第13話 七不思議の中でもトイレの花子さんだけ別格っぽいよね。
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次はどこに行こうかという話をした時、「やっぱトイレの花子さんってどこの学校にもあるんだね」と私は呟いた。
「学校の七不思議自体、どこも似たり寄ったりだろうが……花子さんのネームバリューは強いよな」
「ローカル七不思議っていうか全国的な都市伝説っぽいよね」
行っとくか、と伯父さんが言う。いつも通り、思い切りが良すぎる。
三階の女子トイレの前で、私たちは仁王立ちしていた。
「仕方ないとはいえ女子トイレに入るのは多少抵抗があるな」
「誰もいないよ、たぶん。それこそ花子さんしかいないよ」
「花子さんが用を足していたらどうする」
「何の心配してんの?」
「花子さんが用を足すことってあるんですか」
「何の話をしてんの?」
言いながら私は伯父さんと父の背中を押しながらトイレに入る。案の定トイレの中は真っ暗だ。私は「えーっと」とこめかみに手を当てる。
「花子さんの呼び出し方ってなんかあるんだっけ……?」
知ってますよ、と父が言い出した。「まず、三つ目の個室の前で三回まわります」と言うので私たちは半信半疑ながらもゆっくり回る。
「それから三回ノックして、『花子さん遊びましょ』ですね」
そう言った次の瞬間に、『はい』と声がした。ぎょっとしながら私と伯父さんも「花子さん遊びましょ」と声をかける。
『はい……どなた』
静かに個室のドアが開いた。そして、中学生かそれより幼く見える少女が顔をのぞかせる。少女は包帯や絆創膏だらけで痛々しかった。
「……花子さん?」
『はぁい』
どうやら彼女が花子さんのようだ。花子さんは大きな瞳をぱちぱちさせて、『あなたたちも願いをかなえてほしいの?』と尋ねてくる。「そういえば花子さんが願いを叶えてくれる、という噂もありましたね」と父が言った。
『いいよ。願い事を言ってみて』
そう花子さんが言うので、私は咄嗟に「伯父さんのこと助けて」と言おうとする。しかしその前に当の伯父さんが「いや、願い事っていうのは特にないんだ」と言ってしまった。
「逆に、お嬢ちゃんが俺たちに何か頼みとかあるんじゃないか」
『……変な人。わたしがあなたたちにお願いをしていいの?』
「ああ。俺たちにできることならな」
くすくす笑った花子さんが、『じゃあわたしと遊んでよ』と言う。伯父さんは「お安い御用だ」と答えた。
花子さんがトイレを出ると、辺りは急速に暗くなっていく。月の光が射しこむ、夜の学校だ。
『よかった、みんな起きてくるよ。退屈しないね』
何か黒い影が飛び交う。足のない女生徒が走っていき、頭のない男子生徒がこちらを指さした。「七不思議どころじゃないんだけど!?」と私は叫ぶ。
『ね、一緒に遊ぼう』と花子さんが手を伸ばしてきた。その手を掴んで、伯父さんが「何をして遊ぶんだ?」と微笑む。そのまま花子さんと歩いて行ってしまった。
「ちょ、伯父さん! 待ってよ!」
と私が追いかけると、後ろで子どもたちの声が聞こえた。
『ひとりぼっち、だあれ?』
『いらない子、だあれ?』
振り向くと、一人取り残されていた父が子供たちに囲まれている。「や、やめろ! 離れろ!」と父の声が響いて、それから子どもたちの間から血が流れるのが見えた。
「あ……」
迷ったが、私は伯父さんを追いかける。あの人は私たちの敵のはずだ、と思い込もうとした。
たどり着いたのは体育館だった。そこにはたくさんの子供たちがいて、『ドッヂボールをしよう』と誘っている。
「伯父さん!」
「あれ、孝利は?」
「…………」
言葉に詰まった私を尻目に、伯父さんは「じゃあやろう、ドッヂボール」と勝手に快諾してしまった。すると子供たちは嬉々として様々なボールを持ち寄り、それを伯父さんにぶつけ始める。
「な――――何やってんの!? そんなのドッヂボールじゃない! イジメじゃん!」
子供たちがぎろっとこちらを睨んだ。ふと私は腕を掴まれて飛び上がる。花子さんが私の耳元で『なにが悪いの? どうして悪いの?』と囁いた。ハッとして辺りを見ると、そこはいつのまにか屋上だった。
『こわいことなんてなにもないよ。わたしたちだってそうだった』
私の身体は空中に投げ出され、真っ逆さまに落ちていく。その様子を、女の子が楽しそうにケラケラ笑いながら眺めていた。
