黒猫と長椅子

 ゆっくりと煉瓦でできた道を歩いていく。優しく吹き抜ける夜風は、街路樹と一緒に歌っているように思えてくる。やはりこの時間は良い。勿論、お昼の笑顔溢れるあの景色も綺麗だけど、僕は夜の静かな空気の方が好きだ。

 こんな時間でも人はチラホラ見かける。確かにこの道は街灯もあって明るい。蛍光灯に蛾が、火に夏の虫が集うように、街灯には人が集う。数人だけど。

 バイト帰りだろうか。僕より少し背の高い人達が談笑している。こんな時間に彷徨うろついていても常識はあるようで、小声で話している。大きい声が嫌いな僕からすれば、よい心がけだと思う。ずっとその声量でいて欲しい。それは言い過ぎか。まぁ聞こえてないしどれだけ毒突いたって大丈夫でしょ。

 そんな人達の横を通り過ぎて、まだ半分ほどしか進んでいない並木道を進んでいく。すると一つの木の長椅子が一人寂しく据わっている。寿命の近い電灯にチカチカと照らされて。横にあるゴミ箱は倒れていて、飛び出た廃棄物の中で、黒猫が餌を必死に探していた。僕は長椅子に座って、その様子を眺める。

 黒猫も必死だ。必死で、シュークリームの袋を破ろうとしている。反対側が開いているのに。教えてやりたいが、生憎猫の気持ちは分からない。恐らく、その逆も然り。ちなみに僕は猫派だ。好きな理由は、語り始めると日が昇って暮れてしまうので割愛させてもらう。

 ふと、シュークリームの袋が足元に飛んできた。驚いて黒猫を見れば、黒猫も僕を見ていた。しっかり目が合う。逃げられてしまうだろうか。

 僕はそっと袋の端を掴んで、袋の開いている所を黒猫の方に向けてやる。人に手助けされて少し不服そうな黒猫だったが、空腹には勝てなかったようで、長椅子に飛び乗ってそろそろと近付いてきて、勢いよく顔を突っ込んだ。袋の中でモゾモゾと動き回る顔の感触を感じていると、顔が綻んでいくのが自分でもわかる。

 顔を出した黒猫は顔中にクリームを付けて、僕を見た。そんな姿もどうしようもなく可愛らしくて。


「仕方ないなぁ。今日だけだぞ」


 鞄から猫がやみつきになるらしいウェットフードを取り出す。黒猫はこれを知らないようで、いまいち反応が薄くて、少し物足りない気がした。封を破って鼻先に差し出す。黒猫は警戒しながら匂いを嗅いで、チルっと舐めた。すると目の中で沢山の光が輝いて、あっという間に食べ尽くしてしまった。やはりこれは猫を虜にしてしまう魔法のご飯らしい。

 満足そうに毛繕いを始めた黒猫の頭を撫でてやる。心を許してくれたのだろうか。そうなら嬉しいものだ。


 新しい出逢い。それは突然で、どうしようもなく愛おしい。

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