第十三節 罪の共有

 先生の夜は、祈りのために少し遅いが、私達弟子の夜はかなり早い。というのは、大所帯のうち、働ける者だけでは、全員のパンを買えないからだ。勿論、ひこばえの弟子の中には、ひこばえに諭されて、帰れなかった家に帰った者や、留まるべき場所に留まっているものもいる。今やガリラヤ地方どころか、イスラエルのどこに行っても、ひこばえの存在を知らない者はいない。そして中には、産まれた時から乞食で仕事なんかしたことがない、と、仕事が実質出来ない者もいた。私なぞ働いた経験があるぶん、まだマシで、そう言った仕事の経験の無い者に、仕事を教えてやりたいと情熱に燃える弟子は、皆体調を崩していた。

 心は燃えていても身体は弱い、と、ひこばえは、不甲斐なさに謝る彼等を慰めていたが、アレは多分追い打ちだと思う。

 そういうわけで、十二弟子なんて大層なものではなく、寧ろひこばえのお守りもしなければいけないものだから、ぐったりと疲れ切った毎日だった。寝床に入ると泥のように眠る。ドロドロになりすぎて、自分の肋から妻が産まれそうだ。

 その日の夜起きたのも、全くの偶然だった。沐浴をしても尚汗臭い部屋の中で、添え木を守りながら眠っていると、ふと目を覚ました。まだ月が降りてきていないのに、光が扉から零れてきている。誰か起きている、というより、灯火を消し忘れていると思った。消さなければ、と、もぞもぞ起き上がり、杖で起こさないようによく目をこらして進んだ。

 扉を開けようとしたとき、話し声が聞こえた。

「じゃあ、もう素寒貧すかんぴん?」

 瞻仰せんぎょうの声だ。何やら深刻な話らしい。

「せやねえ…。」

 ちっとも深刻に聞こえないのは、澹仰せんごうの声だ。

「少なくとも、こないだみたいに、本当に無尽蔵にパン、増えてくれへんと………。んん、しばらく全員で、ローマの道通れへんねえ。」

「冗談じゃないぜ、澹仰せんごう。街道通らずにこの大人数で歩いたら、絶対脱落者が出る。そうしたら、過越祭に間に合わなくなるぞ。今その為に南下してるんだろ?」

「そうなんやわ……。サマリアの、あの気前のええ娘はんみたいな子、どこぉにでもおるわけやあらしまへんしねえ。」

「いたらいたで、『そりゃサマリア人らしい』って誰かが言って、またひこばえ先生が怒るぞ」

「そぉなんよ。街道を行かへんから、休憩も多うなるやろ? そうすると無駄話も増えるねん。そうすると陰口が始まってまうのが、世の常言うもんや。未だにきびすはんのことを陰で言うてる輩もおるしねえ。」

きびすは大工だ。足萎えでも何でもねえよ。下手に嫉妬してる暇があるなら、目の前の銅貨の見分けくらいつけろってんだ。この前も―――って、そうじゃない、そうじゃない。とにかく、いくらぐらい必要?」

「ううん………。貯蓄しとくことも殆ど出来へんから、毎日八十デナリ(約三十八万四千円)は欲しいわあ。実際の所働けてるの、七十二人やから………、うん、八デナリ分全員に我慢してもらうか、八人交代で三食抜きにするか、どちらかしかないやねえ。」

「ちなみに、八デナリ分全員に我慢させると、一人当たりどれくらいになる?」

「ええとねえ………。………。一人当たり五アサリオン(約二千四百円)で暮らすことになるねえ。でも、うちらんとこ、病人はおらんくても、乳飲み子連れの寡なんかもおるし、そういうのはたんと食べさせなあかんし、そう平等にはいかへんねえ。」

