第七節 死せるもの

 結論から言うと、瞻仰せんぎょうは見つからなかった。父は暫く何も食べず、本当にもう死ぬのか、と思った。

 しかしこちらも結論から言うと、父は何故か回復していった。あの日の瞻仰せんぎょうの叫び声は、結構遠くまで聞こえていたらしく、翌日からひこばえと私に対する大工仲間の態度は、どこかよそよそしかった。

 …と、いうよりも、残念そうに見えた。まるで、愉しみを奪われた道楽息子のようだった。…ああ、イヤだ。魚を売りつけてくるあの男を思い出した。

 神が赦したのか、それとも母が許したのか、父は徐々に回復し、家の中でまず下着を自分で取り替え、身体を拭くようになると、カビも大分引いていった。


 ―――ぼくはしょうせつのなの、だれもさわっちゃだめ!


 ああ、そうか、と、私は思った。

 嘗て、老いて授かった息子を捧げた父祖のように、父もまた、最も愛している者を捧げたのだ。命は取らなかったが、彼にとって全てだったものを奪った。父祖がそうして祝福を得て今のイスラエル人の繁栄があるように、父もそうして祝福を得たのだ。

 だが、神は父を愛したが、瞻仰せんぎょうは愛さなかった。神は父が愛した、瞻仰せんぎょうは愛さなかった。だから瞻仰せんぎょうは、いなくなってしまった。

 否や、いなくなるべきだったのだろうか。本当に瞻仰せんぎょうがいたから、父は全身にカビという神の呪いを受けたのだろうか。私には理解できなかった。両方ともとても大切な人だったのだ。

 あの光景は、幸福そのものだった。その幸福が、神によって破壊された。

 あの光景を私は誰にも話していない。私の、あの美しく幸福な瞬間を神に否定されたという、私の大切にしたいものまでをも否定されたと言うことを、打ち明けられる者は誰もいなかった。

「父さん。」

「ん?」

「…兄さんのこと、どう思ってるの?」

瞻仰せんぎょうかい? 勿論愛しているとも。」

「…そうなんだ。とても、とても愛しているんだね。」

「どうした、焼きもちか? 勿論お前のことも、皆のことも愛しているとも。」

「うん、知っているよ。」

 だが、私はあのように、荒野で父と何事かを叫んだりはしないし、父もそのようにしようとは思わなかったようだった。やはり、瞻仰せんぎょうが、父にとって特別だったのだ。どのように特別かと言われれば、『二人だけに与えられた幸福があった』としか言えない。


 その幸福が、歪なものだと気付いたのは、父が外に出歩けるようになり、弟妹たちと二人ずつ順番に父と散歩に出始めたころだった。その日、私はそそぐと父と一緒に、昼を少し過ぎた頃に散歩に出た。ツィポラでの大工事が終わって以降、ガリラヤの大工達にはあまり大きな仕事がない。今日一日仕事が無かったらしい大工の一人が、絡んできた。

「よぉ、漱雪そそぐ。目のカビは取れてねえが、随分良くなったみたいだな。」

「ああ、その声は。まあね、こうして歩けるようにもなったよ。」

「その両手の穢れの方を手放せば良かったのに。どうして瞻仰せんぎょうを追い出したんだ? なんであの子が消えてから病が治ったんだ?」

瞻仰せんぎょうは妻の親戚の家に修行に行かせたんだ。だから、そこできっと祈ってくれているんだと思うよ。」

瞻仰せんぎょうを残してくれれば良かったのに。」

「ははは、そんなわけにはいかないよ。僕は知ってるからね。」

 すると、大工はクククッと笑った。

「そうだな、オレ達は同類だった。」

「そうだね、でも、あの子から見たらどうかな?」

 父が穏やかにそう言うと、大工は流石に口を噤んで、背を向けた。その時私は、どうしようも無い悍ましさを覚えた。

 ―――ぼくはしょうせつのなの、だれもさわっちゃだめ!

