3

ふと目を開けると、とても懐かしい天蓋付きのベッドの飾りが目に入った。


もしやと思い、慌ててベッドから身体を起こし鏡の前に立った。

そこには金髪碧眼の王太子である俺が映っていた。

都合の良い夢を見てるのではと、信じられずに頬を引っ張っていると、ノック音がしてメイドが部屋に入ってきた。


「おや、殿下お目覚めですか?」


「いや、ああ。あの·····今は何年何月ですか?」


「殿下が私に敬語を!?ふふ、起きたばかりで殿下は夢の続きの気分なのですね。今日は精霊歴166年の3月末でございますよ。今日の夕方から卒業記念パーティのご予定です」


「そ、そうか·····」


元の身体に戻れた喜びが、身体を満たした。

あれはただの夢だったか!?それにしてもやけに鮮明でリアルに思い出せる·····そう訝しんでいると、メイドが声をかけてきた。


「殿下のその左手についている、ロザリオ素敵ですね。白にも見えますが、光が当たると7色に輝いて見えます」


メイドにそう言われて、左手首を見ると見覚えのない真珠のような輝きのロザリオが巻きついていた。

俺は外そうと引っ張ってみたが、まるで手に吸いつけられてるように外れなかった。


「やはり夢ではなかったと言うことか·····精霊神が精進を忘れるなということで、このロザリオを下さったという事だな·····」


俺は左手に握り拳を作ると、意志を固めた。


「殿下は今日はどうされますか?」


「そうだな。·····卒業式の前に 、婚約者に会いに行く、使いを出してくれ」


「婚約者って·····アイリス様ではなくイザベラ様ってことで良いですよね?」


「当たり前だ、イザベラ以外、婚約者であることはあり得ない!そうか、アイリスや側近達の件も片付けねばならないか·····いや、まずイザベラに今までの謝罪をすることが第一だ!」


訝しんでいるメイドをよそに、俺はこれからの人生をやり直すチャンスをくれた国守りの精霊に深く感謝の祈りを捧げていた。


***

用意が整うなり、急ぎ俺はイザベラの家へ向かった。


公爵邸の客間に待たされ、まもなくイザベラが現れた。


よく見知った顔からだであるが、イザベラの清い心が入っていると思うとたまらなく愛しく輝いて見えた。

俺はその衝動を堪えきれずに、彼女を抱きしめてしまった。

彼女の甘い体臭とその体の柔らかさを感じ、俺の目から自然と涙が零れ落ちた。


彼女がいつもの仮面の笑顔ではなく、真っ赤な顔で目をまん丸にして驚いているのがまた可愛らしかった。


俺はひたすら、今までの自分の行いの不誠実さ、思いやりのなさ、短慮さをイザベラに謝った。謝っているうちに、自分の浅はかな行いが次から次へと思い出されて、情けなさと申し訳なさで頭を上げられなくなった。


そんな俺に、イザベラは戸惑った声で言ってくれた。


「頭をお上げください。殿下は悪くありません。私の努力不足が招いたことです」


イザベラのその言葉に、思わずイザベラの片手をとり俺は叫んだ。


「そんなことは無い、君は誰よりも努力家だ。一人でずっとずっと頑張ってきた。そんな君の努力家な所を誰よりも尊敬する!君の清い心を誰より愛している!」


イザベラは俺の叫びをポカンとした表情で聞いていたが、次第にそのアイスブルーの瞳に涙をため、ボロボロと泣き出した。


「ひ、人前で泣いてはいけないのに·····申し訳ありません」


「いいんだ。俺の前では泣きたいだけ泣いていい、笑いたいだけ笑っていい、お願いだ君のありのままの表情を見たいんだ。周りや家庭教師には俺から言っておくから、安心してくれていい。君の自然な表情が、大好きなんだ。もちろん外交の席では仮面を被ってもらう事もあるかもしれない·····でも、それ以外の時はありのままの表情の君に、ずっと隣にいて欲しいんだ」


俺がそう言うと、イザベラは涙に濡れた顔でふわりと笑ってくれた。

俺はその表情に、しばらく見とれてしまったのだった。


俺はずっとイザベラに付き添っていたかったが、卒業パーティーの準備があるからとモネという例の厳しいメイドに追い出されてしまった。

イザベラがいない隙に、俺はメイドのモネへ厳しい声で伝えておいた。


「君の行いは全て知っている。イザベラへの冷たい態度は母上からの指示なのだろうが、俺が後日母上にその指示を撤回させるから、今後はイザベラへは優しくしてほしい。今日は彼女の体調も芳しくない日だろうから、コルセットは緩めにしてあげてくれ。それでも十分に彼女は美しいからね。彼女の体調が第一だ」


そう俺が言ってやると、メイドは目を剥いて驚いていた。

これで、メイドの態度は幾分かマシになるだろう。

あとは側近達とアイリスを何とかしなくては。


俺は下調べのために王宮の医務室に向かったのだった。


***


俺は、パーティー前に別室に側近のクロムとオリバー、護衛のザック、そしてアイリスを呼びだした。


彼らの顔はこんなだったのか。

彼らは皆、表情は取り繕っているが、少し小馬鹿にしたような態度で俺を見ているのが分かった。

俺は、過去の自分の目の曇り具合を反省しながら、彼らを見渡して言った。


「お前達が俺を影でバカ王子と呼んでいる事は知っている。別にそれは咎めていない。事実、俺はバカ王子だった。ただ問題は俺にそれを正面きって言わずに、俺の浅はかさを自分の利益のために利用していた点だ。影でコソコソ不誠実な対応する人間を、国の中枢に関わらせたくない。悪いが国民のためを思い、俺の不興を買ってでも忠告してくれていた過去の側近達を呼び戻そうと考えているから、一旦お前達とは距離を置こうと考えている」


