第2話

 この世界には魔法という概念が存在する。


 様々な属性があるなか光の魔力を持つものはとても少なく、見つかり次第王都の魔法学園に通うことが定められている。


 シーダルシ王都魔法学園はそのほとんどが貴族で構成された学園だ。

 だが特例として、光の魔力があれば特待生として入学することができる。


 それが――


「前回のテスト、魔法元素記号が全部書けなくて酷い点数だったんですよ……シリル様?」


「……ああ、一年の先生は意地悪な問題ばかり出すからな」


 なぜか向かいあって座っているヒロイン。彼女のことである。


 攻略対象者からの熱烈なお誘いを全て断り、通りがかった俺を勉強に誘うという謎の行為をしでかしたティーネ。


 その時の俺の顔はこれ以上ないほど引きつっていたし、


「あ、ウン」


 みたいなカタコトの蚊がなくような声の返事しかできなかった。にも関わらずティーネは


「ありがとうございます! シリル様とお勉強できるなんて、私……!!」


 なんて感極まったように俺を見つめてくるのだから、悪い気はしないが背後が恐ろしすぎて早急に自室へ帰りたかった。


 まぁ断ったらどうなる事やら、そっちの方が想像するだけで身の毛もよだつ体験になると思うので、冷や汗をダラダラ流しながら肯定の意を返したのだ。


 静まり返った図書館で、古ぼけた 分厚い魔法書をゆっくりめくる。


 年季のある机と椅子に腰掛けた俺は、さっきからしつこいほど話しかけてくるヒロインにうんざりしていた。


 いや……ね。かわいいよ、そりゃあ。だって一つのゲームのヒロインになれて、一国の重役を虜にするんだからリアル傾国の美女じゃん。


 そんな美女に好かれているのを嫌がる男なんていないだろう。

 俺も別に嫌がっているわけではない。むしろ嬉しい。


 だけどさ、俺はコーネリアが真実の愛に憧れ始めた時期から自分が結婚することを諦めたんだ。


 真実の愛なんてクソくらえ。そんなもんに縛られるくらいなら一生独身貫いて養子でもとって、幸せな老後を過ごしてやるって。


 ……それにここは一つのゲームの世界。


 いろんなイケメンキラキラ男を侍らせて、結局はそこら辺の鈍臭いモブと結ばれます……なんてあってはならないのだ。


 だからできるだけ素っ気ない態度を心がけ、話しかけられても反応は最低限、今なんて本から顔も上げない人としてどうかと思うような対応をしている、のだが……。


「やっぱり! 魔法学のイカつい先生……名前は忘れちゃったけど、居眠りしてるとすぐ頭叩いてくるんです。だからテストも意地悪なんだ……」


「グランデタリー先生な」


 天然なのか計算なのか、ぽやぽやとした言動でふわりと笑いかけてくる。


 ついつっこんでしまったが、名前くらいは覚えてやれよ、担任だろと少しグランデタリー先生が可哀想になってしまった。


 えへへ、グランデタリー先生っていうんですね〜。と、何が楽しいのか終始ぽやぽやしているヒロイン。


 呆れたようにため息をつけば、軽く目を開いて赤面した。

 うん、かわいい。



 すると視界の端にキラリと光るものが見えた。


 咄嗟に本を盾にすれば、ドスッと重い音。


「……ッチ」


 おい誰だよ今舌打ちしたの。ちゃんと聞こえてるからな。


 ヒロインは何があったのか分からないといった様子で首を傾げているが、分厚い魔法書には深々と小ぶりなナイフが刺さっていた。


 ひくりと顔が歪む。ああ、これだからヒロインは嫌なんだ。



 ……そう、さっきのは完全に建前。


 本音としては、ヒロインに激惚れ権力マシマシの攻略対象者様たちに闇討ちされたくないからっていう保身に走った考えをしているから、ヒロインを避けている。


 実行はできていないが、このままだと俺は学園を卒業する前に死ぬんじゃないかと踏んでいる。



 楽しい楽しい乙女ゲームのはずなのに、攻略対象者が全員ヤンデレになっているのは俺のせいだろうか?


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