 瞻仰せんぎょうは、あんな健気なことを、他の誰にでも言っていると思ったからだ。そう思うと、途端にあの幸福で美しかった光景が、雨に降られた壁画のようにドロドロと溶けていくのを感じた。

 しかし、私はそれを父に問いただす勇気は無かった。もしかしたら、父は分かっていて、そして許しているのかもしれない、と、思ったからだ。

 ―――私はそう考えるくらいには、いなくなってしまった唯一の兄が持つ、絶対無二の美しさというものを理解し始めていた。

 また、別の日、やはりそそぐと村を歩いていると、こんな風に言ってきた者もいた。

「起きて大丈夫なのか?」

「ああ、寧ろ走りたいくらいなんだけど、まだそこまで回復していなくてね。咳が出てしまうんだ。」

瞻仰せんぎょうが出て行ったんだって?」

「ああ、修行に出したんだ。」

「どうして瞻仰せんぎょうが? あれは穢れてなかったのに。」

「どうしてと言われても、それは家庭の事情という奴で―――。」

「あの子には世話になったんだ。お別れくらいさせてほしかったよ。それより、ご意見番として戻ってきてくれよ。新しい棟梁は尊敬できない。」

「ははは、無茶を言ってくれるなよ。もうじいさんだ。」

「ちゃんとした嫁を貰い直せばいいのさ。それで裸で寝てもらえばいい。大王のように長生きできる。お前は正しいが、あの女は正しくない。」

「そりゃ、お前の眼が正しくないよ。あれは司祭の家に嫁いだ親戚を持っているのに、司祭の家に嫁がなかったのが不思議なくらい、いい嫁だよ。」

 大体、この二つのどちらかのようなことを言われた。穢れの話と、母の話。私もそそぐも、最初は何を言っているのか分からなかった。理解したのは、理解してしまったのは、そそぐか村人達の陰口を聞き取ってしまったからだった。

 目の見えないそそぐは、一人で家から出ない。井戸に行くのにも、いつも誰かと一緒だ。しかし、もう十数年過ごしている我が家の中では、耳と鼻が特別、私達よりも優れているので、誰よりも機敏だった。そんなそそぐが、真夜中、私をそっと揺すり起こして、家の外に連れ出した。

「あのね、キビ兄。おら、もう父ちゃんは外に出ない方がいいと思うんだ。」

「でも家の中にずっといたら、弱ってしまうよ。」

「そうじゃないよ…。あ、そうか。キビ兄は聞こえなかったんだね。」

「何が?」

「最近、村の人達が、やたらと父ちゃんの穢れの話するの、気付いてる?」

「ん? まあ、母さんの話か、父さんの穢れの話しかしないな。」

 私はその時、脳天気に答えた。そそぐは白目も黒目もない瞳で、視線を泳がせながら言った。

「あのさ……。時々聞こえてくるんだよ。」

「父さんのカビの原因が、母さんだってことか?」

「……キビ兄、気付いてる? この頃おら達、村のどんな行事にも呼ばれてないよね。」

「……そういえば、準備こそさせられるけど、本番に呼ばれないな。」

「一日の準備のお礼にもらう葡萄酒なんかも、格段に味が悪い。」

「それはおいらも気付いた。でも今年不作だから、仕方ないんじゃないか?」

「おら、思うんだ。セン兄のいないうちに、価値なんてないんじゃないかな。」

 ざわ、と、私は全身が逆立った。その時の感情をなんと表現するべきか分からない。

 憎悪だろうか。嫌悪だろうか。その時まだ、私が瞻仰せんぎょうを愛していたのなら、そう思っただろう。或いは、愛していなくても、瞻仰せんぎょう一人で我が家の価値が全て決められていた事に、腹が立った。言うれにしろ、私はその時の感情に、名前をつけることなどできそうにない。

