瘡蓋と野良犬

 並木道をさらに歩いていく。足元には黒猫。来るなと言っているのに、黒猫はただ毛繕いをするだけで、話を聞こうともしない。だからもう諦めた。一匹くらい家で飼っても大丈夫だろう。

 黒猫の歩調に合わせて歩いていると、ふと黒猫が脚を引き摺っている事に気が付いた。


「お前、怪我してるのか?」


 黒猫は、にゃあ、と一声鳴いた。にゃあじゃ何も分からない。


「ちょっと見せてみろ」


 屈んで黒猫を優しく掴んで、目の前まで持ち上げる。みょーんと身体が伸びた。じたばたと足掻く訳でもなく、大人しく僕の目を覗き込んでくる。可愛い。

 気を取り直して前脚を見る。出血はないらしい。ただ、確かに怪我をしている。重点的に舐められている所の中心に瘡蓋かさぶたが出来ている。どこかで擦ったようだ。触れようとしたら、頬に猫パンチをくらった。なかなか痛い。


「今度医者に見てもらおうな。変なウイルスが入ってたら大変だ」


 そう言ってもやはり、にゃん、と鳴くだけ。お気楽な猫だ。

 怪我をしているなら散歩は中止だ。安静にさせないと。僕も少し疲れた。

 さっきも街灯の下に居た人達は今もいて、向かい風になった夜風も優しいままで。何も変わっていない景色を、小さな温もりを抱えたまま帰る。こんな日常が、やっぱり好きだ。

 帰り道、最近見かけていなかった野良犬と会った。


「お前、ちょっと痩せたか? もっと太ってただろ」


 わんっと鳴いた野良犬に驚いて笑った。黒猫を膝の上に乗せて、空いた手で野良犬の頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細める野良犬も、僕の大事な友達だ。

 ふと、黒猫が手を伸ばしていることに気が付いた。まさか猫パンチだろうか。ヒヤヒヤしながらその光景を見守る。すると黒猫は、野良犬の頭をポンポンっと撫でてあげていた。こいつらも友達になれたのかもしれないり


「じゃあな、犬。もうちょっと頻繁に顔見せてくれよ」


 なんて言ってみれば、野良犬はまた元気に鳴いた。深夜なんだから、もう少し静かにな。そう言ってやれば、くぅーん、と鳴いた。それでよし、と褒めてやると、わんっ、と鳴いた。相変わらずバカだなぁ、なんて言って笑った。

 そこで野良犬と別れて、特に何か起こるわけでもなく家に着いた。そうっと扉を開く。


「ただいま」


 相変わらず誰からの返事もない。黒猫は興味深そうにキョロキョロしている。黒猫の好奇心を少しでも満たせるように、なるべくゆっくりと、音を立てないように、自分の部屋に向かう。流石にこいつがいるから、久しぶりに電気をつけようかな。

 自室の扉を開いて、黒猫を放してあげる。真っ先に僕のベッドに乗って、何をするのか見ていると、丸くなった。寝るらしい。


「僕も一緒に寝ていかな?」


 何となく聞いてみると、耳がぴくりと動いた。でもそのほかの反応はなし。良いということだろうか。

 じゃあ遠慮なく、とベッドに入る。黒猫と向かい合って、眠ろうとする黒猫の頭を撫でてやる。安心して寝ていいよと言うように。

 やがて、小さな小さな寝息が聞こえ始めた。


「よろしくな。黒猫」


 そう呟いて、僕も睡魔に呑まれていった。

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