第6話 やっぱセオリーって大事だよね、二周目いってきます。
15
伯父さんは少なくとも、折れた左腕が治るまでは仕事を休むことになったらしい。「ちゃんと休んでよね」と母にキツく言われて、ほとんど部屋から出て来なかった。
私はといえば大した怪我もなかったので、今まで通り学校に通っていた。友達にも例の洋館のことは言わなかった。言っても誰が信じてくれるのかという話だったし。
最初のうち私は伯父さんの部屋に通って、あれが何だったのかよく話をした。
「思い返してみると、ほんとに大変な目に会ったよね」
「まあ。俺は現在進行形で大変だ。このまま一ヶ月も何もせずにいろって言うのか……?」
「伯父さんはさぁ、ちょっとは休んだ方がいいよ。今までろくに休み取ってなかったんでしょ」
「腕なんて一本折れてても仕事はできると思うんだけどな」
私は呆れて、「お母さんに言いつけるよ」と脅す。伯父さんは苦笑して、「あいつってどうしてあんなにいつも怒っているんだろう。母親になってからというもの本当に厳しくなった」としみじみ言っていた。
そのうちわざわざ部屋を訪ねるのも迷惑かと思い、私はしばらく伯父さんの顔を見ることはなかった。母は少し困った様子で「別に部屋から出ちゃダメとは言ってないんだけどね」と言っていた。
「なんか……ちょっと様子がおかしいのよねえ、お兄ちゃん」
「そうなの?」
「いきなり仕事休んで、張り合いがなくなっちゃったのかしら。あんたも会いに行きなさい。あの人はあんたのこと、本当に可愛がってるんだから」
それについては、今回の件で私も痛いほど知っていた。
久しぶりに伯父さんの部屋に行くと、伯父さんはベッドの上でぼうっと窓の外を見ていた。「伯父さん」と声をかければ、億劫そうにこちらを見て「かのこ」と呟く。
「元気ないね」
「そんなことないよ。色んなことに飽きてきたところだ」
「ゲームする?」
「いいな。お前となら楽しそうだ」
その日は伯父さんとボードゲームをして、部屋を出た。
次の日、私は母の短い悲鳴で目を覚ます。飛び起きて自室を出ると、リビングの方で母の声がした。
「なんで……お兄ちゃん。そんなに急に白髪になっちゃったの!?」
急いでリビングに入ると、そこには母と伯父さんがいた。確かに伯父さんの頭は見事な白髪となっている。私はそれを見て、ひっと息を呑んだ。
「大したことじゃない……お前は昔から大袈裟だ」
「びょ、病院に行こう、お兄ちゃん。遭難してからずっとおかしいよ」
伯父さんは母を抱き寄せて、「大丈夫だ。心配するな、七美」と母の頭に手を置く。それから何も言わず、リビングを出て行こうとした。
私はすれ違いざま「伯父さん」と声をかけたけれど、伯父さんは立ち止まらなかった。
残された母が、「何かあったの?」と私に尋ねてくる。
「あの日、やっぱり何かあったの?」
「ごめん。上手に説明できなくて」
「……昔からすごく無理をする人で、いつか限界が来ちゃうんじゃないかって気が気じゃなかった」
「うん。わかる、よ」
「でも『もういいんだよ、十分だよ』って言ったら、それこそすぐにどこかへ消えてしまいそうで言えなかった」
私は拳を握って、それからしっかり母の目を見た。「取り戻しに行く」と宣言する。
「私、伯父さんのこと取り戻しに行ってくる」
「えっ……?」
「大丈夫。心配しないで。上手くいくから」
母に背中を向け、私は走り出した。
16
息せき切って走って、私はあの山を訪れていた。足元の悪い道をどんどん進んでいく。そしてそこに、あの洋館はあった。
消えてなくなったはずの洋館だ。しかし私はそれがあるとほとんど確信していたので、驚きも何もなかった。ただ覚悟を決めて、ドアノブに手を伸ばす。
「佳乃子」
声をかけられ、私は振り向いた。そこには伯父さんがいて、真っすぐに私を見ている。
「どうしてまたこんなところに来たんだ? あんなに危ない目にあったろう」
「私、伯父さんのこと探しに来たの」
「俺を……?」
瞬きをして、私は伯父さんと向き合った。「あなたは誰なの?」と尋ねる。伯父さんは僅かに身じろぎをして、「誰? 俺がわからないのか?」と困惑の表情を見せた。
「思い出したの、私。この館から出てきたとき、私の人形はあったけど伯父さんの人形はなかったんだって。それで、もしかしてあの人形の方が本物の伯父さんだったんじゃないかって」
「何を……言っているんだ……?」
「だっておかしいよ、伯父さん」
「おかしいのはお前だ、佳乃子。自分がどんな荒唐無稽な話をしているかわかっているだろう」
「でも、そうとしか思えないよ。ちゃんとクリアしないと」
伯父さんは微かな苛立ちを含ませた声で「どうして聞いてくれないんだ、佳乃子。危ないことをするな」と私を叱る。
「俺は何もおかしくない」
「私、きっと違う人を連れて帰っちゃったんだ」
「どうして……そんなことを言うんだ……」
私は伯父さんを振り切り、ドアを開けた。
瞬間、衣擦れの音が聞こえる。すでに黒い影が迫ってきていた。
え? エンカウント早すぎ。これが二週目? 難易度、えぐ……。
私は一瞬で辺りを見渡す。人形はどこにも落ちていない。それから黒い影を避け、一目散に階段を駆け上がった。途端に『お前たちが、お前たちが』と子供の声が聞こえ、わっと小さな影がわく。さすがに驚いて固まっていると、無数の影が手を伸ばしてきて私の足を掴んだ。そのまま引きずられ、階段から落とされる。
暗転。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます