第十三節 罪の共有
先生の夜は、祈りのために少し遅いが、私達弟子の夜はかなり早い。というのは、大所帯のうち、働ける者だけでは、全員のパンを買えないからだ。勿論、
心は燃えていても身体は弱い、と、
そういうわけで、十二弟子なんて大層なものではなく、寧ろ
その日の夜起きたのも、全くの偶然だった。沐浴をしても尚汗臭い部屋の中で、添え木を守りながら眠っていると、ふと目を覚ました。まだ月が降りてきていないのに、光が扉から零れてきている。誰か起きている、というより、灯火を消し忘れていると思った。消さなければ、と、もぞもぞ起き上がり、杖で起こさないようによく目をこらして進んだ。
扉を開けようとしたとき、話し声が聞こえた。
「じゃあ、もう
「せやねえ…。」
ちっとも深刻に聞こえないのは、
「少なくとも、こないだみたいに、本当に無尽蔵にパン、増えてくれへんと………。んん、しばらく全員で、ローマの道通れへんねえ。」
「冗談じゃないぜ、
「そうなんやわ……。サマリアの、あの気前のええ娘はんみたいな子、どこぉにでもおるわけやあらしまへんしねえ。」
「いたらいたで、『そりゃサマリア人らしい』って誰かが言って、また
「そぉなんよ。街道を行かへんから、休憩も多うなるやろ? そうすると無駄話も増えるねん。そうすると陰口が始まってまうのが、世の常言うもんや。未だに
「
「ううん………。貯蓄しとくことも殆ど出来へんから、毎日八十デナリ(約三十八万四千円)は欲しいわあ。実際の所働けてるの、七十二人やから………、うん、八デナリ分全員に我慢してもらうか、八人交代で三食抜きにするか、どちらかしかないやねえ。」
「ちなみに、八デナリ分全員に我慢させると、一人当たりどれくらいになる?」
「ええとねえ………。………。一人当たり五アサリオン(約二千四百円)で暮らすことになるねえ。でも、うちらんとこ、病人はおらんくても、乳飲み子連れの寡なんかもおるし、そういうのはたんと食べさせなあかんし、そう平等にはいかへんねえ。」
「五アサリオンだったら、生贄用の雀が十二羽分か…。」
「お野菜も食べさせなあかんよ。乳をやる母親が
「五………。五、か。四じゃだめか?」
「そら無いよりええわ。ええけど……。
「何が?」
「泣きそうな顔してはる。」
「そお? ぼく、子供の頃から殆ど泣いたことないけど。…ああ、今金勘定してるからかな。昔から売り物の値段を決めるのは苦手でね。」
「
「いや別に、疚しいものを売るわけじゃないよ。ただ計算が苦手なだけなんだよ、そりゃもう、三十超えて半べそ掻くくらいには苦手なんだ。」
「まあ…そういうことにしておくわ。」
「んじゃ、…………あ。」
「どないしたん?」
「あー…………。二人。」
「ふたり?」
「二人で良かったら、収入が増えるまで、断食させるアテがある。明日にでも。」
「
「だいじょぶだいじょぶ。確実だから。」
「『確実』ほど確実に信用でけへん言葉もないわ。」
「少しは信用してくれよ、
私が二人と共有できない話題というのは、その事だったのだろうか。
「ちゃいますわ。信用してるからこそ信用でけへんのよ。
「無茶って言うなら、こんな真夜中まで話し合ってる事の方が無茶だ。ぼくは眠い。寝ていいか?」
「せやねえ……。まあ、やるいうてはるんやし、一先ず今夜はこれでお開きにしまひょ。」
「しまひょしまひょ。」
「……ふふ、
「いやあ、単純に色んな人間と話しただけだよ。」
そういえば、
今思えば、あの言葉は本当だったのだと思う。本当に
翌日になって、
普通は逆である。借り腹扱いである女を尊重することなどない。イスラエル人の規律を乱す、と、何人かの十二弟子が反論したが、最終的には
―――その『取引』について、私が知ったのは、やはり偶然だったのだが、今にして思うと、やはりそれは神の御意志などではなく、『叫び』を私が聞いて、駆けつけるように神が助けてくれたのだと思う。
断食をしない分、
体格は維持できているものの、
「
「………。いかなきゃ。」
「
「
「けど?」
「………、アア、なんの話だっけ?」
「熱心党がどうのとか………。」
「ねっしんとう?