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『そんなにこの絵が気に入ったんなら、やるよ』
少年が、ぶっきらぼうに言う。少女は聞き間違いかという顔で、『え?』と聞き返した。
『毎日毎日この絵見に来てさ、そんなに気に入ったんならやるよ。もうすぐ完成するし』
『でも……何かの賞とかに出すんじゃないの?』
『いや。課題で先生に出すだけ。終わったら戻って来るけど、家にあっても邪魔だから』
『本当に?』
少女は嬉しそうにして、『夢みたい』と話す。大袈裟だな、と少年が照れた顔をする。
『江良くんは、将来絵描きになるの?』
『えっ……』
困惑した顔の少年が『どうかな』と呟いた。ごまかすように空咳をして、『沖川は何になるの』と質問を返す。
『お嫁さんになるんだって』
『お嫁さん?』
『うん。私の仕事は、いいお嫁さんになることなんだって』
そう言って、少女は少し悲しそうな顔をした。
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最初の教室で目を覚ます。横には例の如く、伯父さんと父がいた。
「伯父さんも死んじゃったの?」
「子どもだと思って甘く見ていたら、最終的に鈍器でダイレクトアタックしてきたガキがいた」
「えげつない」
孝利はいつ死んだんだ? と伯父さんが尋ねる。父は震えながら、「どうやら団体行動が大切みたいですね……」と呟いた。
「てか結構早く死んでた気がするんだけど、私たちが戻ってくるまでここにいたの?」
「いえ……目が覚めたのは今です」
「つまり、バラバラに死んだにもかかわらずここに戻ってきたのは同じタイミングってことか」
「三人とも死なないとリセットにならないのか、あるいは佳乃子か……あなたのどちらかがスイッチとなっているのではないかと」
「私と伯父さんどっちが先に死んだかわからないから、わかんないね」
わからないが、もし私か伯父さんのどちらかがスイッチだとすればそれは私かもしれないなとちょっと思った。もちろん洋館の時とは何もかも違っているとは思うけれど。
「とりあえず、もう一度花子さんと話してみるか」
「ま、また行くんですか」
「思ったんだが、花子さんと話すといきなり夜になったろ? ということは、ここら辺の『夜中に鳴る音楽室のピアノ』とか『夜中に異界に通じる鏡がある』とかはどちらにせよ花子さんのイベントを起こさないと遭遇できないんじゃないか?」
「伯父さんが思ったよりゲーム脳でびっくりしてる」
そういえば洋館で出会った江良くん(子供の姿をした伯父さん)もかなりゲーム脳だったな、と私はちょっと懐かしくなった。
そんなこんなで私たちはまた三階の女子トイレに来ていた。同じように三つ目の個室の前で三回まわり、三回ノックして「はーなこさん、あそびーましょ」と声をかける。もう慣れたものだった。
花子さんはすぐに出てきて、『また来たんだ?』と小首をかしげる。また来たんだ、ということは先ほどのことはなかったことになったわけではないということだろうか。
『そんなにゲームをクリアしたいの?』
花子さんは意地悪そうに笑って、伯父さんを指さす。『あなた、死ぬのに』と言い切った。伯父さんは穏やかに「色んなことをよく知ってるんだな」と瞬きをする。
『願い事、言ってもいいんだよ?』
「いや……遊ぼう、花子さん」
呆れたような、というかどこか戸惑ったような顔で花子さんは手を出した。伯父さんはまたその手を迷いなく掴む。
トイレから出ると、辺りは暗くなり始めた。子どもたちの霊のようなものが辺りを飛び交う。同じだ。今度は父も遅れずについて来た。
そしてまた体育館で、子どもたちが出迎える。
『ドッヂボール、しよ?』と笑った。
「またボコボコにされるよ」
「ああ。ボコボコにされてみようと思う」
「正気ですか?」
「とりあえず、な。何事もトライアンドエラーだろ」
「『いのちだいじに』って知らん?」
伯父さんは子どもたちの輪の中に入っていき、先ほどと同じようにボールをぶつけられる。「何なんだ、あの男は」と父が呟いた。私も「何なんだろうね」と冷や冷やしながら見守る。
やがて伯父さんはふらつきながらもボールを受け止めて、「よし」と言った。「よし、わかった」と。
「お前たち、もっと楽しい遊びをしよう。ドッヂボールっていうんだ」
子どもだちがざわつく。そのうちの一人が『今やってんじゃん』と怒鳴った。伯父さんは鼻血を拭いながら「こんなつまんない遊びがドッヂボールなわけないだろ」と笑う。
