第7話 二周目、新たなサポートキャラと出会う。

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 いや、えっぐ……! 二週目えぐすぎるでしょ。のっけからフルで来るじゃん。しかもこっちは一人だって言うのに。


 私は玄関ホールで目を覚ます。正直、女の影には慣れてきていた。それほど動きは速くない。包丁を持って襲い掛かってくるのを避けながら、どう動くのが正解か考えていた。

 もしかして、二階に行くのは悪手なのかな。でもこの玄関ホールから行けるところって限られてるし。やっぱり階段を上がって――――すぐどこかの部屋に入る。それで行こう。


 私は走り出し、階段を駆け上がった。子どもの声が聞こえてきたが、止まらずに部屋に入る。『やつらはかくれんぼはそれほど上手じゃない』と伯父さんは言っていた。すぐベッドの下に隠れる。そうして、子どもの声が止むのを待っていた。

 ようやく声が止んだ頃、私はベッドの下から出る。とりあえずドアに耳を当て、廊下の様子を探ろうとした。


「随分と肝が据わっているじゃないか、佳乃子」


 私は猫のように飛び上がる。思わず低い声が出た。「静かにしろ、静かに」と人差し指を唇に当てたのは、子どもだ。小学生くらいだろうか。それぐらいの小さな男の子だ。

「だ、誰!? 敵か味方かのどちらかで言って!」

「味方」

「まず名を名乗れ!!」

「お前が『敵か味方か』って言ったんじゃないか」

 少年は見かけによらず大人びた口調でそう言った。私はちょっと落ち着いて、「誰なの?」ともう一度尋ねる。名前は、とその子が口を開いた。

「俺の名前、江良久志だよ。よく知ってる名前だろ?」


 もちろん、知っている。伯父さんの名前だ。だが、そんなことを言われても。


「オジサン、ソト、オイテキタ。アナタ、ダレ?」と私は思わず片言で聞き返してしまう。男の子はちょっと呆れて、「嘘ついてないよ。俺の名前、江良久志っていうんだ。たぶんお前の伯父さんなんだよ」と言った。

「そんなの、ありえないよ。……ハッ、もしかして本物の伯父さん? 本物の伯父さん、ショタになっちゃったの?」

「何言ってるんだお前は」

「私ここに、本物の伯父さんを探しに来たの。前に来たとき……置いて行っちゃったのかなって思ったから」

 少年は腕を組み、「実のところ俺にもよくわからないんだ」と話す。


「俺、気づいたらここにいてさ。たぶん一ヶ月ぐらい前から、ずっとここでお前のこと待ってたんだ。俺は今十歳だけど、なんでだかお前のこと知ってる。俺の姪っ子になるんだろ? それで、お前のこと助けなきゃいけないってことだけわかるんだ。でもお前の話だと、もう一人俺がいるんだよな?」

「でもその人は偽物だよ」

「それはどうかな。お前がそう思いたいだけじゃないの」


 少年は一度だけ瞬きをして、「俺、自分が本物だとは思えないんだよ」と言った。

「お前のこと知ってるって言ったけど、本当に知ってるだけなんだ。それも、全部知ってるわけじゃない。ところどころ知ってるんだ。たぶん俺、お前がこのゲームをクリアするためにいるサポートキャラなんじゃないかな」

