第一章

第8話 宵闇の魔女Ⅰ

 廃遊園地での一件から数日が経過していた。

 もう霊障の影響はなく、穏やかな普段通りの日常を送ることができている。

 あれから、妹の機嫌を取るため、スイーツビュッフェに連れて行ったり、映画館で一緒に映画をみたりと大変だった。

 妹の調子がいつも通りになり、夜に外出しても小言を言われなくなるまで、べったりとくっついてきたので、中々今日の用事を済ませられなかった。

 そう、今日の用事は、あの廃遊園地を教えてくれた奴に礼を言いに来たのだ。


「相変わらず、辺鄙なところに住んでやがる」


 夜中に、見通しの悪い山道を登ってきたため、少し息が上がり、額に汗がにじむ。

 まさに獣道と言うほかない道を登り切ると、目の前には屋敷が建っていた。

 西洋風の屋敷だが、入口の庭園はあまり手入れされておらず、雑草が伸び放題で来客を拒んでいるように見える。

 そして、屋敷の扉に手をかけた瞬間、周りの景色が一変した。


「遅かったではないか。我が従僕。待ちわびたぞ」


 建物の中になっていた。赤い絨毯にまるで玉座のような大きな椅子。その椅子には少女が座っていた。

 尊大だった。そして、優美だった。

 目の前にいる少女を前にして、膝を屈し、永遠の隷属を誓いたくなるほどの威圧。

 腰に届くほどの長い黒髪に、闇を溶かしたような漆黒のゴシックドレス。顔立ちには幼さがあるが、西洋の血を感じさせる、すっとした鼻立ち。全身が夜を表しているかのような黒色に対して、瞳はダイヤモンドよりも輝き、純金よりも濃い黄金色。

 少女の名は――


「常闇の魔女」

「つれないのぉ。貴様には、我が名呼ぶことを許しておると言うのに」


 少女は呆れたような顔をして、手に持っていた扇子――柄はアゲハ蝶をモチーフとした――で口元を隠しながらクツクツと喉を鳴らして笑う。

 名前を呼ばないと酷い目にあわせる、そう目で語っていた。


星乃佳夜ほしのかや

「佳夜『様』で良いぞ?」


 彼女の名は、星乃・ドゥンケルハイト・佳夜。だが、どうせ本名ではない。魔女が真実を易々と教えるはずがない。


「今日は礼を言いに来たんだ、佳夜」

「よい。あの程度、例には及ばん。我が所有物にして、お気に入りの貴様が壊れてしまうのは、惜しいのでな」


 人ではなく、まさに物を見るような目で見下してくる。


「俺はお前の物になった覚えがないぞ」

「我が物であるからこそ、貴様の体を狙う不届きな連中を退けられておるのだぞ? もし、貴様が誰の庇護下にもなければ、今頃、呪術者どもが貴様の体をバラバラにして呪術の材料にしていたであろう」


 覚えの悪い子供でも相手にするかのように、ため息をついてくる。

 ため息をつきたいのはこっちなんだが……。


「まあ、よい。尽くす女というのも悪くない。無事、貴様の霊障は治まったようだ。祝いに一つ、良いことを教えてやろう」


 。良くない予感がビンビンだ。

 佳夜は扇子閉じ、先をこちらに向けた。


「京の都で、ある呪物が簒奪された。何なのかは、我にも分からぬ。だが、良い予感はせぬなぁ。それが今、この街にある。陰陽師、呪術者、さらに西洋の奴原やつばらまでそれを探しておる」


 血まなこでな、と続けた。


「それが、俺と何の関係がある」

「察しが悪いの。……優れた霊媒はあらゆる奇跡に使える。何者かが貴様の強大な霊媒に気付いてみろ? 愉快なことになるであろうな」


 俺の素性が明かされないよう、気をつけろってことか。

 回りくどいな。しかも、こいつ、自分のおかげで不届きな連中を退けられるとか言ってただろ。

 こいつなら、『面白いから』と言う理由で、わざとけしかけて来そうだ。


「おお、こわい怖い。そのような滾った目で私を見るな。……濡れるだろうが」


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