「………、
「………は?」
ぼんやりとしていた
「今の
「………
「え? なんで
「あの男に何持ちかけられたッ!」
「痛い! 脚挟んでる!」
突然掴みかかってきた
「言え! あの卑怯者、何言いやがった!」
「し、知らない知らない! 何も聞いてないよ!」
「嘘つくな! じゃなきゃ―――。」
「おーい、
その時、間延びした声が、
「
「……本当ですか?」
「おう、本当本当。いつもの奴らだけだ。んじゃ、約束通りになー。」
「………はい。…
「
「………。」
「
死んでるよ、と、言おうとしたところで、ドサリと倒れ込んできた。一緒になって、私も強かに床に頭をぶつける。添え木の無い方の脚に
「だ、誰かー! せ―――。」
ぶつん。
大声を出したときだったと思う。何かおかしなものが千切れて、私の視界は闇に包まれた。
そして私は、夢を見た。
深夜、
二人は、どこにしまっておいたのか、黒い上着を羽織って夜闇に紛れ、どこかに歩いて行く。
町を出てすぐの荒野、倒木の傍に、
「今日は五人か。まあ、いいだろ。」
何が良いんだろう。
「
「おう、それが大前提だからな。」
「昨夜は
さっさとしてくれ、と、
「いつものようにくじで。それが神の御心だからな。」
私は咄嗟にそう叫んだが、その声は届かなかったようだった。
楽しそうにくじを取り出す
「やったな、
「え、ええ、はい…。」
「ここに来て漸く大願成就ってか。んじゃ、愉しめよ、俺達何時も通り見ててやるから。」
「は、はい………。」
「
「いや、その、見られてする、というのは………。」
「………。わかったよ。じゃあ、そんな初々しい
そう言って、
上着を着直した
「ふーん、ここが好きなんだ。」
「へ!?」
一通り回り終えて、
「ん!?」
驚いた
強張っていた
「ちょ…っ!」
「こんな風にやるんだよ。」
「おい
「大丈夫だよ
よいしょ、と、
「これでいいだろ? でも
「はいはい。」
「んっ…っ、ん、ふ…っんんっ。」
びくんと
ああ、そうか。あの夜、あの夜見たことは、決して幸福などではなかったのだ。
「あうっ―――ん、んんっ!」
「
「はぁ、はぁ、はぁ………。ちゃんと、解し方、教えただろ。」
「じゃ、舐めて。傷付けたくないから。」
違う、
しかし
「はい、これくらいで大丈夫だよ。」
そう言って、
「じゃ、じゃあ、やるからね。」
私はその時、暗がりの中でも、随分と形が違うことに気付いた。なんというか………。ボコボコだ。
「ん…っ、もすこし、おく、だよ………。」
「根元まで入れていいの?」
「うん、だいじょうぶ………。」
全然大丈夫そうじゃない。
「ん、んん…っあ、んっ!」
「ここ?」
「う、うんっ、そこ、そこ、おぼえといて、れば、―――うわっ!?」
「ねえ、こっち向いてよ。こっち向いて喘いで。」
童貞でも分かる。あれは話に聞いた、勃起したもので入ったのだ。形が普段と、物凄く変わるというが、実際に見たことはなかった。だがそれは、本来女がされるはずなのに、
否、違う。分かりたくないだけだ。分かってしまったら、私はどうなるかわからない。否や、それすらも分かっている。だから分かりたくないのだ。
「
「んっ! んう、やん、ばしょ、ちが、アァッ。」
私の声は、発音されていたのだろうか。
「止めて、
「あ、あ、―――あぁッ! そこ、イイ、うん、そこ、が、いいっ!」
「へえ、ここがイイトコロって奴なんだ。」
「うん、そう、そうっ! そこ、ぐっぐって、やるの、やると、―――。」
「おーい
「ああ、ええと……。ふぅ、ふぅ、……『
「いやぁっ。どうじは、だから、だめって、いってるのに!」
「止めて、嫌がってる。」
「だってよー、同時にヤラねえとお前、面白くないんだもん。」
「はぁ、はぁ、はぁ、凄くイイよ、
「だ、だからだめだって! そとに、そと―――あ、あンッ! だめ、むね、ぐちゃぐちゃにしちゃ、だめ、かかっちゃうから、かかっちゃうから! だめだめだめ! ぼくがぼくじゃなくなる!!」
「
「はぁ、はぁ、はぁ、
「綺麗なものなら汚さないで。」
「お、おねがい、せめてふたつ―――あ、アアア、あ―――。」
「いいぞ
「く、ううう、絞られる…っ。」
「ああああ! アアッ! い、イく、も、もう少しで、イける、のに…! ああ、おねがい、おねがい、もっと、激しく、強くして、抓って、かじって、めちゃくちゃに、くいあらして…! はやく、はやくぅ、とおくなるまえに………。」
「遠くなってるのはお前だよ、
「はぁ、はぁ、はぁ……。ええと、つまりこう?」
「んひぃぃぃっ! んぐ、うぐ、うああああ、イく、イ、イく、あああ! いやああーッ!!」
「
「お疲れさん、
「………。あんまり嬉しくない。」
「まあそう言うなって。…おら、起きろ
「ん…っ、はぁ、はぁ、はぁ………。のど、のど、かわいた……。」
「
「歯は立てんなよ。」
「はぁい……。」
「おい、いいぞ、次。今日は五人しかいないから、全員楽しめそうだ。
「え、いや、私は―――。」
「ンーーーッ! や、びっくり、させないで! あううっ。」
「うるせえな、
「んあ、は、は、は…。うぐううっ、んううううっ、ううううーーっ。」
「こら、水はちゃんと飲めよ。そうじゃねえと腹に力入らないぞ。」
「あの、その、
「……おみず、ンンッ、くれるの?」
「みず、と言えば、確かに水だと思います……。大分、濃いのが出たので。」
「じゃあ、このおみず、飲んだら―――がはっ!」
「この、じゃねえだろ。『
「止めてってば。」
「がハッ、ごふ、ご、ごめんなさ、うえっ。」
「ほら、言ってみろよ。『
「ん…っ! は、ぁ、はぁ、つ、つぐ、くびす、さま、の……。」
「止めろォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!」
私は、目を覚ました。
寝床には誰も居ない。すぐに部屋を出ると、弟子達が何も無かったかのように、朝食の仕度を待っている。
「ん、おはよ、
「どうしたんだい? 酷い顔色だよ。」
「黙れ!! この変態共!!」
何人かの顔色が強張り、何人かがきょとんとした。
それで分かった。
最も
「お前達が断食を受け入れたのは―――。」
「おい
静かな声で、思わず黙る。どんな顔をしてあげればいいのか分からない。
「まあまあ、
「な、なに?」
「何を知った気でいるかは知らないが、余計な口を出すな。」
深淵の沼蛇が這うように低い声を出され、私は凍り付いた。辺りは何故か、私が夢精していないかと朝から下品な話題で盛り上がっていた。
その中に、
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