「……ゲームだってわかるの?」

「何となく」

「そっか……じゃあ、何て呼べばいいかな」

 さすがに『伯父さん』と呼ぶのは抵抗がある。少年は鼻を鳴らしながら「江良くんって呼べよ。学校でもそう呼ばれてるし」と肩をすくめた。

「江良くんさ」

「何だよ」

「早速聞いていい?」

「俺にわかることなら」

「なんか難易度上がってる気がするんだけど、このゲーム。二周目だから?」

「てか、ペナルティじゃないの。前回、ちゃんとクリアせずに外に出たから」

「やっぱあれ、クリアじゃなかったんだ……」

「当たり前じゃん。あんなんでクリアしないって普通」

「あんなんで、って言うけどやったの未来のあなただよ」

 ムッとした様子の江良くんが、「それはお前にも問題がある」と私を指さす。

「なんで俺に、これがゲームだってこと言わないの? ゲームなんだからなんかルールがあるはずなんだって言ったら、考え方も違ったろ」

「そんなの……信じられないと思って……」

「信じたさ。お前の言うことなら」

「うっ……」

 実際、そうなのかもしれなかった。それでも私は言えなかったのだ。伯父さんに頭のおかしな娘だと思われたくなかった。

「でも信じてくれなかったよ」と私は呟く。「本物の伯父さんはまだこの館にいるのかも、って言った時」と江良くんを見た。江良くんは「だから偽物だと思うの?」と私に尋ねる。そういうわけじゃないけど、と私はうつむいた。

「そんなこと簡単に認めて『そうかもしれないな。じゃあ本物の俺を探しに行こうか』とか言い出したらそっちの方が怖いと思うけどな」

「それは……確かに……」

 自分の足元の埃を払って、江良くんは「とにかくゲームをクリアさせようぜ」と私を見る。「クリアすれば、伯父さんは元に戻るかな」と私は不安を口にした。緩やかに首を振った江良くんが「そんなこと知らないよ。俺、もう一人の俺がどんな状況かも知らないし」とだけ言った。


「江良くん、どうすればクリアできるか知ってるの?」

「まあ……。この一ヶ月、たくさん探索したからな。でも正解は教えられない。どんなペナルティがつくかわからないし」

「だよね」

「とにかく片っ端から探索していくしかないんじゃないか」

「結構見たけどなぁ」

「見ただけだろ。箱は全部開ける、本は全部開いて見る、ぐらいしないとダメだ」


 ため息をつきながら、私は「化け物に追いかけられながらそんな余裕ある人間いる?」と抗議する。きょとんとした江良くんが、「まさかと思うけど」と眉をひそめた。

「あの化け物が音に反応してるってこと、気づいてない? 二周目なのに?」

「えっ」

「少なくともあの女の影は音を立てなければ追いかけてこないよ。探索は割と安全なはずなんだけど」

「……知らんかった。てか気づかんでしょ。だって見かけたら即逃げちゃうじゃん、普通」

「見たら動かない。喋らない。これ鉄則」

「伯父さんだって気づいてなかったよ。一ヶ月もここにいる人じゃないとわかんないって」

「じゃあ俺の一ヶ月に敬意を表して給料をくれ」

「あげたいけど……」

 冗談だよ、と江良くんは言って片目をつむった。


 江良くんの言うとおり、私は片っ端から部屋を探索することにした。前に伯父さんが言っていたが、どうも全て子ども部屋のようだ。大家族であるというよりは、やはり学校の寮だとか養護施設の可能性の方が高いだろう。

 この部屋の主は男の子だろうか。飛行機の模型などが置いてあった。「どれぐらい探索すればいいのかわかんないよ」と言いながらその飛行機を手に取ると、キーンと耳鳴りのようなものが聞こえる。

『おい泥棒! オレの飛行機から手を離せ』


 驚いて振り向けば、子どもの影が背後にいる。うわ、と逃げようとすると江良くんが「落ち着け。イベントだ」と私の腕を掴んだ。「い、イベント!?」と私の声は裏返る。

『せんせーに言っちゃお。泥棒はおやつ抜きだぞ』

 私はその影に腰を低くしながら「勘弁してください」と頼んでみた。

「ちょっと掃除をしてあげようと思っただけだよ。君の飛行機を盗もうとなんてしてないったら」

『本当かよ。信じらんねー』

 どうやら会話ができるようで驚いた。黒い影は何か考えている様子だった。

『この前、もう一個の飛行機が盗まれたんだ。それを取り戻してきてくれたら信じてやる』

「はぇっ?」

『じゃなきゃお前らのことも泥棒って先生に言いつけるからな!』

 そのまま影は消えてしまった。私は江良くんを見る。江良くんは腰に手を当てて、「本来こうやってイベントを起こしながら進めていくゲームだぞ。お前たちは一つも見なかったんだけど」と言ってのけた。「マジかぁ……」と私は呟く。


