攻略対象外のただのモブなのにヒロインから死ぬほど好かれている
葉羽
第1話
「私、真実の愛を見つけたの」
婚約者がはにかみながら、俺にそう言った。
隣で背の高い金髪碧眼の超美形男が婚約者の腰を抱くようにして手を回す。
幸せそうに微笑み、名前を呼び合うその二人。片や目の前の男の婚約者、片や名前も知らないよく分からない男だ。
俺は一体どう対応すればいいのか分からず、困惑しながらこう言った。
「あ、婚約破棄は俺がしておくから」
一応おめでたい報告なのでと笑みを浮かべ、二人の顔も見ずに背中を向け立ち去った。後ろからなにやら声が聞こえたが、それには知らんぷりをして。
……シリル▪ ガーディリオ15歳の転生者。婚約者に振られたがそこまでの衝撃はなかった。
真実の愛が蔓延る学園内。いつこんなことが起きてもおかしくない世の中、自分一人だけ嘆いても逆に虚しいだけというのが一つ。
しかし、それ以上に大きな要因がある。婚約破棄されようと、あ、そっかぁ、と受け流せる原因がある。それは……
「ティーネ、今日は私とお茶会をしてくれないか? 隣国からいい紅茶が届いたんだ。君もきっと気に入る」
「駄目です、ティーネは私と約束があるので引っ込んでいてください」
「ティーネ!! 今から走り込みをするんだが、一緒に来ないか?」
「ティーネ!」
「ティーネ様!」
「「ティーネ!!!」」
「みなさま、お誘いありがとうございます。でも私、今日は少し調べものがあって。また今度お願いしてもいいですか?」
ここが乙女ゲームの世界であるということを俺は知っているからだ。
前世の姉はいわゆるオタクというやつだった。乙女ゲームもそれなりにやり込んでいて、特に熱心になっていたのが『私の天使が舞い降りた〜あなたに捧げる真っ赤な愛』だ。
魔法の存在する異世界、光の魔力を持つ平民のヒロインが貴族ばかりの学園に入学するという王道展開が魅力のゲーム。個人ルートもありながらしっかり逆ハーレムルートも存在するかなり作り込まれたゲームで、姉は逆ハーレムルートがお気に入りだった。家のリビングで堂々とやるものだから俺もつい内容を知ることになり、今に至るというわけ。
ヒロインは逆ハーレムルートを突き進んでいる。
既に第一王子に第二王子、宰相の息子に騎士団長の息子、暗部の息子までヒロインにメロメロなのだからゲームというものは本当に凄い。
だが考えてみてほしい。仮にそいつらに婚約者がいたらどうなるのか。
……正解は全員婚約破棄、もしくはヒロインを正妻に置き元の婚約者を側室にする、だ。
さっきも言ったが、数年前からこの国全体で『真実の愛』というものが流行り始めた。
簡単に説明すると、親に定められた政略結婚ではなく、自分の好きな相手と幸せになろうぜ☆ という思考が広まったわけである。
だが捨てられた側は溜まったもんではない。普通に考えて婚約者がいながら浮気まがいのことをする相手が悪いのだが、『真実の愛』に酔った人々は二人を盛大に祝福する。
……本当に、ふざけた国だと思う。被害者の気持ち、胸の痛みを知ろうともせず、捨てられた側同士で結ばれれば? みたいな言葉を吐いてくる人間が沢山いるのは明らかにおかしいだろう。
俺はヒロインが好きになれない。真実の愛を語る奴らが好きになれない。
だから婚約破棄を簡単に受け入れた。別に悲しいわけでもなかった。
俺の婚約者……だったコーネリアは、昔から真実の愛に憧れていた。つまり俺とは婚約破棄する前提ということ。そんなの、好きになんてなれるはずがない。だから婚約破棄されても何とも思わないし、笑顔で祝福できた。
正直そろそろ来るかなと思っていたし、最近コーネリアが俺に視線を送っていたのは分かっていた。もはや婚約破棄をイベントとして待っていたので、どんなやつを連れてくるんだろうなと父親の気分で楽しみにしていた節もある。
婚約破棄されたら、同じく婚約破棄された令嬢と結婚をする。
そんな嫌な風習に従う気は一切ない。俺が長男だとしても、家が伯爵だとしても、真実の愛というワードを使えばいくらでも許されるのだ。
例えば、
「俺には真実の愛が見つかりませんでした。どうか、お許しください……」
顔をくしゃっとして声を震わせれば、即席の悲劇のヒロイン(男)誕生である。
みんながみんな悲痛そうな表情でぎゅっと抱きしめてくれた。
……よっし、気がかりだった婚約破棄も解決したことだし、久しぶりに図書館でも行くか。
もう一つの問題は……とりあえず後回しにしよう。二人きりにならなければ大丈夫だろうし、今は流石に話しかけてこないはず。
とにかく、活字はいいぞ。頭の活性化にもなるし面白い。厨二病ではないが魔法が存在するなら極めたくなるのが人の性というもの。前世より優秀な脳みそなら学んだことを全て覚えられる気すらしてくるのだから、今は勉強が楽しくて仕方ない。
思考を切り替えた俺はヒロインたちを通り過ぎ、目当ての図書館へ足を向けた。……あれ、なんか、ヒロインと目が合ったような……。
「あっ、シリル様!! 一緒に図書館でお勉強しませんか!!」
よく通る高い声に顔を引き攣らせて振り向くと、花が咲いたようなそれはかわいらしい笑みで駆け寄ってくるヒロイン――ティーネがいた。その背後には目に写すのすらおぞましい顔をした将来この国を担う重役たちの姿。
そう、――平凡なはずの俺は、ヒロインに死ぬほど好かれている。
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