俺がそう言うと、俺の側近であるクロムとオリバーは固まった。

そして彼らはすぐに言い訳を始めたが、俺は彼らの発言を手で制し、護衛のザックへ向き直り言った。


「俺は弱き立場の人間を守るのが騎士たるものの、あるべき姿だと思っている。お前からメイドや侍女など弱い立場の人間への暴力があったと、調べはついている」


ザックは青い顔で「何かの誤解だ」と言い出したが、医務室の記録や医師の診断、何より侍女への聞き込みにより裏はとれている。


最後にアイリスに向き合った。彼女は猫なで声で擦り寄ってきたが、手で制し厳しい声で俺は言った。


「イザベラが一切君にイジメをしていない事は、調べがついている。君は俺の大切なイザベラに事実無根の濡れ衣を着せたのだ。また、君がクロムと男女の仲だと言うことは知っている。そして君がクロムと同じ性病にかかっていることも、医師の診断で間違いない」


アイリスは先程、王宮医師に呼ばれて診察を受けたのはそう言う事だったのかと思い当たったらしく、顔を青ざめさせた。


俺は項垂れ青ざめる、アイリスの前に立った。


「アイリス、君が幼い頃は貧民街で育ち、男爵に引き取られた経緯は知っている。きっと幼い頃に人を騙してでもお金を手に入れなくては生きていけない環境だったのだろう。それは同情する。だが、お金がなければ生きている意味ないという君の価値観は、君に幸せをもたらさないと俺は思うよ。明日以降、男爵家で謹慎してもらうから考えて欲しい。また、医師いわく、完治までの10年は、性的行為は避けるようにとの事だ。感染対策だから、これは必ず守ってほしい」


俺はその隣のザックの前に向き直り言った。


「ザック、君の父親もメイドや侍女に暴力を振るう人だという事は調べがついている。君の父親にも処罰が下るだろう。君にも1年の禁固刑が下る。父親の姿を見て、君は間違った価値観を学んでしまったのだろうが、どうか自分と向き合い変わっていってほしい」


クロムは、悔しそうに唇を噛み締めていた。


「クロム、君が一時の女性との快楽や、裏で人を出し抜くことで虚栄心を満たしていることは知っている。優秀なお兄さんと比べられ続けてきて、ストレスが多い幼少期だったのは、同情する。だが、君が虚栄心を満たすだけの行為の裏で、傷ついている人間がいることを知るべきだ。医師いわく君の病気はだいぶ進行しているから、20年は性的行為は厳禁だ。君は相手が感染すると知っていたのに、欲望を止められなかったようだから、感染対策で君には男性囚人用の離島へしばらく行ってもらうよ」


愕然と崩れ落ちたクロムの隣のオリバーへ、俺は目を向けた。


「オリバー。君がイザベラを、道具のように扱っている事を俺は知っている。俺の大事なイザベラをその様に扱う人間には、悪いが側にいて欲しくない。君は少し視野が狭いようだ。しばらく、側近ではなく福祉事業担当の文官になって欲しいと考えている。これは別に左遷ではない。俺はこれから福祉事業に力を入れようと考えている。この経験はきっと君の視野が広がるきっかけになるのではないかと考えているよ」


オリバーはいつもの笑みを無くし、硬い声で「かしこまりました」と返事をした。


俺は、静まり返った部屋を見渡してつぶやいた。


「俺はお前達にも幸せになって欲しいと願っているんだ。人が変わるためには時間が膨大に必要だ。お前達には時間を与えるから、己の価値観と向き合い、見つめ直して欲しい」


俺の言葉が少しでも彼らの心に届けばいい·····俺は祈るようにそう思って部屋を出た。


部屋を出ると、卒業パーティー開催前の賑わいが耳に届いた。

そしてしばらく歩くと、イザベラの姿が見えた。

廊下で俺を待って美しく立っているイザベラは、とても神々しく見えた。


「寒い廊下で待たせることになってしまい、申し訳なかった」


俺が慌てて駆け寄ると、俺を見てイザベラが花が開くように笑いかけくれた。

俺はポーっとなりながらも、慌ててイザベラの腰を温めた。

俺は今日のために、ポケットに熱した石をタオルにくるんで持ってきていた。ポケットで俺の手を温めて、その温めた手をイザベラの腰に当てれば彼女の痛みがひくだろうという企みだ。

温めるべき腰のポイントも、俺の体がイザベラだった時に研究済みである。

イザベラは俺の行動に初めは慌てていたが、仕舞いには「温かいです」と頬を赤らめて笑ってくれた。


俺はパーティーの最中、今あの猛烈な腹痛が彼女を襲っているかとを思うと心配でソワソワしていた。しかし、イザベラは会の最中ずっと姿勢を崩さず気高い雰囲気をまとっていた。そんな彼女の陰ながらの努力や頑張りに、改めて俺は尊敬の念を抱いた。


また俺はパーティーのために、ワインに似せた温かいプルーンドリンクも厨房に用意させていた。女性の貧血にはプルーンが効くと、研究済みである。

俺が勧めるとイザベラは恐る恐るプルーンドリンクを口にして、「美味しいです」と微笑んでくれた。その姿があまりにも可愛くて、俺は思わず抱きしめてしまい、周囲をざわめかせてしまったのだった。

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