第四節 訪れた思い出
翌日、
―――ぼくはしょうせつのなの、だれもさわっちゃだめ!
昨夜は気付かなかったが、あれほど明確に拒絶したのだ。
―――あくまでも、当時の私には、だが。
私は
何日も、
―――ふうん。
とだけ、思うことにした。私は
けれども、あの時のように笑うことはなかった。
時折、父と
「ああ…。」
と思うことがあった。ほんの少しだけ、
それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。
「だめ。」
と、強く言われた。母は、
そもそも
私は、呼ばれる名前が増えて、とても嬉しかった。
そうこうしているうちに、
エルサレムに詣でる日、私、
大行列に合流して五日後、へとへとになりながらエルサレムに辿り着くと、
「お父さん、お母さん、
行ってらっしゃい、という気力も無くて、ひらひら手を振った。
「
「大丈夫、母ちゃん。少し疲れただけだし、途中から負ぶってくれたヒコがあんなに元気なんだもん、大丈夫だよ。」
「無理しちゃ駄目よ。太陽に中ったら怖いんだから。」
「うん。」
その後、
「お前、
その時、身も凍るような声がした。
「んっ!?」
パンを詰まらせながら振り向く。村の者ではない。脚の骨がない私には、ナザレ村が全てだ。それ以外の人間に、大切な人にもらった「
見上げた男はそれなりにいい男なのだろうが、私は父と
「
不審そうに私に視線を寄越す
「若様! お久しぶりです。」
何故、何故、何故こんな所に。私は動揺を隠している自信もなかったが、とりあえず立ち上がって頭を下げた。母と
「母さん、兄さん。この方は
と言っても、その添え木はささくれていて、私の脚は血だらけになり、『骨はないが血はあった!』の笑いものにされたのだが。しかしそのお陰で添え木をつければなんとか立てるということにも気付いたので、その点は―――いや、その点を考慮しても微塵も感謝する気になれない。
「いやぁ、久しぶりだな。お前、いくつになった?」
「十三です、若様。」
「そうかそうか。末の妹が今年参拝だから、そんなもんか。」
「その後お変わりありませんでしたか。」
「ああ、この
「それはお目出度いことで。お名前はなんとなされたのですか。」
「
「でも、過去に神の祝福を勝ち取った方の名前ではありませんか。長男で
「お、よく知ってるじゃねえか。ちゃんと教育してもらえたのか?」
「ええ、こちらの兄が、とてもよく出来ていたので。」
私は耐えきれなくなって、
「あ、そういえばさあ。五年くらい前だっけ? お前が貰われてったの。」
突然話題が戻ってきて、私は平常心をかき集めながら答える。
「七歳になる直前だったので、六年前ですね。」
「うちのおもうさんが、お前達をまとめてナザレの遠縁に渡した日の夜、珍しく女を買いに行ってさ。ずっと
それは一体どういう状況だったのだろうか。しかし、どうせ本当のところは、年端もいかない女児に性器を見せるように誘導したのだろう。あの家は、健康な男の子を産めない女は容赦なく捨てたし、気に入った女は月のものが無くなっても抱いたし、それでいて慈悲深い家だった。
「さあ、父からは何も…。」
「そうかい? もしお前達のところに、そんな身の崩れた奴がいるなら、渡した方としても気になるんだけどなあ。」
すると
「お気にすることなどありますまい。律法に背いたことなどしていないのですから。」
「そうか?」
「ええ、そうでしょう。」
少々納得していない様だったが、
「…ま、その内機会があったら、だな。」
「ナザレにいらっしゃるのですか?」
「ああ、今ツィポラで工事があるから、職人が集まるだろ。あそこまでうちの魚を運ぶ仕事でね。帰り道にお前の家に寄るかもな。」
止めてくれ。
「昼間の
「お母さん!」
「あら
「へー、お前、
そこで私は、初めて
「
「
「それは違います、若様。父はおいらの産みの両親の気持ちを尊重してくれただけです。」
「フーン。まあ、一度に五人も増えたそうだし、新しく名前を付けるのも大変だろうからな。」
それを押しつけておいてよく言えたものだ。
「さて、オレはじゃあそろそろ行くかね。もううちのの参拝も済んでるころだろ。妹達に上着を見繕って行かなきゃなんねえしな。」
よいしょと立ち上がって、
「………はあ。」
私以外からも溜息が出た。
「……母ちゃん、お土産探しに行こうか。まだ少し残ってるから。」
「そうだな、そうしよう。お母さん、今度はぼくが
「ええ、いいわよ。
「壊れたら、おいらが石を捏ねて直してあげるから大丈夫だよ。」
そのように励ましたが、母は空笑いした。
……なんか、凄く、疲れた。
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