第12話 今回のホラゲは学校の怪談? 王道きちゃ。
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ハッとして起きると、そこは学校の教室のようだった。私は真ん中よりちょっと後ろの方の席で、知らない学生服を着ている。窓際の席で、伯父さんが机に突っ伏して寝ていた。私は急いで近づき、伯父さんの肩を叩く。
「……? んん……?」
「伯父さん、起きて。大丈夫?」
「なんだ、ここ……夢か」
伯父さんも学生服を着ているようだった。目をこすりながら、「どういう趣旨の夢だ? 学校に佳乃子がいる……」と伸びをする。
「あのね、伯父さん」
「俺、刺されなかったか?」
「刺されてた……」
どうやら伯父さんの記憶はかなりはっきりしているようだ。「死んだのかな?」なんて言っている。
「あのね、伯父さん。これはたぶんゲームなんだよ」
「ゲーム?」
「知らない女の人がね、言ったの。私たちの時間を止めてくれるって。それで治療が間に合えば、伯父さんは助かるかもしれない」
「……なんだ、その女の人っていうのは。蜘蛛の糸か?」
「でも、なんか『囚われる』とかで気を付けてって」
「話が曖昧すぎるな……」
ため息をついた伯父さんは「何にせよ、ゲームならクリアしなきゃならないんだろう」と頬杖をついた。
「でもでも、あんまり早くクリアすると伯父さんが助からないかもだから……」
「お前の言葉を信じるなら、つまり俺たちは今幽体離脱みたいなことになってるわけだろ。俺はいいとしても、お前が戻れなくなったらどうするんだ。そんな怪しげな取引? みたいなこと勝手にして。早いとこクリアするぞ」
「伯父さん! 話聞いてってば! それに、怪しい感じじゃなかったよ。伯父さんのこと知ってるみたいだった」
伯父さんは立ち上がり、自分の格好をしげしげと見る。「中学の時の制服だ」と言っていたので、どうやらこれは伯父さんの母校らしいなと私は思った。
その時だ。いきなりどんと鈍い音がして、窓の外に何かが降った。私は悲鳴を上げ、伯父さんの後ろに隠れる。
よく見ると、それは人だ。もっと言えば父だ。父が、右脚に何か紐のようなものを縛り付けられて吊るされている。私は「げっ」と指さしてしまった。
「あの人もこっち来てる……!」
「何だあれは。意識がないのか?」
頭を掻いた父が、「行ってみるか」と歩き出す。私は「待ってよ」と言ってそれを追いかけた。
階段を上がっていくと、屋上にたどり着く。屋上のドアノブを回すと、ドアは凄い音で開いてそのままガタガタいいながら何かに強く引っ張られている様子だった。見ると、反対側のドアノブに紐が結ばれている。紐は真っ直ぐに屋上の端まで続いていた。案の定というか、紐の先端は父の右足に繋がっている。
「誰だ、こんな手の込んだことしたのは」と言いながら伯父さんが紐を掴み、父を引っ張り上げようとした。
「助けるの!?」
「このままあのドアが外れたらこいつは真っ逆さまだぞ」
「伯父さん、この人に刺されて……今も、助かるかわからないのに」
「こいつに養育費請求するの忘れてたんだ。今からでもぶんどりたい」
「えぇ……そんな理由……?」
不意に紐が揺れる。父が目を覚ましたようだ。「うわあああああ」と悲鳴を上げて暴れ出す。
「こ、この外道が! こんなことをしてタダで済むと思うな……!」
「暴れるな。助けてやろうとしているんだ」
「嘘をつくな! 僕をこんなところに吊るして……」
まったくうるさいやつだな、と言いながら伯父さんが紐を引っ張る。父の足を掴んで、引きずり上げた。父は震えながら泣いている。「紐をほどいてやるから」と伯父さんが片膝をついた。
「こ、ここはどこだ!?」
「……その前に言うことはないのか、孝利」
父はぐっと押し黙る。それから目を伏せて、「僕は利香と話したかっただけだ。お前が邪魔しなければ何も」と吐き捨てた。私は思い切り父の足を踏む。
「いっ……」
「絶対、絶対、許さないから。大体、私は全然あんたと話したくないっつうの。あと私の名前は佳乃子。今度利香なんて名前で呼んだら眼鏡割るからね」
なぜかげらげら笑っている伯父さんにも「何笑ってんの!? 今の状況わかってる!?」と怒鳴る。笑いすぎて涙が出てきた様子の伯父さんが目尻を拭いながら「いや、すまない」と謝った。
「お前みたいな野蛮な人間に育てられたから、こんな乱暴なことを言う子に育ったんだ!」
「人のことを突然刺すようなやつが『野蛮な人間』なんて言う資格あるか? お前は今、殺人犯になるか殺人未遂犯になるかの二択なんだぞ。いきがるんじゃない、眼鏡叩き割るぞ」
「……お前が悪いんだ……お前が……」
「それから、お前は七美と同級生だろ。歳上には敬語を使え。昔はちゃんと、俺に敬語だったはずだ」
「断る」
「わかったな、孝利」
「……絶対に嫌だ」
「わかったな?」
「…………はい」
ひどく屈辱的なことを言わされた、という顔で父は赤くなる。「よし」と頷いた伯父さんがしげしげと父の顔を覗き込んだ。
「いい眼鏡してるじゃないか。暮らしに困っていたわけじゃないんだろう?」
「………………」
まったくなんであんな馬鹿なことを、とため息をついてから伯父さんは「行くぞ、佳乃子」と立ち上がる。私は父を振り返り、あっかんべえでは足りない気がしたので中指を立てようとし、「それはやめなさい」と伯父さんに止められた。
歩いていると、遠くから父がとぼとぼとついて来るようだった。「ついて来てるよ」と私が嫌悪感をあらわにすると、「俺があいつでもそうするだろうな」と伯父さんは言う。
「別にいいだろう、邪魔されない限りは」
「すでに害がある人なんだけど」
「じゃあ、あいつのことを置いて行くって言うのか?」
「そうしようよ」
「まあ、そう言うなよ。お前の父親だぞ」
「父親じゃないよ、あんな人!」
私は伯父さんにそんなことを言われたのが何だかショックで、強めに言い返してしまった。伯父さんは穏やかに「うん……でも、お前の父親だ。嫌いでも、憎んでても、それでもいつかは不意に会いたくなるかもしれん」と言う。
突然、学校全体にチャイムの音が響いた。「予鈴か?」と伯父さんが顔を上げる。すると私たちの目の前を、女生徒らしき影が横切っていった。
『ねえ、七不思議の七つ目って知ってる?』
『知らない。七つ目って、知ったら死ぬんじゃなかったっけ』
『不幸になるって』
『あんた、知ってるの?』
『うん。だから、』
あんたも一緒に不幸になろうよ、と女生徒が言う。二人で楽しそうに悲鳴を上げるふりなんかして、去って行ってしまった。
「七不思議、か」
「ゲームに関係するっぽいね」
「何だったかなぁ、七不思議。一時期かなり流行った記憶はあるが」
最初の教室に戻ってきて、伯父さんが黒板に文字を書き始める。
『・トイレの花子さん
・音楽室のピアノ(夜中に鳴る)
・動く人体模型
・生きてる美術室の絵画
・夜中に異界と通じる鏡』
と書きだし、「他にあったか?」と眉をひそめた。ふと教室の入り口で、「絶対に開かない扉がある、というのは」と父が口を挟む。「ああ……お前もこの学校の卒業生だったか」と伯父さんは目を細めた。
「入ってきたらどうだ?」
「……いえ、ここで」
肩をすくめた伯父さんが黒板に『開かずの扉』と書き足す。
「あとは……七つ目、か。そのうち思い出すかもしれん。とりあえず一つずつ当たってみるか」
「七不思議を検証するということですか?」
「検証というか、まあ何かあるんだろう。イベントみたいなものが」
チョークを置いて、伯父さんは腕を組んだ。「ここから一番近いのは美術室だったな」と瞬きをした。
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美術室は、絵具と何かアルコールのような独特な匂いがした。たくさんのキャンパスが描きかけのまま並んでいる。伯父さんは真っ直ぐに部屋の奥へ進んでいき、壁に掛けられた絵画の一つを前にして立ち止まった。
「綺麗な女の人だ」
「これと目が合うとか、生きてるとか、そういう話はあったな。実のところ『絵画の人物と目が合う』ってのは七不思議でも何でもなくそういう技術なんだろうが」
じーっと見つめていると、絵の中の女性は微笑みながら瞬きをする。私は伯父さんの腕を叩きながら「今、瞬きしたよ」と報告した。
「……だから何なのか、という感じだ」
ふっと絵画の女性が『ごきげんよう』と声を発する。私と父で、思わず伯父さんの背中に隠れた。
『お願いがあるのだけれど、よろしいかしら』
「何だ?」
『わたくし、気になる殿方がいらっしゃるのだけれど連れてきてくださらない? 私と同じように額縁の中にいて、黒い服をお召しになられた素敵な方なの』
伯父さんは私たちを振り返り、「そういうミッションなんだろうな」と言ってくる。私はこくこくと頷いて、辺りを見渡した。
「黒い服着た男の人、ってことだよね」
「それも絵の中の」
「あれなんかどうだ、学生の絵みたいだが」
言いながら伯父さんが描きかけの絵を一つ持ってくる。『黒い服を着た男の人』といえば確かにそうだが……学ランをきた学生の自画像のようだ。本当にそれが正解かわからないが、とりあえず絵の中の女性に「これですか?」と尋ねてみる。
『違うわ』
「ですよね」
すると次の瞬間、絵の中から何か細長いツタのようなものが伸びて来た。「それは聞いてない!!!!」と言いながら私たちは逃げる。しかし足首を掴まれ引きずりこまれた。ツタが首まで伸びてくる。
「そんな触手みたいなの伸びるんなら自分で探せばいいじゃん!!!!」と叫び、視界が暗転した。
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薄暗い美術室の中で、少年が絵を描いている。気付かずに触ったのか、その頬にも青い絵の具がついていた。
『絵が上手なんだね、意外』
そんな少年の後ろから、ひとりの少女が声をかける。少年は驚き、振り向いた。
『……今、俺に話しかけた?』
『あなたしかいないじゃん』
『いきなり話しかけてくるなよ』
『ああ、それはごめん。集中してた?』
少年は仏頂面で、『別に』と答える。とにかくめげない少女が『素敵な絵だね』とにこにこ笑った。
『江良くんって、授業中いつも寝てるよね』
『なんでいつも見てんだよ』
目を丸くした少女が、初めてちょっと顔を赤くする。それから『ごめん、バイバイ』と言いながら走って行ってしまう。少年はきょとんとし、『なんだあれ……』と呟いた。
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今のは……伯父さんの中学生のころ?
