第2話


「こおら!めぐろおぉ!また喧嘩しとるのかあ!」



 ちょっとした濁声に一瞬ビクッとしたが、その声がすぐに思い当たる人物の物だと判り、俺はほっと胸をなでおろした。



「…んだよ?脅かすんじゃねえよ、明ぁ」


 わざわざ濁声を絞り出し、学校の先生のような声を作り出したのは俺の幼馴染で、同じクラスの女子生徒だった。


赤目あかめあきら


・・・どうやら彼女は、わざわざ喧嘩が終わるまでここで待っていたようだった。



「……お前も暇人だなぁ……こんな喧嘩しまくっている俺に付き合って待っているなんてさ?」

「んなによぅ?瞳ちゃんは今朝の約束、忘れちゃったの?」


 潤んだ瞳でじっと俺を見つめる彼女…傍から見れば男子のブレザーを着た女子が、同じ学校のポニーテールの女の子といい感じになっているように見える…のかも、しれないけれども。

もちろん、お約束というか…俺と明はそんな関係とかではない。


「やくそく?そんなもん、してたっけか?」

「あ〜〜っ?!やああっぱ忘れちゃってるぅ!今朝、登校中に近くのコンビニ通ったとき、一緒に見たでしょ?

【肉まん始まりましたセール。肉まん税込み、一個100円】っ!

アレみて、瞳ちゃん肉まん奢ってやるって……あんなに優しい目で、私にそう呟いてくれたじゃないのっ!

ああっ…それなのにっ!酷いわっ!アレは私を弄んでいただけなのねっ!」



・・・・・お〜〜い。帰ってこいよ〜(汗)


 そんないちいち宝塚みたいにポーズ取って、空を仰いで、くるくる回らなくても伝わるからな〜?


「そ、そんな事言ったっけ?」

「そ。言った言った。だから、コンビニまで、レッツ、肉まんっ!」


 そう言うと、明は俺の手を取りグイグイ引っ張っていく。


「ま、まあ…肉まんぐらいおごっちゃるけどさ……ひとみちゃん、はやめてくんない?もう高校生なんだしさぁ」


「いいじゃん、私には『目黒くん』とか、『瞳君』より、そっちの方が呼びやすいんだもん☆」


 コッチを振り向くこともなく、ただひたすらコンビニへ向かって走りながら手を引く彼女も……昔から、全く変わっていない。

むしろ……最近になって更に親密度が増したような気がするのは…俺の気の所為なんだろうか?




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「うん〜〜…おいしい〜♬やっぱ、冬場はこれだよね〜♡」


 公園の木のベンチに腰掛けた俺達は、思い思いに熱々の肉まんを頬張った。

温かいレモンティーを飲んで、感激するようにそう話す明を見るのも悪くはない。


「あ、ごめん、これ…間接キスになっちゃうよね?口つけちゃった……」


 レモンティーはペットボトル1つしか買っていないから、必然的に二人で飲めばそういうことになるけど……いま、明にそう言われるまでそんな事は考えてこともなかった自分がいて……。