「五アサリオンだったら、生贄用の雀が十二羽分か…。」

「お野菜も食べさせなあかんよ。乳をやる母親が凝乳チーズも食べられへんなんて、やめておくれやす。惨めすぎるわ。」

「五………。五、か。四じゃだめか?」

「そら無いよりええわ。ええけど……。瞻仰せんぎょうはん、どうしたんえ?」

「何が?」

「泣きそうな顔してはる。」

「そお? ぼく、子供の頃から殆ど泣いたことないけど。…ああ、今金勘定してるからかな。昔から売り物の値段を決めるのは苦手でね。」

瞻仰せんぎょうはん、瞻仰せんぎょうはん。何を売っても、きっとひこばえさまはゆるしてくらはる。でもだからって、自分、大事にせなあかんのやで。ひこばえさまは瞻仰せんぎょうはんのこと、命より大事に思ってらっしゃるんえ。」

「いや別に、疚しいものを売るわけじゃないよ。ただ計算が苦手なだけなんだよ、そりゃもう、三十超えて半べそ掻くくらいには苦手なんだ。」

「まあ…そういうことにしておくわ。」

「んじゃ、…………あ。」

「どないしたん?」

「あー…………。二人。」

「ふたり?」

「二人で良かったら、収入が増えるまで、断食させるアテがある。明日にでも。」

瞻仰せんぎょうはん………。人の気持ちは、そう変わらへんで。」

「だいじょぶだいじょぶ。確実だから。」

「『確実』ほど確実に信用でけへん言葉もないわ。」

「少しは信用してくれよ、澹仰せんごう。金勘定の話は、ぼくとお前の役割だろ?」

 私が二人と共有できない話題というのは、その事だったのだろうか。

「ちゃいますわ。信用してるからこそ信用でけへんのよ。瞻仰せんぎょうはん、お願いやから、自分のこと大事にするんやで。無茶なことしちゃあかんで。」

「無茶って言うなら、こんな真夜中まで話し合ってる事の方が無茶だ。ぼくは眠い。寝ていいか?」

「せやねえ……。まあ、やるいうてはるんやし、一先ず今夜はこれでお開きにしまひょ。」

「しまひょしまひょ。」

「……ふふ、瞻仰せんぎょうはん、話すの早ぉても、うちの地方の言葉の真似、上手やわあ。他の弟子がやっとると、耳障りで耳障りで仕方あきまへんの。でも瞻仰せんぎょうはん、北部ガリラヤの育ちやろ? 南部ユダヤの地方言葉なんて、どこで覚えたんや?」

「いやあ、単純に色んな人間と話しただけだよ。」

 そういえば、ひこばえが『絶対に内緒』と言って、瞻仰せんぎょうは幼い頃、ベツレヘムにいたと言っていた。ベツレヘムも、ユダヤ地方だ。そして、瞻仰せんぎょうの家である、祭司の一族は各地に散らばっており、その土地ごとの管理を任されている。

 今思えば、あの言葉は本当だったのだと思う。本当にひこばえは、知っていたのだ。自分が産まれた日に、何があったのか。しかし、何もできなかったのだ。何故なら知っているだけだったからだ。


 翌日になって、嗣跟つぐくびすと、何故か福銭ふくせんが断食を呼びかけた。ひこばえは否定したが、ひこばえの弟子として優れた人物になるために、女達に優先させて食べさせる、その余りを男がもらう、と、言い出したのである。

 普通は逆である。借り腹扱いである女を尊重することなどない。イスラエル人の規律を乱す、と、何人かの十二弟子が反論したが、最終的には嗣跟つぐくびすと何かの取引をしたらしく、十二弟子だけ、それに従った。但し、瞻仰せんぎょうだけは、何故か除外されていたし、取引も私には持ちかけられず、『きびすは好きなように、どっちでもいいぞ』と言われた。私は尚のことよく分からなかったが、これで瞻仰せんぎょう澹仰せんごうの悩みが無くなるなら、と、了承した。早速その日の晩餐から、十二弟子ならぬ、九人弟子の食卓が、蝗と酢水になった。何故九人なのか、といえば、実は、澹仰せんごうもこの中に数を数えられていなかったのだ。取引を辞退したのだろうか。