目を開けて、私は自分の首をさする。痕などはない。横には同じように今起きたばかりという顔の伯父さんと父がいた。
「し……死んだ?」
「死んで、なかったことになったのか」
どうやら二人とも先ほどの記憶があるらしい。あの洋館とは違うみたいだ。
しかし今の夢を見たのは私だけなのか、二人とも盛んに美術室の話をするだけだった。
「不正解だと殺されるらしいな。慎重にやらなきゃならん。次に失敗して必ずしもなかったことになるとは限らない」
「なんでそんなに冷静でいられるんですか!?」
私と伯父さんは立ち上がり、「とりあえずもう一回美術室行ってみよっか」「佳乃子、お前はここで待ってていいんだぞ」と言い合う。伯父さんはすぐに私を置いて行こうとする。私はちょっとムッとして、「行くって。一緒にいないと私だけミッション成功したことになんないかもよ?」と言ってみた。伯父さんは「それもそうか」と腕組みする。
「あなたは来なくてもいいけどね」と私は父を見た。父は言葉に詰まった様子で、何も言わずに立ち上がる。
また美術室を訪れ、絵の中の女性と話をした。すると父が軽く咳払いをして、「少し話をしても?」と言い出す。父は女性と話を始めた。
「その殿方というのは、この美術室の中にいますか?」
『いいえ』
「その殿方というのは、あなたと同じ絵画ですか?」
『いいえ』
「その殿方というのは、実在の人物ですか?」
『ええ』
「その殿方というのは、あなたよりも年下ですか?」
『ええ』
「その殿方は黒い服以外に何か身につけていますか?」
『ええ。チェック柄のネクタイと、胸元に小さな青い薔薇のピンを』
「ありがとうございます」
父は私と伯父さんに向き直り、「大体わかりました」と眼鏡を上げる。
「先ほど、り……佳乃子が言っていた通り、この美術室の中ならあの妙な草を伸ばして探せばいいだけなので、外にあるのではないかと考えましたが、どうやらそのようです」
「なるほど」
「それとここで重要なのは、探すのが絵画ではないということです。絵画でなく額縁に飾られているのであれば」
「……あ、写真かな?」
「額に入った写真なんてどこに……ああ、校長室にたくさんあるか」
「行ってみましょう」
「脈絡なく人を刺した人間とは思えない冷静な推理じゃないか」
「脈絡はあったでしょう……」
「脈絡があってもダメなんだよ」
私たちはさっそく校長室へ向かい、該当しそうな写真を額縁ごと持っていくことにした。美術室に戻り、私は父にその額を持たせる。
「私たちはここで見てるから、行ってきて」
「えっ……」
隣で伯父さんが吹き出した。「いいぞ。ここで男を見せろ」と楽しそうに父の背中を叩く。父は何か言いたそうな顔をして、すぐにぐっと拳を握りながら私たちに背中を向けた。絵の中の女性と対峙し、「この方ではないでしょうか」と校長先生の写真を差し出す。
『ごきげんよう、素敵な方。やっとお会いできましたわね』
すると校長先生の写真も動き出し、ウインクをした。
『こんにちは、お嬢さん。お会いできて光栄です』と話す。
父は振り向き、「正解だったみたいです!」と両手を上げた。伯父さんが右手の親指を上げてみせる。父は一瞬嬉しそうな顔をして、すぐハッとした様子で先程までのむすっとした表情に戻った。
「……まるで野良猫を相手にしているようだ。ちょっと引っかかれただけだと思うと可愛く思えてくるな」
「伯父さん死にかけてんだって!」
父が美術室を出てきたので、「じゃあ次行くか」と伯父さんは言う。私はちらっと父のことを見て『なんか仲間みたいになってきたけどこの人が元凶なんだよな』と思い直すなどした。
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