第15話 第一段階 後

 数分か、それとも十数分か。鬼の目を引き付けて、攻撃を避けて、全力で逃げて。

 そんなことを繰り返していた。ギリギリの綱渡りをしているようだった。

 目の前に一枚の人の形をした紙が飛んでくる。

 式神だ。陰陽師が伝令や術の行使に用いるもの。西洋の使い魔と同等らしい。

 そして、これは事前に茨戸と決めた合図だ。


『準備完了』


「先輩。鬼の相手ありがとうございました。ここからは私が」


 その言葉を聞いて、俺は地面に腰を下ろした。

 芝生に積もった雪の上なので、腰が冷たかった。

 正直、かなり疲れた。あの鬼の一発を喰らえばただでは済まなかった。

 茨戸が人差し指と中指を伸ばし、他の指を畳んで剣のようにして刀印を結ぶ。

 そして、素早く縦と横に空中をその剣で切って格子を描いた。

 鬼の気が満ちていた空間が浄められる。

 九字切だ。鬼の邪気を払っている。


 浄化された空気の中で茨戸が目を閉じて集中する。霊力か呪力か、傍目には分からないが、何らかの力が集まっているのを感じる。

 そして茨戸の雰囲気が超然としたものになった。人間離れした雰囲気。

 今、彼女は神々や仏に近づいているのだ。

 彼女は薄く目を開けてある呪文を唱え始めた。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」


 不動明王の慈救咒。不動明王は剣と縄を持った姿をしているとされていて、縄で悪しき者を捉え、剣で切り清める。

 彼女は不動明王の権能が一つ、不動金縛りを召喚していた。

 呪符から黄金色の縄が伸び始め、鬼の巨体を縛り上げる。

 鬼は束縛から逃れようとするが、逃れるほど不動金縛りは強く縛り上げられていく。

 完全に身動きが取れなくなるまで数分とかからなかった。

 一先ず安心できる状況になった。

 自然と息を止めていたらしい。深呼吸をする。


「もしかして、かなり優秀な陰陽師だったりする?」

「……いえ。むしろ落ちこぼれの部類です」


 そうは見えないが、という言葉は出さなかった。茨戸の表情を見れば何か事情があるのは明らかだったからだ。


「第一段階、動きを止める、をやったわけだが、次はどうするんだ?」

「ええ。第二段階、封印を行います。でも、そのためにはまた、あなたの力を借りたいのですが」

「いくらでも手伝うさ。こんなのが近所をうろつかれたら困る」

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魍魎を喰らう 濡れた大福 @nureDaifuku

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