第十二節 疑似家族
その頃、
「シャクフ、シャクフ! おおい! ぼくだよ、
酌婦、とは一体どんな女なのだ、と、思わず影から顔を出す。
「
ああ、ナルホド、と、私は思った。
恐らくこのシャクフという男は、
数秒経つと、何故か群衆がわっと盛り上がり、口々に
シャクフが戻ってきたが、
「あ、
シャクフも慌てて追いかける。私も追いかけようとした。が、熱狂した群衆の中に、皮膚病を抱えた
歯がゆい気持ちで、指を弄びながら待っていると、くらくらしている
「母さん、キビ兄、
そう言って、
しかし、晩餐の場では、
元々母が来たがったのだし、母が満足出来るなら、と、私達は無理矢理納得することにした。宿を探すために会堂を出ようとすると、会堂長が一晩泊めてくれるというので、私と
当然ながら、眠れなかった。
正直に私の意見を言っても聞いてくれそうにない。私は少し話を作って、
「あー、あの、あのね。ヒコの説教が、少し聞こえたんだよ。」
「へえ。」
「まあ、あんまり賛同は出来ないんだけどさ。」
当たり前だ。実際は何も聞こえていなかったのだから。
「でもおいら、ヒコ、いや、
「…
「
「………、つまり、一緒に一味に加われと?」
「無理にとは言わない…って、言うべきなんだろうけど………。おいらは賭けてみたいんだ。穢れの中で育った、父親の知れない子だと言われて育った
「救う? 救うだって? あはは、そりゃないさ、だって―――。」
「だって?」
何か確信があるかのように、鼻先で笑う
「…分かったよ、
「!」
私は正直、心細かったのだ。預言者は徴を示すのに、私の脚はずっと骨が足りない。その理由を、私や私の実母に罪があるからだ、と言われるのが。そして、村から禄に出た事がなく、一人だけ足萎えの私に、旅の歩幅を合わせてくれるのかも不安だった。荒野を行く途中、サマリア地方を通り過ぎて、エルサレムに詣でる途中、穢れを置いていこう、という雰囲気になったとき、私を護ってくれるのか。不出来で穢れた一人を置いて、大勢の弟子を導くのではないか。
そのように導かなければ、預言者失格だ。
無論、本当に信じてなどいなかった。何故なら
「ありがとう、
それでも、一緒に育った家族だ。もし
「
「うん、分かったよ、
元々初子として育ってきた
「皆にはおいらから話すよ、また
「ああ、分かった。…じゃ、決まりだな。もう寝よう。明日、早いんだろ?」
「いーんじゃないの?」
翌朝、家族だけにしてさしあげよう、と、気を遣われ、私達は母たちがいた方の部屋で朝食を頂いた。
「いいの?
「キン兄と母さんとアタシで、なんとかやってくよ。食い扶持が減って楽になるから、遠慮しないで行ってらっしゃい。」
「おいが、母ちゃんと
下を向いたまま、
「母さん?」
「
よく分からないが、賛成してくれているらしい。私は感謝を言って、残っていた朝食を口に詰め込み、
「
「わあ、兄ちゃんも来てくれるの!? わぁーい!」
「この人は
それぞれが歓迎の抱擁をしてくれたが、私は
「皆、
今でもその技術があるかどうかは、甚だ疑問だが、とりあえずそのように紹介してくれたのだから、そう名乗っておこう。
こうして、少々特殊な思惑があったわけであるが、私達二人の兄は、弟の弟子になったのである。
弟、もとい、
そうこうしているうちに、弟子はどんどん増え、
その中でも、
何でも彼は、南ユダヤのエルサレムの近くに住んでいたらしく、私達にはない訛りがあり、またしゃべる言葉もゆっくりとしていて、とても苛々する。
だからか、いつも一人で過ごしていて、それなのに、名前の響きが似ているからか、
「先生! 私は取税人になってローマ人の妻を貰い、勢いづいて、このエリコの取税人頭にまで上り詰めました。私に逆らう人は誰一人いませんでしたので、はい、正直に申しまして、二倍ほどだまし取りました。」
「いよっ! 流石はエリコの偽人! ろくでなし!」
参加者の一人で、目が見えなかった男が野次を飛ばす。勿論本当に罵ってはいない。会場は笑いに包まれ、もっともっと、早く早く、と、家主を盛り立てる。
「しかし! これからは違います。私には有り余る財産があります。この財産の半分を遣えば、、今私を讃えてくれた元盲人のような乞食達に施し、家を建てる大工を手配して、田畑を買ってやり、仕事を与えられます。」
「こりゃ一本獲られた!」
「もう半分! もう半分!」
今度は別の、一人息子を生き返らせてもらった寡がはやし立てた。家主はそこで、更に、と、胸を張って言った。
「この街の全ての人から、取税人頭としてだまし取りました。そして、この街を通る人からもだまし取りました。私はそれらの人の事も帳簿につけてありますので、彼等の所に行って、だまし取った分の五倍を返します!」
「あれ? 君、そんなに持ってたっけ?」
「………。駄目です、四倍までじゃないと。」
「よっ! 流石偽義人と呼ばれた男! オチがついたな!」
再び会場が笑いに包まれる。恐縮している家主の傍に立ち上がり、
「今日、偽の義人と呼ばれた人が、その名の通りの義人となって、生まれ変わりました。ボクが奇跡を起こしたからではなく、この人が神の愛に気付いたからです。この人は、自ら奇跡を起こし、自ら変わったのです。人は、神の愛に触れるだけで、生まれ変わるのです。」
私には正直よく分からないが、弟子達の何人かは熱狂していたし、その場に招かれた人々は皆大喜びで、次々に弟子入りを志願してきた。その様子を見て、
―――家族でも無いヤツと、一緒に夕飯なんか、食べないんだぞ。
ああ、なるほど、と、思った。
過去のイスラエルの預言者達がそうであったように、
だが―――。
―――その時、足萎えは鹿のように跳ね、唖の舌は喜び歌う。
元から、イスラエル人でないモノの元に遣わされてはいなかった。
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