 ―――その『取引』について、私が知ったのは、やはり偶然だったのだが、今にして思うと、やはりそれは神の御意志などではなく、『叫び』を私が聞いて、駆けつけるように神が助けてくれたのだと思う。


 断食をしない分、瞻仰せんぎょうはどこかで食事を摂っているのか、それとも一人、ひこばえのように祈っているのか、どんどん九人弟子が痩せていく中で、瞻仰せんぎょう、私、澹仰せんごうだけは、体格を維持していた。ひこばえも何か思うところがあるのかも知れなかったが、寧ろ逆で、女達と同じように食べた。ただ、女達はうれし涙を流して、連れ子や乳飲み子に与えるのに対して、ひこばえは―――どこか、やけっぱちなような食べ方だった。無論、教師として自分の分だけ量が特別だからというのはあるだろう。だが、食前の祈りがどこかやけっぱちだった。

 体格は維持できているものの、瞻仰せんぎょうの顔色はどんどん悪くなっていった。口数も減り、いつもどこか、疲れている。昼間、ぼーっとしていることが多くなり、弟でもあるひこばえに石が飛んで来たり、過激な律法学者達が押し寄せたりしてきても対応が遅れる。かといって、眠たいわけではないらしく、夜になると、ふらりといなくなり、明け方、沐浴を終えて帰ってくる。どこかの宴会に招かれている訳でも無いらしい。

瞻仰せんぎょう、大丈夫?」

「………。いかなきゃ。」

瞻仰せんぎょう?」

きびすひこばえの事頼むな。今日、熱心党の奴がいた。武右ぶゆうの後を追いかけてきた後輩だと言っていたけど………。」

「けど?」

「………、アア、なんの話だっけ?」

「熱心党がどうのとか………。」

「ねっしんとう? 武右ぶゆうは熱心党出身の割には、穏やかな奴だと思うよ。」

「………、瞻仰せんぎょう、おいらも連れてって。」

「………は?」

 ぼんやりとしていた瞻仰せんぎょうの瞳が、私に焦点を当てた。まるで魂が戻ってきたように。。

「今の瞻仰せんぎょう、やっぱりおかしいよ。言ってることはちぐはぐだし、大体いつ寝てるの? どうしてそんなにいつも疲れてるの? ごはん、減らしてないよね? 昼間の大工仕事、そんなにきついの?」

「………嗣跟つぐくびすに何か言われたのか?」

「え? なんで嗣跟つぐくびすさまが―――。」

「あの男に何持ちかけられたッ!」

「痛い! 脚挟んでる!」

 突然掴みかかってきた瞻仰せんぎょうの瞳は、澱んで濁って凝っていた。様々な感情が、濃厚に入り交じり過ぎて、何も読み取れない。ただ、激しい、ということだけが伝わってくる。

「言え! あの卑怯者、何言いやがった!」

「し、知らない知らない! 何も聞いてないよ!」

「嘘つくな! じゃなきゃ―――。」

「おーい、瞻仰せんぎょう。」

 その時、間延びした声が、瞻仰せんぎょうの身体を絡め取った。嗣跟つぐくびすだ。

きびすには、何も言ってないぞ。どうせ来れないし。」

「……本当ですか?」

「おう、本当本当。いつもの奴らだけだ。んじゃ、約束通りになー。」

「………はい。…きびす、悪かった。脚、平気か。」

 瞻仰せんぎょうは手を離してくれたが、私と眼を合わせようとしなかった。いや、視線を、眼球を持ち上げる気力すらないのだ。私は瞻仰せんぎょうの肩を掴み、目を合わせようとした。しかし瞻仰せんぎょうは、斜め下を向いた状態のままだった。私は流石に心配になって、瞻仰せんぎょうの頬を掴み、問い詰めようとして―――。