「それに、その………。皆、おら達のことを、いなくなればいいって、言っているのが聞こえるんだ。」

「そりゃ、うちは穢れた子供ばかり押しつけられた、一族の最底辺だからな。」

「そうじゃなくて………。セン兄の代わりに、いなくなってたらいいのにって、言ってるんだ。」

「………どういうことだよ、つまり。そそぐ、なんて聞いたんだ。」

 詰問するかのようなその言葉に、そそぐは涙をぼろぼろと流し、嗚咽を堪えきれず、えずきだした。私はそそぐを地べたに座らせ、自分も隣に座り、肩を抱いて頭を撫でる。そそぐはすぐに落ち着いたが、何か大きなことを言いたいらしく、はくはくと口を開けたり閉じたりした。

「―――セン兄はさ、穢れがなかったじゃん。」

 私は、瞻仰せんぎょうが出て行くときの台詞を思い出しながらも、肯定した。

 産まれた時から穢れている私達と、産まれてから穢され続ける瞻仰せんぎょう

 その言葉の意味が、当時の私にはまだ分からなかったのだ。

「でも、セン兄がいなくなって、父ちゃん、元気になったじゃん。だからね。」

「うん。」

「………。穢れであるおら達が全員いなくなっちゃえば、穢れてないセン兄が出て行くより、父ちゃんは良くなったはずだって、そぉ言ってるんだ。」

「………。」

 そそぐの耳は確かだ。思い込みや妄想で言っている筈がない。それに、村人の態度、大工達の言葉も、本当にそのように思っているのなら、しっくりくることが沢山ある。私が怒りに指先に力を込めると、そそぐも震えだした。

「東のばっちゃん、この前死んじゃったじゃん。」

「そうだな、きんが暴れた奴だ。泣女もいなかった。うちで食事したことが、最後の食事になっちまったな。」

「だから、この村にはもう、穢れを気にしない人間がいないんだよ。だから落ち穂拾いだって出来ないし、うちにお下がりに回ってきたロバが死にそうなのに、新しいロバの話が回ってこないじゃん。」

「………。」

 それは確かにそうだった。人は皆老いる。だからといって、毎年毎年、穢れを気にしない寡が生まれる訳ではない。年老いた寡であっても、穢れに触れるよりマシだと言って、怪我をしながら暮らす者の方が圧倒的に多い。魚売りも、瞻仰せんぎょうがいなくなってからは、あんなに毎日来ていたのが嘘のようだった。食べ物を交換したい、何か壊れているものを直させてほしい、そう申し出ても、嘘をついてなにも貰えない。台所を母とかずとで預かるそそぐは、その現実をよく『見えて』いたのだろう。

「それでね、おらも働こうと思うんだ。」

「働くってお前―――。」

 目も見えないのに、どうやって。

 そう言おうとして、そそぐは私の口を遮った。

「ツィポラで乞食をしようと思う。乞食同士仲良くなれば、食べ物は融通が利く。おら、頑張って物乞いして、小銭を貯めるから、それで、皆を養ってほしいんだ。」

「ま、待て待て待て! そんなこと出来るか!」

「お願い、キビ兄。ヒコ兄の稼ぎだけじゃ、おら達はともかく、父ちゃんにちゃんとしたもの、食べさせられないんだ。おら、父ちゃんと離れててもいいから、父ちゃんには長生きして欲しいんだ。」

 真っ白な瞳から、透明な涙がぼろぼろと零れる。そそぐの気持ちも、そそぐの見ている現実も、全て分かる。それが最適解であることも分かる。

 だがそんな事は出来ない。弟を物乞いにするだの乞食にするだのではなく、路傍に放り出すということそのものが出来ない。家族なのだ。私達は家族なのだ。助け合い、支え合い、穢れについての中傷を慰め合って、そうやって生きていけばいい。少しくらいの空腹も、笑顔で嘘をつけば、両親はきっと騙されてくれる。騙すことは出来ないだろうが、騙されることはしてくれるだろう。

 だが、そんな生活をしていては、老いていく両親を見殺しにするのも同然だ。真綿で首を絞めるように。

「おら、ツィポラの職人に引き取られたことにするよ。おら一人の食い扶持がなくなって、おらが小銭を集める。それをキビ兄、月に一度、取りに来て。ローマの取税が来る前に。ごはんが食べられなくなる前に………。」

