第十八節 呪いを祝福せよ
全てが終わり、これから全てが始まるという頃、私はエルサレムに有志が建てた教会で、司教として担がれた。理由は勿論、メシア
それに伴い、十字架に立ち会った母と、その母の共をしてエルサレムに上ってきていた和と
そして、そこに寄り添うことは出来なかった。私はエルサレム司教として、
それに、エルサレムにはまだ敵が多かった。私達は同志の家に隠れて、移動しながらの伝道だった。
それは、
私がその異変に気付いたのは、エルサレムの隠れ家の一つで、比較的新しく弟子になった女達に、初期のメシア
「
「まあ、酷い汗!」
「こちら、酢水です、お飲みください。」
「迫害されたのですか? お怪我は?」
女達が恐る恐る聞いていくが、
「
「
「皆さん、今日はこれまでにさせてください。わたしの兄弟を落ち着けなくてはいけません。…それから、そう、そこの君、彼と一緒に行った
「はい、
「ほら、
「
心底驚いたが、なるべく動揺を悟られないように返す。
「どうして?」
「…ぼくの名前は、『
???
「答えになってないよ。何があったの? おいらはメシアじゃないよ、言って貰わなきゃわかんない。」
「
「そんな…。だって、
まさか。まさかまさかまさか。
そんなに愚かだというのか、聴衆は。
そんなに愚昧だというのか、イスラエル人は。
―――そんなに穢らわしい考え方をするというのか、私たちを穢れにした人間達はッ!
「そうだよ、名前だ。名前が似てて…それで、聞き違えた聴衆がいて、一気に会堂が暴徒の渦に―――。」
「
「ぎゃんっ!」
ガコン! と、後ろから押され、私は
「大変です大変です、先生が、先生が殺されちゃう!!」
「せ、先生って、
「
その後ろから、服の首の部分を直しながら、
「先生ィーーーっ! 良かった、生きてらっしゃった! 馬が残ってたから、どうなったかと!」
うれし泣きを始めた
「嫁入り前の娘が、そう男に泣き顔を見せるんじゃないよ。ほら、ぼくは幽霊の類じゃないから、ここにお座り。」
私は大体似たような話を、
と、ずっと黙っていた
「そもそも、どこにも行かなくても良いのでは? 先生の本名が問題なら、先生はメシアの使徒として新しい名前を、
これだ、と、私は直感した。それは
「それだ! その方が良い! そうしよう、
「それはいい! 是非そうしよう、まだおいらは一人じゃ何もできないから、だから新しい名前をつけよう。」
「ええ………。」
心底、
さて、そうとなれば名前を決めなければ。本人が乗り気でない以上、彼がいると話が進まない可能性があったので、部屋を出てもらった。私達は三日三晩、考えに考え抜き、時には様子を見に来た謦咳や
そうして三日三晩考え抜いた末に、結論が出た。
「
「ええ………。」
何人かで晩餐を待っていたところに三人で報告に行くと、
「聞いたよ、
母の胸に安らぐように、母の腕で眠るように、母の歌で微睡むように、そこにいるだけで安らぎの元になっていたのだと、
母は敬うもの。見守ってくれる者。―――道具でも、消費するものでも、ない。
「ちょっと
「
「すぐ帰ってくるから、二人分残しておいてくれ。」
「はいはい、おじいちゃんが見てるからね。」
あ、一応一緒に帰って来てくれるのか。なら安心だ。
私達は顔を見合わせて大笑いをした。これで
さて、それはそれ、私にはもう一つ、やらねばならないことがあった。それは、仲裁者の任命だ。
メシア
だが、今は違う。私のように形だけ『
夜中まで油を使っていると、いくらエルサレムの金持ちの家に隠れていてもバレてしまう。その夜、私は眠れなかったので、屋上に行って祈ろうと思った。空は眩しいほどの満天の星空だ。あの彼方に、今でも触れた感触のある人、否お方が居られると思うと、物凄く不思議だ。今メシア
「おわっ!」
「きゃあ!」
何かに躓いて、杖を屋上から落としてしまった。よいしょ、と、両手をついて上半身を起こし、腰を捻って、仰向けになる。右膝を曲げて、更にもう一度右に転がる。そうすると、杖がなくても立てるには立てるのだ。
「すまない、祈っているところを………。ん?」
「ごめんなさい、き、
暗がりだったが、体格で分かる。小さくても、声を聞けば確実だ。
「
「う、ううん! きび、す、さまの方が大事な祈りだから、だから、あの、わたし、地面で―――。」
「地面?」
私が司教になってからというもの、
「地面って、どういうことだ? お前、部屋で寝てないのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて、…そう、地面! 地面に杖を落としたでしょ? だから、それ拾ってくるって………。」
「………。
「………。」
「母さんが出来る前、お前におっぱい代わりに生水飲ませてたこと、まだ怒ってるのか?」
―――神の母にも、メシア
「う、うう………っ。」
「うん、言ってみな、兄ちゃん聞いてるから。」
真下を向いて、和がぽろぽろと泣き出した。
和は皮膚病だ。包帯が濡れるとそこが荒れる。だから泣くときは、決して流さない。和にとって涙とは、落とすものだ。
「うわぁぁん!」
「うるさいよ!!」
「ヒッ!」
私は凍り付いた和を抱き寄せ、一喝した。
「誰だ! メシア
誰かも分からない女弟子は、さっと階段の穴の中に引っ込んでいった。
私は涙を流さないように震えている。獣のように歯軋りをして、白い息が、文字の欠片を作ろうとして、そして霧散する。
「
「フーッ………フーッ………。」
「
今の
「吼えろ、
三度、私は
何故癒やさなかった。何故見捨てた。何故救わなかった。何故―――自分がひとりぽっちになる共同体を遺したのだ。
否や、聞くまでもなかったのだ、本当は。何故なら私が一番思っていたからだ。
何故、生まれながらの盲人が癒やされて、酷い
何故、
何故、司教に据える道を整えながら―――私の脚の骨を完璧にしてくれなかったのか!
私は知っている。陰で私の存在が、私の骨が足りないという事実が、
私は知っている。私を嘲笑っているのは、私を司教様と仰ぐ、
だから彼等は、私が十二弟子に相応しい聖人になることを求めている。
健康な
何故、健康な
どこまでも卑劣な神の子だ、
誤解してはいけない。私はメシア
誤解させてはいけない。私はメシア
勘違いしてはいけない。私は聖人ではない。私にも悪心がある。だが私は、悪心と共存してはならない。そのような現実など、誰も認めないからだ。
嘗て
では
―――彼を一番に慈しみ、心配し、愛し守り育てた
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