瞻仰せんぎょう! ………瞻仰せんぎょう?」

「………。」

瞻仰せんぎょう? 瞻仰せんぎょう、どうしたの、眼が―――。」

 死んでるよ、と、言おうとしたところで、ドサリと倒れ込んできた。一緒になって、私も強かに床に頭をぶつける。添え木の無い方の脚に瞻仰せんぎょうの両脚が乗っかり、動けない。

「だ、誰かー! せ―――。」

 ぶつん。

大声を出したときだったと思う。何かおかしなものが千切れて、私の視界は闇に包まれた。

そして私は、夢を見た。


深夜、ひこばえ澹仰せんごう、そして私がよく寝ているのを確認し、九人弟子の一部が次々に起き出して外へ出て行った。嗣跟つぐくびす福銭ふくせんが最初。明確に顔が分かったのは、その二人だけだった。その時には、もう瞻仰せんぎょうはいなかった。

二人は、どこにしまっておいたのか、黒い上着を羽織って夜闇に紛れ、どこかに歩いて行く。

 町を出てすぐの荒野、倒木の傍に、瞻仰せんぎょうが立っていた。何時もと変わらない、というよりも、瞻仰せんぎょうの表情は色というのか、心持ちというのか、何か具体的な言葉は言えないのだが、別人のようだった。立ち方からして、何だか、おかしい。

「今日は五人か。まあ、いいだろ。」

 何が良いんだろう。

ひこばえきびすには、全員気付かれなかったな?」

「おう、それが大前提だからな。」

「昨夜は双生そうしょうだったけど、今晩は誰から?」

 さっさとしてくれ、と、瞻仰せんぎょうが鬱陶しそうに髪をかき上げた。その仕草に、何人かの男が身動きする。

「いつものようにくじで。それが神の御心だからな。」

 ひこばえを侮辱するな!!!

 私は咄嗟にそう叫んだが、その声は届かなかったようだった。

 楽しそうにくじを取り出す嗣跟つぐくびすから、徐にくじがばらけていく。アタリは、どうやら福銭ふくせんのようだった。

「やったな、福銭ふくせん! お前、今回が初めてじゃないか?」

「え、ええ、はい…。」

「ここに来て漸く大願成就ってか。んじゃ、愉しめよ、俺達何時も通り見ててやるから。」

「は、はい………。」

 福銭ふくせんは、何やら顔を赤らめて、身体を捩って立っている瞻仰せんぎょうの前に立つ。視線は泳ぎ、しかし脚をもじもじさせている。はぁ、と、瞻仰せんぎょうは溜息をついて、言った。

福銭ふくせん、気にすることないよ。これは対価だ。ぼくは君達に断食を求めた。だからその分、飢えたモノをぼくで満たすってことだ。それとも何かい? ぼくの髪をあんなに褒めておいて、本当はその気じゃなかったわけじゃないよね? だって君は、毎回来てたんだから。」

「いや、その、見られてする、というのは………。」

「………。わかったよ。じゃあ、そんな初々しい福銭ふくせんには、追加料金ナシで、イイコトしてやるよ。」

 そう言って、瞻仰せんぎょう福銭ふくせんを倒木に座らせると、上着を着たまま、器用に帯を外し、下着を脱いだ。肌着は流石に脱がなかったが、下着を脱いで上裸になり、その上から不自然に、ふっくらと帯を締める。一緒に大工をしていたとき、汗を流していたときに見ていた筋肉が少し、盛り上がっているような気がする。いつの間にか鍛えていたのだろうか。

 上着を着直した瞻仰せんぎょうは、くる、くる、とその場で身体を捻り、変な回り方をした。踊りと言えば踊りのようだが、少なくとも私がカナの婚礼で見たような踊りとは違う。その踊りのようなものを至近距離で見せつけられている福銭ふくせんは、瞻仰せんぎょうの首元辺りを見つめて動かない。背中を向けられた四人は、時々何か言いたそうにしているが、どうどう、と、嗣跟つぐくびすに抑えられている。

