第3話 閉鎖

 ギシリ……ギシリ……と、床板が軋む音がする。

 旅館の床は板張りで、三階建てにしては一階の天井は高かった。

 先ほど入ってきた入口には、木でできたサンゴを模した大きな置物があった。

 外から見た建物の形状から考えると、そう遠くはない奥の方で、廊下がL字に曲がっているはずだが。


「やはり、ていますね」

「もう、十五分はまっすぐ歩いているもんな」


 目の前に伸びる廊下の先は、見通すことができない闇に包まれていた。

 その黒々とした暗闇の先は、黄泉の国につながっているのではないかと錯覚する。

 後ろを振り向くと、前方と同じ闇が広がっていた。


「古典的ですが、良い手です。外からは察知するのが難しく、中に入ってしまえば、もう出られない」


 なるほど、などと感心している茨戸に、少し呆れながら聞いた。


「で、この迷路からは、どうやったら抜けられるんだ?」

「この手の結界、迷い家の一種は、その怪異を引き起こす核があるんです」


 例えば、と茨戸が続ける。


「お札や呪物、または、特定の場所。そして、妖怪や幽霊なども、核になり得ます」


 こじんまりとしている、形の良い唇から、すらすらと、まるで詩でも諳んじているかのように言葉が流れる。


「彼らが迷わせるのは、私たちを逃がさないため、と言うのもあるのでしょうが。同時に、核にたどり着かせないためでもあると思います」

「そりゃまた、なんで?」

「核にたどり着かれてしまうと、核を破壊されてしまいますから。お札なら破る、幽霊なら塩を撒く、とかですね」

「塩を持ち歩く現代人がいるのかは、疑問だがな」


 それもそうですね、と茨戸は苦笑いしていた。


「ここから出るにしろ、私たちの目的のためには、核を見つける必要がありますね」


 そう、二週間もかけて廃墟巡りをしていた俺たちの目的は、俺の身に降りかかっている霊障を取り除くことだ。


「正直、先輩の霊媒体質の強さには呆れてしまいます。自覚して下さい」

「……」


 茨戸からジトッ、とした視線を向けられる。

 俺だって霊媒体質として、気を付けてはいる。

 自殺の名所やら、ホラースポットには、決して近付かないし、幽霊っぽいやつに出会っても、見えない振りをしている。

 だって言うのに、今回は――


「まさか、同級生の肝試しの話を聞いただけで、祟られるなんて思いもしないだろ」


 二週間前、同じクラスの奴が肝試しに行ったらしい。一夏の思い出作りだそうだ。

 その話に微塵も興味がなかった俺は、適当に聞き流していた。

 しかし、家に帰ってから鏡を見たら、体の左側にいつの間にか火傷が出来ていた。さらに左目の視力が謎の悪化。

 どうしようもなく、困った俺は、以前とあることから、知り合いになっていた、陰陽師でもある後輩、茨戸にその件を相談したのだ。

 どこで肝試しをしたのか、同級生に聞き出そうとしたんだが、何故か肝試しをした奴ら全員の記憶があやふやで不明瞭になっていた。

 そのため、調査に二週間もかかったわけだ。


「私たち陰陽師も、結構な霊媒体質ですが、先輩のそれはドン引きです。毎度毎度、先輩は。厄介なのに好かれて」

「分かった分かった。これから気を付ける。それよりも核を探そうぜ。いつまでもここにいてもしょうがないだろ?」


 説教が始まりそうだったので、強引に話題を変える。

 もう、先輩は、とふくれっ面をしていたが、気持ちを切り替えたのか一つ提案をしてくる。


「おばけを探す術はムズカしい、と言いましたが、ここはすでに奴らのテリトリー。やりようはあります」


 ニヤリ、と悪巧みをした猫のような顔で、こちらを見てきた。

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