「…んあ?ほーは?ほへはひひひへはいほ?」


 肉まんを思いっきり頬張った後だったからまともに話せないのに話した結果、何言ってるんだか分からない状態になってしまう。


…しかし、彼女にはそれはちゃんと伝わっているようで。


「んもお…少しは気にしなさいよ?コレでも私だって一人の女の子なんだからね?」



…そんな事言われてもなあ…明はあきらだし。

今更そんな事気にするほうが不自然な気がするんだけどなぁ〜…。


「それにしても…すっかり冬だね〜…もう11月も半ばだもんね」


 五時を過ぎれば、周りはすっかり日も落ちて暗くなり……吐く息も白く見えるようになる。


「ああ。そうだな…そろそろ帰んないと」


そう言ってベンチから立った俺の隣で


「んもぅ…もう少し乙女心が解ったっていいじゃないのさぁ……」


という、小さな呟きが聞こえたような気がした。

乙女心…ねえ……俺は女じゃないからそこは無理だと思うけどさ……。


「…何か言ったか?」


 そう言って、俺は聞こえないふりをしておいた。


「…もうちょっと…ココで座っていたら、見えるかなぁ?って言ったんだよ」


「……見えるって、何が?」


明らかにそんな事は言ってなかったのに…やっぱり、女の子の心はよく解んないな…。



「獅子座流星群。今夜はよく見えるんだって朝のニュースでそう言っていたんだぁ……」


「へえ〜…そうなのか?そりゃ、そんな天体ショーがあるんなら、見ておきたいよな?」



 俺は宇宙の話とかが大好きで、宇宙人はいるか?いないか?なんて話になったら夢が膨らむタイプだったりする。

 それは明もよく知っているはずで…だからタイムリーなそんな話を俺に振ってきたんだろう。


「だけど、よく見える時間帯って言ったら……たしか10時過ぎ以降……明、お前今夜一緒に見てみるか?」



 近所で彼女の家も近いし…この公園からなら夜空も見やすい。


「うん。って言いたいところなんだけど…今夜はちょっと無理かなぁ?見たいドラマがあるし、その前になんか宿題が沢山出てるじゃん?瞳もやばいよ?」

「なんだ?おまえ…まだ片付けてなかったんか?あんなもん、ちょいちょいって……」


「家庭科の、刺繍の宿題なんて、何で男子の瞳ちゃんがそんなに簡単に出来るのよ〜?私は針に糸を通すだけでイライラしちゃうってのに〜?!」


・・・うちは母親無しの父子家庭だから、忙しい姉ちゃんや親父の代わりに家のこと全般は俺の仕事になっているからなぁ……その位出来ちゃうのは当然というか……。


「修行が足りん、出直したまえ、明殿」


はっはっはっ!と腰に手を当てアメコミのヒーローのごとく高らかに笑う俺を、恨めしそうな目でじーっと見つめた明はポツリと言った。


「瞳ちゃん…私の嫁になる気は無ぁい?」


「何で、嫁?!俺は男だっちゅーに!」


「女の子だったら、家庭も守れる強いお嫁さんになれるのに、勿体ない……」



くっそ〜…やり返しやがったなぁ?


くっくっく…とニヤつく明の手を強引に引っ張り上げた俺は、


「ほれ!刺繍手伝ってやっから早く帰って、その後流星群を見るぞ〜〜!!」


「ああぁ〜ん…それ、わたしが言いたいセリフだよおぉ〜」



こうして俺達は帰宅して…

平凡な一日は過ぎていく。



刺繍を手伝った横で大爆睡する明を起こして風呂に入るように言った俺は、自分の家に帰ってから風呂に入り…



(お?!ココからなら星空が見えるじゃん?もしかして流星群も……)


からららっ!と窓を開け、見上げたその先に…


まるでそれを待っていたかのような大量の夜空の輝きが、上下に大量に…落ちたり登ったりしているのが目に飛び込んでくる。


「おお〜!こりゃあすげえ!!」


・・・・・そういえば、流れ星に願い事を3回…消える前に言えば叶うとかいう言い伝えはあるな…

叶ったって話は聞いたこと無いけど、流れる間に3回言うのは至難の業だもんなぁ…

けど、コレは……言えちゃうんじゃ、ない?


何を願おうか、と考えてふっと…明との会話を思い出した。




『乙女心が解らないんだから……』



(女の子になれば、解る…のか?)


まあ、どうせ解らないものは永遠に解んないわけだし。

それでいいんじゃないのかい?


(…でも、ちょっとは興味あるな…)


こんな時は、叶うかどうか分からない神頼み…ならぬ流れ星頼みでもしてみるか……?



「女になる女になりたい女になってみたい………ははははは…馬鹿だな、俺。なるわけ無いじゃん」



 沢山流れ星が走る夜空に向かって苦笑いした俺は、その後も天体ショーを眺めながらゆっくりとお風呂を満喫した。


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