「ふーん、ここが好きなんだ。」

「へ!?」

 一通り回り終えて、瞻仰せんぎょうは乱れた上着を更に乱し、自分の項から肩、二の腕にかけてを月明かりに曝す。元々日に焼けにくい体質ではあったが、今はそれが、不気味なほどに白い。

 瞻仰せんぎょうは上着が殆ど絡みついているだけの状態で、福銭ふくせんの隣に座り、静かに掌を福銭ふくせんの首筋に当てる。そこから筋肉に添って擽る指を上へ持って行き、耳の裏を擽りながら、不意を突いて口付けた。

「ん!?」

 驚いた福銭ふくせんはそのまま押し倒され、瞻仰せんぎょうは角度と身体の捻りを変えて、口付けを繰り返す。下着の上から、もぞもぞ、と何を触っているかは、角度的に何を触っているのか分かってしまうので、私はだんだん身体が震えてきた。

強張っていた福銭ふくせんの身体がだんだん解れていき、瞻仰せんぎょうの首に手を回そうとして―――ぱっと瞻仰せんぎょうが身体を起こして離れた。つぅっと唾液の糸が、蜘蛛が糸を吐き出すように長く伸びる。

「ちょ…っ!」

「こんな風にやるんだよ。」

 瞻仰せんぎょうの瞳が細められると、福銭ふくせんは突然人が変わったようになり、横たわっていた身体をバネのように弾き起こして、瞻仰せんぎょうを倒木の上から、地面の上に縫い付けた。先ほど瞻仰せんぎょうが労るように首筋を撫でていたのに、福銭ふくせんは首筋に噛み付き、上着をずらしていった。

「おい福銭ふくせん、それじゃ見えないぞ、ちょっと考えろ。」

 嗣跟つぐくびすが慣れたように野次を飛ばす。福銭ふくせんは答えることが出来ず、フーッフーッの荒い息のまま、狼のように睨み付けた。すると、瞻仰せんぎょうはその目元を優しく左手で隠す。

「大丈夫だよ福銭ふくせん、今夜はお前が一人目だ。そうじゃなくて―――。」

 よいしょ、と、瞻仰せんぎょうは起き上がり、福銭ふくせんの腹にもたれかかり、右手を後ろに回す。脚を広げて膝を曲げ、少しだけ恥じらうように、申し訳程度に肌着を帯で隠した。その分、腹は下腹部に至るまで全部見えるようになった。

「これでいいだろ? でも福銭ふくせんが出すまではお預けだからな。」

「はいはい。」

 瞻仰せんぎょうは何かその続きを言おうとしたようだが、福銭ふくせんは顔を歪めて、喉を反らせ、瞻仰せんぎょうにちぐはぐに口付けた。こふ、かふ、と、苦しそうに瞻仰せんぎょうが咳き込む。もう片方の手で、上着ごと胸の辺りを抓った。

「んっ…っ、ん、ふ…っんんっ。」

 びくんと瞻仰せんぎょうの身体が震える。私の身体は、過去から現代にかけて、一瞬を駆け巡り、様々なものが、カチカチと嵌っていくのを感じていた。

 ああ、そうか。あの夜、あの夜見たことは、決して幸福などではなかったのだ。

「あうっ―――ん、んんっ!」

瞻仰せんぎょう、もう大丈夫?」

「はぁ、はぁ、はぁ………。ちゃんと、解し方、教えただろ。」

「じゃ、舐めて。傷付けたくないから。」

 違う、福銭ふくせん。言うべき言葉はそれじゃない。

 しかし瞻仰せんぎょうは上半身を捩って、福銭ふくせんの人差し指と中指、薬指を口に含んだ。時折口の端から出して、指の股に舌を這わせ、三本同時に咥えこむこともあれば、一本一本丁寧に口に含んだり、舐めたりした。その表情はうっとりとしていて、幸せそうに見える。実際そのように見えているのだろう。