 次の部屋ではベッドの下の大きな箱を開けた瞬間に黒い影の女の子が部屋の真ん中に出現した。女の子はどうやら膝を抱えて泣いているようで、『その箱にくまちゃんがいたの』と言う。

『いなくなっちゃったの』

「……探そうか?」

『そうして』

 黒い影はすうっと消えていった。


 その次の部屋でも、子どもの影は現れた。部屋ごとに何がスイッチになるかは違うが、どの子どもも探し物をしているようだった。

 私はメモ機能くらいしか役に立たないスマホを起動して、探し物リストを作る。『玩具の飛行機、クマのぬいぐるみ、新品の地球儀、絵本、玩具の海賊ナイフ、先生の髪飾り……』と打ち込んで一息ついた。

「とりあえず、これを探せばいいのかな?」

「そうだな」

 一歩ぐらいは前進したろうか。思いのほか時間がかかりそうで、私はちょっとだけうんざりした。


 何度か女の影を見かけたけれど、江良くんの言う通り息を殺して突っ立っている分には素通りされるようだった。拍子抜けですらある。


 前回行かなかった部屋にもたくさん行った。たとえば厨房のようなところに行くと、調理器具と一緒に玩具の海賊ナイフが並べられたりしていた。そのような要領で、探し物を見つけていくらしい。

 新品の地球儀は本のたくさん並んだ談話室のような場所に。絵本も同じタイトルのものが二つ見つかり、恐らくこれではないかと持っていくことにした。シャワールームには髪飾りが落ちており、『先生の』かは不明だがこれも持っていく。


 子ども部屋の一つに入ると、まだ何もしていないのにそこには小さな黒い影があった。どうやら男の子のようだ。どこか気まずそうに、『ヘイ。ベルのくまを探してる?』と声をかけてきた。

「うん。知ってるの?」

『オレ……オレ、持ってるんだ実は』

 言いながら男の子はいそいそとベッドの下からちょっとぺっちゃんこになった熊のぬいぐるみを出す。私は顔をしかめて、「なんで?」と尋ねてみた。

『なんか……オレ、あいつに変なことばっかしちゃうんだよ。この前も髪の毛を引っ張っちゃったんだ。何でだろう』

「それはよくないなぁ、少年。気を引くためでも意地悪はしちゃダメだよ」

『オレ、謝りたいんだ』

「よーし、任せろ。言ってきてあげる。でもそれで許してもらえるかどうかはわかんないよ?」

『うん……オレの名前、ジェームズ。ジェームズが謝りたがってたって言って』


 私は大きめのテディベアを背負って、先ほどの女の子の部屋を訪れた。部屋に入った瞬間に女の子の影が現れて、『わたしのくまちゃん!』と喜びの声を上げる。

『ありがとう、お姉さんたち』

「うん。それでね、ベル。ジェームズから伝言。謝りたいって」

『ジェームズ? くまちゃん、ジェームズが連れて行ったの?』

 私は脳味噌をフル回転させ、「ジェームズもそのくまちゃんと遊びたかったんだって。でも黙って連れて行ったこと、謝りたいって」と女の子に話す。女の子は『うーん』と悩んで、『いいわ。談話室でね』と顔を上げた。

『あのね、ジェームズってとっても意地悪なんだけど、前に一度だけわたしが転んだ時に絆創膏貼ってくれたの。優しいのか意地悪なのかわかんないけど、謝りたいって言うなら聞いてもいいわ』