 そそぐの決意は固かった。私は泣く泣くそれを了承した。どんな形であれ、子供が巣立つのは当たり前のことなのだ。私はなるべく自然に見えるように、父の了承を得て、そそぐをツィポラに連れ出した。そそぐが仕事を見つけに行く、それは嘘ではない。私は今にも泣きそうになりながら、ツィポラの乞食達に挨拶して回った。これからこの子を捨てるから、面倒を見てくれ、と。

 その時の私がどれだけ惨めだったか、想像出来る人は恐らくいない。私は自分の持っている杖と、添え木がよく見えるように裾を破いた服を着て、如何にもな格好をし、ツィポラの住民を睨み付けながら歩いた。

 こいつらは、ツィポラの住人は、今この街を流れる清らかな水のために、私達がどれほど長い時間をかけたのか、影でどれほど多くの道具をそそぐが直したのか、知る由もない。ただ、イスラエル人として恥ずかしい奴がまた増える、ということに、強い不快感を示すだけだった。

 あの醜い声は、そそぐは絶対に聞こえていた。だがあの醜い顔は、そそぐは絶対に見えていない。それだけが私のズタボロの心を抱きしめていた。

 一月準備をし、家族を弟妹たちも騙しきって、私はそそぐをツィポラに捨てた。挨拶回りをしていた関係で、乞食達は、そそぐを仲間に入れると約束してくれた。私はツィポラの郊外で非常に大泣きして、自分の不甲斐なさに脚を上げることすら出来ず、爪先を引き摺って帰った。

 家に帰った頃、私の血塗れになった私の足先に布を巻いてくれたのはひこばえだった。ひこばえは何も言わなかったが、恐らく気付いていただろう。だのに、何も言わなかった。私はそれも腹立たしかったが、私には責める資格などある筈も無い。

 ところが、ここで計算外のことが起こった。

 突如として息子が巣立った事で、父の頭の中にもカビが生えだしたのだ。父に悪霊が取り憑いたという囁き声は、私にさえ届いた。

 その頃になって、私はやっと、ひこばえが母の私生児として村の者達に認識されている事を知った。それも全て、意地の悪い婆がわざわざ、真っ昼間に井戸に言ったきんに教えたのだ。私生児を引き取って育てた父ちゃんは立派だ、と、咄嗟に言い返したらしいが、家に帰ってから、きんは暴れた。父という存在によって繋がっていた血が、絆が、ひこばえが母の血しか引いていないということが、私達家族の、脆くなった絆を更に弱めたのだ。

 父は、そんな現実から逃げたかったのだろうか。けいを連れだし、共に動物や植物に話しかけ、誰も居ない木陰で歌を歌い、寝る少し前に誰も居ない部屋で会話をする。その会話を解しているのは、けいだけらしく、翌朝になると、私達には全く分からない会話をして、朝食時に盛り上がっていた。

 一番まともな会話―――どころか、意思表示も禄に出来ないけいと、私達が普段使う言葉よりも難しい言葉で会話をし、盛り上がっている……。

 それがどうにもこうにも恐ろしかったが、私は同時に、神はやはり、父を許さなかったのだ、と、思った。私は難しい事は分からない。律法だって禄に覚えていやしない。元から穢れている私が、イスラエル人として扱われないのは当然のことだ。律法を遵守したところで、私の骨は足りないままだ。

 だから私には、あの幸福な光景が、何故罪なのか分からなかったが、あの光景こそが、許されない罪の理由だったのだろうということは分かった。

 何故罪なのだろう。何故罪に定められたのだろう。あの二人は確かに、何か悲しいことがあったようだったが、誰かを悲しませてはいなかった。父は、瞻仰せんぎょうを慰めていただけだった。私にはあの方法が悪手とは思えない。実際瞻仰せんぎょうは、あの場で大声で泣き叫び、ぐったりとして帰ってきたものの、日常を遅れていた。つまりは、父の慰め方は、正しかったのだ。

