第十九節 迫害の始まり
メシア
特に対立が激しかった、というより、意見のぶつかり合いに私がしばしば巻き込まれたのは、十二弟子のうち誰に仕えるのが一番いいか、という話だった。始め、それは私達が昔、誰が一番偉い弟子なのか、と争っていたことと同じことだと思っていた。だがそうではなかった。誰の元に着けば、自分の家系が役職につきつづけられるか、ということだった。私はそれに、強い嫌悪感を持っており、それを隠して仲裁することが出来なかったのである。
それは、新しい祭司家系になろうという魂胆だ。本来十二弟子の中で位の高い家系に生まれたのは、
「…ん?」
隠れ家を移動した時だった。
「根を詰めすぎです、
「
ちらっと杯の中身を確認し、
「ですが、お二人は今やエルサレム教団の双肩です。どちらかが倒れられては、だれも代理が出来ません。もうお休みください。せめて亜母さんだけでも。文字は私も書けますから。」
「弟が起きてるのに、兄だけ眠れるかってんだ。」
「―――いや、亜母、寝ていいよ。おいら、桂冠に話が出来たから。」
「
「あ…っと、私、桂冠に話が出来たから。」
よろしい、と、無言で
「じゃ、ぼくは少し休むよ。まあ、どうせあまり外に出られないからね、『亜母』が浸透するまで。」
私への皮肉なのか、自分への嘲笑なのか分からない言葉を残し、
私が、
「お、お話とはなんでしょうか。」
「いやあ、うん。今の気遣いで思ったんだけど………。桂冠、君に仲裁者を任せたい。」
「仲裁…? ヘブライストとヘレニストの、ですか?」
「血筋と伝統を重んじるヘブライスト、メシア
「お気持ちは分かります。ですが、私のようなものに勤まるでしょうか。私はヘレニストです。ヘブライスト達には敵視されています。」
「そんな事はない。彼等も君を認めているよ。何だったら、明日、くじを引こう。勿論、十二弟子も含めた、エルサレム教団全員でだ。」
「結果は見えていると思いますが…。
桂冠は、渋々、というよりも、怖々頷いた。自分が評価されると言うことは、誰でも思い起こす恐怖らしい。
朝食の後、私は特に説明も無く、『最も
ちなみに、桂冠が始めに仲裁した喧嘩は、『ローマ人の青年とユダヤ人の寡のどちらが、
私は桂冠に助祭という役目を与え、他にも何人かの助祭を選んだ。桂冠が抜きん出た助祭の才能を持っていたが、それも長くは続かなかった。
というのは、大規模なナザレ派狩りが行われたからである。桂冠の殉教は、その先駆けだった。しかも、その首謀者は、
なんという恩知らずな。なんという薄情な。神の名にかかれば、何をしても良いというのか。
何が神の子だ。何がメシア
私が悪かったのだろうか。助祭などと、自分が楽をしたいと任命したから、神は私から、エルサレム教団から、桂冠というあまりに模範的な神の使徒を奪い去ったのだろうか。司教に任ぜられたからには、私は滅私奉公の精神を貫かなければならないのだろうか。日が沈んでから日がもう一度沈むまで、一日中、一日たりとも休むことなく? それは喜びなのかもしれないし、恵みなのかもしれない。それ以外を考えずに済むのなら。だが今の私達は違う。脆弱で、メシア
私は血を吐いて倒れた。桂冠がいなくなった。またあの忙しく、休む暇のない毎日がやってくる、と、思ったら、胸が裂けてしまったらしい。今襲われたら、私は多少の尋問でも死んでしまうだろう。そう考えたらしい同胞達は、
何十日か後、
隠れ家を移したところで、私達のやることは変わらない。
私は、エルサレム司教だからだ。夜、明日の予定を話終わった後の
「それについては、祈るしかないとしか言えないね。今おいらがエルサレムに戻っても、あの…ええと、なんて言ったかな、とにかくあのチビ助に食われるだけだ。」
「でも、先生のお疲れを取るのが第一では? エルサレムから歩いて三日なんて、とてもお疲れの筈です。しばらくは何も考えない時間も必要ですよ。」
「そうしてくれるとありがたい。エルサレムを出てくるときに、少し人を説得したから、まだ疲れてる。」
「え、何それ、聞いてない。」
「まあ…。祈りはおいらの専売特許みたいなものだからね、その為に助祭を作ったんだから。
「馬鹿、
「えっ?」
え?
「な、なんだよ。」
「いや…。てっきり、
「んな訳あるかッ! 大体ぼくは―――。」
反論した
そりゃそうだろう。あれだけ近くに置いていたのだ。いつでも使いとして使っていたのだ。そして
「………。寝る。」
気まずい空気のまま、
何か、とんでもなくまずいものを見てしまうような気がしたからだ。
「ねえ、
夜中、
「起きてる。」
「
「…ああ、
「そうそう。」
「おいらは別に、そういうのは気にしたことないな………。というか、あの宣言はおいらの方がびっくりした。なんで
「おじいちゃん、思うんだけど、
「いや、それはない。」
私は即座に否定した。そしてごろりと転がって、
「おいらは生まれついての穢れだ。
「いやいや、曲がりなりにもエルサレム司教でらっしゃるじゃないか、
「………親なの、
「親子に、年の差なんて関係ないものさ。況して拾い子だからね。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
「まあ…。もし、
「いうんなら?」
「………寝る。」
「おやすみ、ごめんね。」
私は二の句が継げなかった。
だが、その前に答えてもらわなければならない。
―――どうして、
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