「よかった。じゃあジェームズに談話室で、って伝えるね」

『ありがとう』

 その後私はジェームズという少年の部屋に戻り、『談話室で』という伝言を伝えた。少年は頷き、そのまま部屋を出て行く。


 恐らく放っておいてもよかったのだろうが、ここまで首を突っ込んだら顛末を見たくなるのが人間だ。私も談話室らしき部屋に行き、二人の成り行きを見ることにした。

 少年は少女に対し、何かキャンディのようなものを差し出している。

『くまをとって行ってごめん。これ、オレのおやつ。それだけ』

『ねえジェームズ』

『う、うん』

『あなたもくまちゃんと遊びたいなら、今度三人で遊びましょうよ。わたしもおやつを持ってくるわ』

『え……いいの?』

『くまちゃんがわたしのところにすぐ戻って来なかったのは、あなたのところも悪くなかったからよ。きっとあなたと友達になってもいいと思ったんだわ』

『……そうかな』

 ぺったんこにされてたけどね。


 そうして二つの影は消えていく。よかったじゃん、と思っていると頭の奥で耳鳴りのような音がした。


 暖かい。どうやら暖炉に火がともっているようだ。周りが騒がしい。

『ジェームズ! わたしのくまちゃんを隠したって本当!?』

 少女の顔が見える。黒い影などではない。柔らかそうな茶色の髪をおさげにした女の子だった。対して少年は、そばかすのある赤毛の男の子だ。

『だっ……だったら何だよ。お前、もう七歳なのにずっとあんなぬいぐるみに抱っこしてもらってるつもりかよ』

 少年が言うと、少女は顔を真っ赤にして睨みつけた。

 そこに黒いドレスを着た女性が現れる。『どうしたんです、ベル。ジェームズ。ここは静かに本を読んだりお話をするところですよ。喧嘩はやめなさい』と二人を叱った。

 先生、と同時に二人が訴える。女性はそれぞれから話を聞き、『ジェームズ。人のものを隠してはいけません。どんなものでもです』とキツい口調で言った。

 ジェームズは黙り、うつむいている。それから女性は優しい声で『ベル。もし喧嘩になりそうなときは、先に先生の方に相談してもいいんですよ』と話した。

『もういいよ。もうお前なんかのこと構わない』

『そうして。あなたがわたしにしたことで、嬉しかったことなんて一つもないもの』

 そう言って、二人はそれぞれ談話室を出て行ってしまった。ため息をついた女性が、『難しいわね』と呟いた。


 パッと辺りが暗くなる。現実に帰ってきたようだった。私はしばらくぼうっとして、「なんか記憶みたいなのが見えた」と江良くんに報告する。江良くんはちょっと目を丸くして、「へえ」と言った。