「はい、これくらいで大丈夫だよ。」

 そう言って、瞻仰せんぎょうは両手をついて、犬のように四つん這いになった。相手に背中を向けていることが、瞻仰せんぎょうの意思表示のような気さえした。

「じゃ、じゃあ、やるからね。」

 福銭ふくせんは緊張と興奮の狭間でくらくらしながらも、瞻仰せんぎょうの肌着を解いた。

 私はその時、暗がりの中でも、随分と形が違うことに気付いた。なんというか………。ボコボコだ。

 福銭ふくせんの、唾液でぬるぬるになった指が、すっぽりと三本入る。一瞬、息のこごりが突き出されたような声がしたが、その後何が起こっているのかよく分からない。

「ん…っ、もすこし、おく、だよ………。」

「根元まで入れていいの?」

「うん、だいじょうぶ………。」

 全然大丈夫そうじゃない。

「ん、んん…っあ、んっ!」

「ここ?」

「う、うんっ、そこ、そこ、おぼえといて、れば、―――うわっ!?」

「ねえ、こっち向いてよ。こっち向いて喘いで。」

 福銭ふくせんは指を抜き、肩ををして瞻仰せんぎょうをひっくり返すと、今度は指ではなく、瞻仰せんぎょうがずっとまさぐっていたものを取り出して、ぐっと押し入った。

 童貞でも分かる。あれは話に聞いた、勃起したもので入ったのだ。形が普段と、物凄く変わるというが、実際に見たことはなかった。だがそれは、本来女がされるはずなのに、何故瞻仰せんぎょうがされているのか分からない。

 否、違う。分かりたくないだけだ。分かってしまったら、私はどうなるかわからない。否や、それすらも分かっている。だから分かりたくないのだ。

瞻仰せんぎょう、止めて………。」

「んっ! んう、やん、ばしょ、ちが、アァッ。」

 私の声は、発音されていたのだろうか。瞻仰せんぎょうは臑毛の一本もない脚を高々と掲げ、福銭ふくせんの首に絡ませ、揺さぶられている。その激しさは、交わった脚の弾み方で分かる。

「止めて、瞻仰せんぎょう。」

「あ、あ、―――あぁッ! そこ、イイ、うん、そこ、が、いいっ!」

「へえ、ここがイイトコロって奴なんだ。」

「うん、そう、そうっ! そこ、ぐっぐって、やるの、やると、―――。」

「おーい福銭ふくせん、両手がお留守だぞ、ちゃんと蓋開けてやれ。」

「ああ、ええと……。ふぅ、ふぅ、……『瞻仰せんぎょうは、ここが大好き』だから……。こ、これくらい?」

「いやぁっ。どうじは、だから、だめって、いってるのに!」

「止めて、嫌がってる。」

「だってよー、同時にヤラねえとお前、面白くないんだもん。」

「はぁ、はぁ、はぁ、凄くイイよ、瞻仰せんぎょう。私も射精しそうだ。このままでいいんだよね?」

「だ、だからだめだって! そとに、そと―――あ、あンッ! だめ、むね、ぐちゃぐちゃにしちゃ、だめ、かかっちゃうから、かかっちゃうから! だめだめだめ! ぼくがぼくじゃなくなる!!」

福銭ふくせん、良い感じだぞ。そのまま弄って、一気に狂わせろ! そうしたらいつもの調子になる。」

「はぁ、はぁ、はぁ、瞻仰せんぎょう瞻仰せんぎょう、綺麗だよ、とても綺麗だ。」

「綺麗なものなら汚さないで。」

「お、おねがい、せめてふたつ―――あ、アアア、あ―――。」

「いいぞ福銭ふくせん! そのまま突っ走れ!」

「く、ううう、絞られる…っ。」

「ああああ! アアッ! い、イく、も、もう少しで、イける、のに…! ああ、おねがい、おねがい、もっと、激しく、強くして、抓って、かじって、めちゃくちゃに、くいあらして…! はやく、はやくぅ、とおくなるまえに………。」