「ボールは一個で、柔らかいやつでいい。うん、これでいいな。こっちのチームは三人、誰か当たるまで外野なし。お前たちは何人でもいいぞ」
勝手に参加が決められた私と父は顔を見合わせてしまった。まあやぶさかではないな、と肩をすくめる。伯父さんが最後に「どうした? 大人二人と女子高生一人にビビってるのか?」と煽った。子どもたちはにわかにやる気になる。
「どうせだったら王様ドッヂにするか。こっちの王様は佳乃子」
「ちゃんと守ってくれるんだよね?」
「もちろん。それで……そっちの王様は花子さんだ」
『は? わたし、やるって言ってないんだけど』
しかし周りの子どもたちはやる気満々だ。流されるようにして、ゲームが始まる。
早々に父が当てられ、外野になった。こちらのチームは内野二人に外野一人。対して子どもたちのチームは内野五人、外野も五人ほどいる。それでも伯父さんがボールを取りまくり、どんどん子どもたちを当てていった。投げるふりなんかをして子どもたちを煽ってはゲラゲラ笑っている。大人げない。
「王様ドッヂは、内野が何人残っていようと、内野が全然いなかろうと、王様が当たるか当たらないかだ。お前たち、王様の護衛が薄すぎるんじゃないか?」
ハッとした子どもたちが花子さんの周りに固まる。「よーし」と言いながら投げたボールが緩くカーブを描きながら外野の方へ飛んだ。しかし父はあたふたしながらそれを捕り損ね、追いかける。「人を刺すのに運動神経はいらないってことだよな」と伯父さんは独り言ちた。
子どもと思えない豪速球が私の顔面めがけて飛んできて、伯父さんがそれを弾く。
「あーあ、伯父さんアウトじゃん。顔面セーフだったのに」
「……お前、女の子なんだからもっと大事にしなさい」
相手も花子さん一人だが、しかし総勢十人近くの外野がいる。「無理無理無理」と言いながら私は逃げ続けた。「おい、あの高校生逃げるの上手いぞ」と指さされる。当たり前だ。私がこれまでどれだけ危機を回避してきたと思っているんだ。あれ? 回避できてたかな?
運よく転がってきたボールを花子さんめがけて投げる。すると花子さんが本日初めて自分でボールを受け止め、『捕れた!』とちょっと顔を輝かせた。花子さんはそれを「えいっ」と私に投げてくる。私もそれを受け取り、投げ返した。しばらく二人で投げ合う。
「キャッチボールか? 投げる力が中学生と同レベルとはな」と伯父さんが腕組みしていた。
「が、頑張れー!」と父は声援を送っている。
子どもたちも負けてはいない。「がんばれー!」「花子ー!」と叫んでいる。
ふと、花子さんがボールをちょっと上向きに投げた。ボールは私の頭上を通り越し、外野の方に落ちる。すっかり花子さんとのキャッチボールに力を入れていた私は、後ろから外野に瞬殺された。
「負けたー! 割と悔しい」
「やっぱり三人はきつかったか」
「いい勝負でしたね」
「お前、何してた?」
大盛り上がりの子どもたちに、伯父さんは「これがドッヂボールだよ」と言う。子どもたちはきょとんとして、伯父さんを見た。
『こんなに楽しいことがあるのに、どうしてみんなはあんなにつまんないことして、ぼくたちにボールぶつけたの?』
「……楽しいことをしても楽しいと思えない、つまんないことを楽しいことと勘違いしてしまう病気だったんだ」
『ぼくらじゃなくて、みんなが病気だったの?』
「そうだ」
すうっと、ひとりの子供が消えていく。『なーんだ、ぼくがおかしいんじゃなかったんだ』と言いながら。またひとり、もうひとり、といなくなっていった。
『ごめんね、いじめて』
そう囁いたのは花子さんだ。『一緒に遊んでくれてありがとう』と微笑む。
ふと、気づいたらそこは屋上だった。
『バイバイ。わたしたちは繰り返すけれど、あなたたちのこと、忘れないよ』
そして花子さんは屋上から落ちていく。
「俺たちも、お前らのこと忘れないよ」
踏み出した伯父さんが、少女の腕を掴んだ。私も追いかけて、花子さんの服を掴む。二人で引っ張り上げた。伯父さんが花子さんを抱きしめると、少女は声を上げて泣いた。
「また遊ぼうな」
『二度と戻って来ないで。あなたたちとなんかもう会いたくない』
「優しい子だ」
そうして彼女は、伯父さんの腕の中から消えていった。
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