第八話 その罪は雪の如く
その年は雨が多く、不作や水害が多かった。その為、ローマ帝国領の修復のために、多くの税金が取り立てられた。私は取り立ての前日に、いつも
「おらが乞食するようになって、五年だね。皆元気? 父ちゃんは?」
「うん、皆元気だよ。お前のお陰だ、
「そっか! なら、おらも頑張った甲斐があったよ。今回の取税はちょっと厳しいって聞いてたから、頑張ったよ。きっと足りると思う。」
「ああ、ありがとう。…さ、弁当にしよう。と言っても、今月はきつくて、塩漬けと油漬けの残りしかないんだ。」
「おら、魚大好き! 食べよう食べよう!」
そう言って、
ところが、納められない裕福な家がいくつかあり、そのうちの一つが、娘を取られそうになった。ロバが暴れ、村は大騒ぎになり、その大騒ぎが治まった頃、
翌日の昼前だった。いつも井戸に水を汲みに来る女の数が減っていない。取られそうになった娘の身代わりにされたのだ、と気付いた。そして、
どの家が
それは、とてもとても苦しいことだった。私にはへたり込んで、泣くことしか出来なかった。もう老いたロバすら貸してもらえない私の家。仮に貸してもらえたとしても、私は馬に禄に乗れない。どこにも
最も少ないものが、最も多いものに奪われた。嗚呼、だがそれはこの世の摂理だと、私は初めて本家に来た時に分かっていたはずなのに。あまりにも父と母が優しかったから忘れてしまっていた。
この世の人々はあまりに醜く、神に取り入られることに必死で、
私は日に日に意識を瞬間的に失う頻度が高くなり、遂には倒れた。心労ではない。怒りに耐えかねて、頭が文字通り沸騰したのだ。脳天から、シューッと音がするような気がして、魂まで抜けかかった。幸いだったのは、それが家の中だったので、誰にも悪霊憑きが増えたと思われなかったことだ。
もう悪霊も愛想を尽かしたのか、父が語らう風は優しく、いつも父は穏やかだった。きっと、このまま、何が今起きているのかも分からないまま、穏やかに死んでいくだろう。
―――そう思っていた。否、そうなるべきだった。だが所詮は、この世の命だ。つまり、この世の人々はあまりに醜く、神に取り入られることに必死で、
あの日、
家族が、何人もの乞食を入れて、泣いている。乞食達は、襤褸布に包まれた何かを、大切に持ってきていた。
あの日、重かった金袋には、
あの日食べた油漬けや塩漬けが、あんな粗末な魚の切れ端が、
私は何故死んだのか、乞食達に問い詰めたものの、誰も何も言わなかった。私は家の裏に、申し訳程度の獣よけと虫除けを施して、
気になるのは、この異常に膨れた腹だ。飢餓の時でもこんな風な膨れ方はしない。私は何度も口に出して謝りながら、
…もし馬に蹴られたのなら、こんなに執拗に、内蔵や骨が潰れて砕ける訳が無い。
あの乞食達だ。あの乞食達は、無実の罪を着せられ殺された乞食たちの生き残りで、
翌朝、まだ日の昇る前から、私、
母と
出来ることなら、
酢水も飲み干して、飲み干した酢水を吐き戻して、それでもどうにか、大きく広く掘った。暗闇に目が慣れて、一心不乱に掘って行くと、太陽が沈んでいることにも気付かなかった。
全員で香油を塗り直し、
「?」
「キビ兄、どうしたの?」
「………。足りない。」
「何が?」
「お前、サボったな!?」
「痛いっ!」
「キビ兄どうしたの、止めて!」
「
泣いて掠れた妹と母の声は届かず、私は
「おいら達は吐き戻してまで掘ったんだぞ!! お前が一番掘れたはずだろ、穢れがないんだから!!!」
「いたっいたっ! そんなことない! ボクだってちゃんと掘った! 三人で掘れるだけ掘ったんだよ!」
「そんな訳あるか! こんなんじゃ、丸めるしかないじゃないか、死んだときみたいに!!!」
「
「う…うう………っ。」
母の言う通りだった。私達は、脆くなった
「赤ちゃんみたいだね。」
「は?」
「赤ちゃんって、今の
「んむ、むあ……。」
「どうした?
「うー、むー……。むああああああああああああーーーー!!!」
ああ、本当に、私は、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます