第9話 常闇の魔女Ⅱ

 ちこうよれ、とテーブルに誘われる。

 いつの間にかテーブルの上にはティーセットが置かれていた。


「俺はもう帰るぞ」

「連れないことを言うでない。貴様はなかなかここに来ぬからの。世間話もよかろう」


 佳夜はにこやかに笑っているが、目は笑っておらず、有無を言わせるつもりはなさそうだ。


 そして、しぶしぶ始まった会話は、霊障の影響や学校の様子、廃遊園地についてなど、まさに世間話だった。

 一時間以上は続き、最近の出来事をあらかた話し終えた所で佳夜が一つ問いかけて来た。


「それで、あの陰陽師の小娘とは、どうなのだ?」

「どう、とは?」


 この魔女にしては要領を得ない質問だった。


「なに、勿体ぶらずともよい。あの娘は貴様のふぃあんせというものであろう。さすれば、貴様の主である我も気になるというもの」


 まさか、この魔女から、惚れた腫れたの恋バナが出るとは。というか、恋バナを話せと言われているのか、俺は。


「茨戸は……そんなんじゃねえよ。協力者っていうか、相棒……みたいなもんだ」

「ふむ。そうか。先の霊障の件で、わざわざ我に助言を求めに来たから、もしやと思ったのだが」


 期待外れじゃ、と不満げである。しかし、急に愉快そうに大声で笑い始めた。


「しかし、それは困ったことになったのぉ」

「何がだ?」


 ひとしきり笑ったからだろうか、今度は顔を澄まし、超然とした雰囲気を醸し出す。そして狂気を湛えた目を怪しく光らせて口を開いた。


「なに、簡単なのろいをあの娘にかけたまでよ」


 一瞬、時が止まった。

 いや、そう感じただけなのかもしれない。何を言っているのか理解できない。

 呪いをかけた? 茨戸に?

 一気に沸騰した血液が頭に昇る。


「てめえ!? どういうつもりだ!」


 気が付けば椅子を蹴倒し、テーブルを横倒しにして、常闇の魔女に詰め寄っていた。

 粉々になったティーセットから、紅茶が血のようにこぼれている。


「古今東西、あらゆる童話にも語られておろう。魔女に何かを求めれば対価が必要だと、な?」


 微塵も驚いた素振りなく、常闇の魔女は愉快そうに笑みを浮かべ続ける。


 人魚姫は人間の王子に会うため、魔女に願いごとをした。その結果、人間の足を得る代わりに声を失い、その足も、歩けばナイフで刺されるような激痛に苛まれる代償を払うことになった。


 だが、茨戸は呪いのことについて一言も言っていなかった。


「その代償は俺が払う! あいつは関係ねえ!」

「ならぬ。魔女に願ったのはあの娘。そして、対価を決めるのは、この我だ」

「だったら、今この場で、それを撤回させてやる」

「出来ぬよ、今の貴様では。……だが、良い目だ、湍禰たんね。我と愛し合ったころしあったあの夜を思い出すようでうれしいぞ。……だが、今は貴様と逢瀬を重ねるときではない」


 ふと、常闇の魔女から狂気めいた雰囲気がおさまる。


「安心せい。命まで取るようなものではない。多少は困ったことになるであろうがな」


 クスクスと嘲笑う。その歪んだ笑みは魔女の名に相応しいものだった。

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