話が聞こえてきた。

 この学園は金持ちが集まるだけあってセキュリティや防音は徹底して行っているが、部屋の真ん前で話されれば聞き取れるくらいの声量で部屋に響き渡る。

 聞き耳を立てたくなるのは仕方のないことだろう。

 そう、音を立てないようゆっくり扉へ向かっていった。

 聞こえてきたのは二人の男の声。


「……なぁ、知ってるか? 殿下は今年の卒業パーティーで婚約破棄をしてティーネさんに婚約を申し込む予定らしいぞ」


「うーん、殿下以外にもティーネさんに正式に婚約を申し込む、というやつはいるが……返事も貰っていないのに婚約破棄までするなんて、余程自信があるんだな……」


「ああ、違う違う。最近ティーネさんに想い人ができたとか焦ってるんだよ。どんなにアタックしても顔色ひとつ変えないと噂のティーネさんが、少し近づいただけでリンゴのように真っ赤になる人がいるとか。……所詮は噂だけどな」


「そんな人が? ……なんか、羨ましいなぁ。学園のマドンナに好かれるなんて夢みたいじゃないか。俺もそんな人生送ってみたかった……」


「おい、冗談でも言うなよ。……俺はそいつが不憫で仕方ないよ。殿下だけじゃない、他のこの国の上の方々がみんなティーネさんを狙っている。それも異常なほどに。……自分の目的のためならなんだってする、そんなふうに見えて怖いんだよ」


「……おいおい、やめろよ。その言い分だと、まるでそいつが、」


 ここまで聞いて、耳を塞いだ。



 ……分かってはいた。

 このままでは、事故だとか適当な理由を付けられ、俺は死んでしまう。殺されてしまう。


 俺なんかの権力では遠く及ばないような、雲の上の高貴な方に命を狙われているなんて、自分で理解するのと他の人に言われるのでは精神的なダメージが段違いだった。


 これまで抑えてきた恐怖が一気に吹き出し、ベットへと向かう足取りがおぼつかない。


 どうしよう、どうしよう、……俺はどうすればいきていられる?


 いつになく思考が止まらない。


 嫌な汗が背中に張り付いて、布の感触が気持ち悪い。


 心臓辺りをギュッと握り、心を落ち着けようと深呼吸をしようとした。



 コン、コン、コン。



 息が一瞬止まった。


 大きく吸った息が行き場をなくし、つい大きくむせてしまった。


 ……タイミングが悪すぎるだろ。


 悪態をつきながらも、誰とも分からない相手に対する俺の恐怖心は段々と大きくなっていく。


 コンコンコン。


 苛立ったように間隔を短くしてもう一度。


 さっきよりも強い力で叩かれたドアが壊れないか心配していないと叫び出しそうだった。


 このままだと学園内で使用を禁止されている攻撃魔法まで使ってきそうな外の相手。


 誰がいるのかはだいたい予想出来ているが、絶対にドアをだ開けることはしたくない。


 ならば、俺はどうするべきか。


 ――こんなの一択、逃げるしかないよなぁ!


 というわけで得意の転移魔法を使い、そうそう人の訪れない中庭の奥へやってきたのだ。


 転移魔法はとっても燃費が悪い。

 そのため、得意な人であっても少し転移すれば魔力消費の激しさに頭痛目眩息切れ耳鳴り、様々な症状が現れる。


 数十分で落ち着くだろうと隅まで移動して、草陰に隠れる。

 不審者のようだが許してくれ。


 治まった後はそこらへんをブラブラして、数時間したら部屋へ帰ろう。


 荒い息を吐き出しながら計画を立てていると、不意に頭の上に影がかかる。


「ねぇ……」


 俯いたままの俺の耳に届いたのは、とても聞き馴染みのある、でも今は聞きたくない人物の声だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る