「そういうイベントもあるんだ」

「江良くんには見えなかった?」

「うん。あの二人が仲直りするところは見てたけど」

 私は館を見渡す。ただのゲームの舞台だったものが、少しずつ現実味を帯びていく。「本当にここに人が住んでいて、生活してたんだ」と呟いた。


 見つけた探し物を持ち主に返しつつ、探索を進める。最初のイベント以降、子どもの影に襲われることはなくなっていた。あの女の影さえやり過ごせばいいのだから、簡単だ。


 ある部屋に入り、私は「あっ」と声を漏らす。

「この部屋、覚えてる。オルゴールの部屋だ」

 オルゴールの音がひときわ大きく聞こえる部屋。確か家主は――――

 私は本棚から日記帳を出す。やはりそこには『トムとジア』と書かれていた。開くと、しかしそこには前と異なる文章が踊っている。


『あいつら、なんでもかんでも僕たちがやったって!」

『僕らを泥棒呼ばわりする。自分で失くしただけなのに』

『そうだ。僕たちが盗ったものなんて……ロビンの飛行機くらいなのに』


 私は呆れて日記帳を閉じた。「泥棒してんじゃん」と言いながら部屋の中を探す。机の引き出しの中に、解体された玩具の飛行機が入っていた。

「おっとぉ……バラバラになってるぞ……」

「任せとけ。俺はこういう作業は得意だぞ」

 そう言って、江良くんがそれを組み立て始める。みるみるうちに立派な飛行機の姿になった。


 それを慎重に抱えて、ロビンという子の部屋に行く。ドアを開けると少年の影があり、『本当に見つけたのかよ!?』と叫んだ。

『すごいじゃん、お前ら。最高だよ』

「ええ、まあ……こんなん朝飯前ですよ」

『どこにあったんだ?』

 私は迷ったが、「トムとジアって子の部屋だよ」と正直に答える。少年は『やっぱりあいつらかよ!』と憤慨した。

『あいつら、新入りのくせに先生のことも困らせるし』

「問題児なんだね」

『本当に、あいつらさえいなければ!』

 どうやらトムという子とジアという子はかなり嫌われているようだ。まあ、実際に泥棒などをしているわけだから仕方ないのかもしれないが。


 部屋を出た瞬間、また耳鳴りがした。小さな暗い部屋だ。男の子が二人座らされていて、目の前には女性が立っている。

『どうしてロビンの飛行機を盗んだんです?』

『だってあいつ……すごく自慢をするから』

『ムカついたんだ。でも、すぐ返そうと思ってたよ』

『三月も隠していたじゃありませんか』

『それは……どうせなら僕たちも遊んでみたくて……』

『どういう風になってるか知りたくて解体したら、元に戻せなくなっちゃったんだ』

『なぜ正直に言わなかったんです?』

『正直に言ったって……』

『許してくれるわけじゃないじゃないか……』

 女性は深くため息をついた。少年らはびくりと肩を震わせ、『でも他のは本当に知らないよ』『ぼくたちじゃないよ』と訴える。

『嘘をつく子の言うことは、そう簡単に信じられません』と女性はきっぱり言った。


 またお馴染みの洋館の廊下に意識が戻ってくる。私は目をこすって、「あとはこの髪飾りを返すだけだね」と江良くんに言った。


 髪飾りを頼んできた女の子は嬉しそうに『ああよかった。先生の髪飾り、使わせてもらってたのに失くしちゃったの。先生の大事なものだから、返さなきゃいけないわ』とすぐさま駆け出して行ってしまった。私と江良くんは顔を見合わせ、それを追いかける。

 女の子の影は階段を下りて行った。『先生』に会うのだろうか。私も薄々、この子らの言う『先生』というのがあの黒い影の女性であることを勘づいていた。なので恐る恐るではあるが、私たちは女の子について行く。


 しかしまったく予想外の出来事が私たちを襲った。一階の玄関ホールに、よく知る人物が歩いていたのだ。


「佳乃子……佳乃子、どこにいるんだ」


 伯父さんである。隣にいる江良くんではなく、見知った姿の――――大人の伯父さんだ。外に置いてきて完全に忘れていたが、私を追いかけて中に入ってきたのだろうか。

 しかし、しかしである。

「……なんで包丁持ってるの?」

「いや俺に聞くな。知らん」

 伯父さんは包丁を片手にうろうろしていた。「佳乃子、おいで」と私を呼んでいる。

「行かない方がいいよね? あの雰囲気」

「いやだから俺に聞くな。俺は未来の俺のことなんて知らないんだ」

 伯父さんが階段を上がってくるようだったので、私たちは息を殺して反対側の階段から降りることにした。何とか行き違いで一階にたどり着き、例の女の子の影を探す。


 ふと階段の真下の暗がりに光を見た。ドアが開いている。そもそも――――

「こんなとこに部屋があったんだ」

「条件クリアで開放されたのかもな」

 音を立てずに入り込んだ。暗い部屋だ。私は、先ほど少年たちが叱られていた部屋と同じみたいだなと思った。


 部屋の中には誰もいなかった。書斎、というのだろうか。立派な机と椅子、本棚がある。机の引き出しには、先ほど少女に返した髪飾りが入っていた。それから机の上に、ノートが一冊開いて置いてある。

 ぺらぺらめくると、それは日記帳のようだった。


 頭痛。そして耳鳴り。景色が変わった。


『ジェームズとベルは仲違いをしたままだ。素直になれないだけで、本当は一生の友達になったかもしれないのに。私に何ができるだろう』

 頑なに挨拶を交わさずすれ違う少年と少女の光景が視界に広がる。


『トムとジアはなぜああも悪戯ばかりするのか。とうとうロビンの飛行機を盗んでしまった。まだこの館に来たばかりで寂しいのもあるだろうが、このままではこの館でも完全に孤立してしまうだろう。どうすればいいのか』

 二人の少年が歩いている。その横を通り過ぎる子どもたちが『おい泥棒』と囃し立てて行った。二人の少年はただ黙ってそれを無視している。


『子どもたちが外で物音がするというので、恐る恐る包丁を片手に外に出てみた。それがただの野犬であるということはすぐわかったけれど、こんな私で子どもたちを守れるだろうか』

 女性が包丁を持って夜中に外に出て行く。恐怖で震えながら、しかし犬の鳴き声が聞こえてほっと安堵の表情を浮かべた。彼女は目が悪いのかもしれない。鳴き声を聞くまではひどく怯えていた。


『不甲斐ない先生でごめんなさい、みんな。あなたたちを守れるように頑張りたい。ああ……また大人の人が、できれば男の人がもう一人くらいいてくれたらよかったのだけど』

 女性はこの部屋で日記を書いている。小さくため息をつき、ノートを閉じた。


 ふっと意識が現実に戻される。江良くんはノートの文字を読んで、「やっぱりここは養護施設みたいなもんだったんだな」と言った。私も同意して、「この人、一人で子供たちの面倒を見ていたのかな。すごく大変そう」と感想を言う。

「最初から一人だったんじゃなく、一人になってしまったのかもしれない。この書き方だと」

「そうだね。それでも子供たちを見捨てないで頑張ってたんだ。……あの黒い影の女の人なのかな?」

「そう思うけどな」

 部屋の中をあらかた調べつくし、私たちは部屋を出ることにした。


 ドアを開け、玄関ホールを出る。

「あとはどこを調べればいいんだろう」

「お前、ホラーゲームってそんなにやったことないのか? 一つイベントが進んだらまた同じところを調べ直す。これも鉄則だぞ」

「逆に十歳の伯父さんがどうしてそんなことを知ってるのか謎」

「まあお助けキャラだしな」

 仕方なくまた子ども部屋を調べ直そうとしたその時だ。


「佳乃子」


 思わず「げっ」と声が出てしまった。伯父さんが、足音を響かせてこちらに歩いてきている。

「もうちょっとでクリアするから! クリアしそうだから! そしたらたぶん、色んなことがわかるから!」と私は伯父さんをなだめようとする。伯父さんはそれを聞かず、包丁を振りかざしながら迫ってきた。咄嗟に目を閉じれば、刃物が空を切る音が聞こえてくる。

 目を開けると、隣の江良くんが倒れていた。胸から大量の血を流している。私は呆気にとられ、返り血まみれの伯父さんを見た。

「どうして……?」

「帰ろう、佳乃子」

「どうしてこの子のこと刺したの? 伯父さん……なんだよ、この子」

「ああ、そうなんだろうな」

 私はカッとなって、伯父さんの腕を掴む。伯父さんは「やめなさい」と言ったが、そのまま私はためらいなく包丁で自分の首を突き刺した。一歩二歩とふらついて、後ろ向きに倒れる。


 伯父さんは呆然とその場に突っ立っていて、「佳乃子……?」と私の名前を呼んでいた。

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