「遠くなってるのはお前だよ、瞻仰せんぎょう。」

「はぁ、はぁ、はぁ……。ええと、つまりこう?」

「んひぃぃぃっ! んぐ、うぐ、うああああ、イく、イ、イく、あああ! いやああーッ!!」

瞻仰せんぎょう、戻ってきて。」

「お疲れさん、福銭ふくせん。お前もこれで『瞻仰せんぎょう童貞』卒業だな。」

「………。あんまり嬉しくない。」

「まあそう言うなって。…おら、起きろ瞻仰せんぎょう、喉が渇いてるんだろ、水を吸い取れよ。」

「ん…っ、はぁ、はぁ、はぁ………。のど、のど、かわいた……。」

瞻仰せんぎょう、これからは葡萄酒だけを飲んでいてよ」

「歯は立てんなよ。」

「はぁい……。」

「おい、いいぞ、次。今日は五人しかいないから、全員楽しめそうだ。福銭ふくせん、お前はまだ治まらないみたいだし、手で抜いてもらえよ。」

「え、いや、私は―――。」

「ンーーーッ! や、びっくり、させないで! あううっ。」

「うるせえな、男女おとこんなのくせに。いいから締めて腰振れよ。俺は人より逞しいから気持ちいいだろ?」

「んあ、は、は、は…。うぐううっ、んううううっ、ううううーーっ。」

「こら、水はちゃんと飲めよ。そうじゃねえと腹に力入らないぞ。」

「あの、その、瞻仰せんぎょう、よかったら、私も………。」

「……おみず、ンンッ、くれるの?」

「みず、と言えば、確かに水だと思います……。大分、濃いのが出たので。」

「じゃあ、このおみず、飲んだら―――がはっ!」

「この、じゃねえだろ。『嗣跟つぐくびすさまのおちんぽお乳』ってちゃんと言えよ」

「止めてってば。」

「がハッ、ごふ、ご、ごめんなさ、うえっ。」

「ほら、言ってみろよ。『嗣跟つぐくびすさまのおちんぽお乳ください』って言えよ、この男女おとこんな。」

「ん…っ! は、ぁ、はぁ、つ、つぐ、くびす、さま、の……。」

「止めろォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!」


 私は、目を覚ました。

 寝床には誰も居ない。すぐに部屋を出ると、弟子達が何も無かったかのように、朝食の仕度を待っている。

「ん、おはよ、きびす。」

「どうしたんだい? 酷い顔色だよ。」

「黙れ!! この変態共!!」

 何人かの顔色が強張り、何人かがきょとんとした。

 それで分かった。瞻仰せんぎょうは、九人弟子全員に乱暴されている。十二弟子からはあぶれたものの、七十二人の行為の弟子達は、皆顔を合わせていた。間違いない。

 最もひこばえに近い男達が、最もひこばえに近い男を陵辱している。

「お前達が断食を受け入れたのは―――。」

「おいきびす。」

 静かな声で、思わず黙る。どんな顔をしてあげればいいのか分からない。瞻仰せんぎょうは、もたれかかるように私の肩に腕を乗せ、耳元で言った。

「まあまあ、きびす。お前も若い男だ。ちょっくら異常な性癖があったとしてもおかしくはない。だがなあ、寝ぼけてそれを暴露するのは止めておけ? 世の中にはその性癖が受け入れられない奴がゴマンといるからなあ、余計な争いはひこばえ先生が悲しむぜ。―――おい。」

「な、なに?」

「何を知った気でいるかは知らないが、余計な口を出すな。」

 深淵の沼蛇が這うように低い声を出され、私は凍り付いた。辺りは何故か、私が夢精していないかと朝から下品な話題で盛り上がっていた。

 その中に、瞻仰せんぎょうの顔はあったが、笑顔は無かった。

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