 愛する息子が悲しんで、苦しんでいる。だから慰めた。それだけの話のはずだ。

 私には分からなかった。何故父が狂い始めるように、神が悪霊を仕向けたのか、分からなかった。

 ―――否、分かるはずなどないのだ。だって私は、神が骨を数え間違えるほど、どうでもいい存在なのだから。神の御心など分かるはずがない。神が私の事を見ていないのだから。

 父が誰と話しているのかと聞くと、父は息子の出世を喜ぶように、『弟子と話している』と答えた。

 …父は確かに、大工としての腕前は確かだった。しかし、穢れを多く抱えた家の長である父の人間性を、好ましく思っている者は少なかった。だから、仕事を最低限教わる者はいても、弟子と呼べる人間はいなかった。父の弟子は、私達息子だけだ。

けいに事情を聞こうにも、けいはいつものように、『んむぁ、んむぁ』と、話すだけで、具体的なことは分からなかった。そもそもけいは、私達の話を理解する能力すら、悪霊に奪われているのだ。

しかし、けいの笑顔がとても朗らかであることをみると、一様に皆が考えるような悪いものではないのかもしれなかった。

―――後々思うと、確かに父は、弟子と話していたのだが。

父はけいと外に遊びに行くことが増えた。だが、そのようなときにこそ、悪霊は父を苦しめた。聞こえない悪口、存在しない敵意に殺気を露にし、その場を通りかかった生娘を殴りつけるようになった。女だけだったなら良かったものの、終ぞ父は、村の漁師の一人に手を挙げてしまい、本家に事の次第が全て明るみになってしまった。

父は、明らかに頭がおかしくなっていた。けれども、本家の贖宥者ゴエルが来る、というと、スンときちんとした顔をした。十数年ぶりに見る当主の忌まわしい顔は、老いて尚健在だった。何も覚えていないであろうかずでさえ、不快感を隠せなかったので、私達は外に出ていた。母も心配してついてきた。

日が暮れてから、まだ父が正気である事を期待して戻ると、父はどうにか正気だった。私達は、久しぶりに悪霊から解放された父を見た。

 結論として、本家は父を見限った。緩やかに死にゆく、一族の末席に対する義務を全て放棄した。小さなナザレ村には、否、疎まれ者の私達の噂は、あっという間に広まり。一家の後ろ盾が明確になくなると、村人達は露骨な嫌がらせをするようになった。

けいが直した道具は、修繕に失敗した道具と取り替えさせられ、給金を横取りされた。

かずが井戸に近づこうとすると、塩気のなくなった塩水をかけられた。そのような嫌がらせのために痛む肌に塗る為の香油は、日に日に多く要するようになり、かずは香油を節約するために外に出なくなった。

まさが外に買い物に出ると、物凄い勢いで捲し立てられたり大きな音を出して追い立てられたりして、まさの中に潜む悪霊が暴れた。しかし、祭司の所に見せに行くだけの余裕はなかった。まさもこうして、家の外を怖がるようになり、家に引きこもるようになった。

 それでも私達は、誰一人ローマに家族を奪われることは無かった。税金を納めることが出来ていた。からだ。ツィポラでもそそぐを虐げる人はいたようだったが、よく小銭を集めてくれていた。ひこばえもよく働いたし、勿論私も働いた。私達が留守の間、母の昔馴染みは良くしてくれていたという。それも、自分の夫が死んだりするような年の者たちなので、やもめになる者も多かった。そんな余裕もなくなる。寧ろ弱っていながらも、夫が生きている母に辛く当たるようになった。母は気丈に、家の中に籠もる三人を励ました。そして、行方知らずの瞻仰せんぎょうの居場所を問いかけ続け、祈り続けた。

 そんな生活が、五年も続いた。否、五年しか続かなかった。

 忘れもしない。あの年は雨が多かった。まさがいなくなったのだ。そして恐らく、同じ日にそそぐが殺された。

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